初めての・・・~後編~
「ほれ、何が食いたい。あんまり高いのはやめてくれよ」
僕はメニューを渡す。しかし、カノンは受け取るどころか、やや顔を紅潮させてぼさっと明後日の方角を見ていた。
「おい、どうした。カノン」
「ふへ?う、うん。何でもない」
慌てた様子でメニューをかっぱらうカノン。よほど腹が減っているのだろうか。
「さてと、何にしようかな……」
僕はメニューを捲る。無難なラインでは『メイドのまごころランチ』であろう。メインのおかずが日替わりで、味噌汁、ご飯、サラダ、そして食後のドリンクがついて七五〇円と大変リーズナブル。平日には普通のサラリーマンも昼飯を食べに来ることもあるほどだ。
だが、僕としてはせっかくメイド喫茶に来たのだから、それらしいものを食べたかった。そうとなればやはり『メイドお手製ふっわふわオムライス』のサラダセット八五〇円しかあるまい。ちょっとスパイスの効いたチキンライスに、ふわふわでとろりとした卵を被せた極上のオムライス。文句のつけようがないほど美味しいのだ。
なにしろ、ここのマスターであるジョニーさん(通称)は、その昔、某高級ホテルのシェフとして働いていたこともあるらしい。料理の味には最上のこだわりがあった。
「ね、ねぇ。シュンスケ。どれが美味しいの?」
メニューを凝視していたカノンから困惑の声が漏れてきた。
「この店の料理は基本的には何でも美味い。まさか、料理の名前が分からないとか言うんじゃないだろうな」
「わ、分かるけど、分かんないわよ。この『ラブラブ一杯春巻き定食』って?ラブラブって何よ?」
「メイドさんのラブが一杯入っているんだよ。気持ちだ、気持ち」
まぁ、実際に作っているのはもうすぐ四十歳のおっさんだがな。
「う、う~ん。分かんないから、シュンスケと一緒でいい」
面白みのない奴。まぁ、初めてのメイド喫茶なら戸惑うのも無理ないか。
僕は呼び鈴でメイドさんを呼び、『メイドお手製ふっわふわオムライス』のサラダセットを二つ注文した。
料理が来るまでの間、カノンは妙にそわそわしていた。
「どうした?トイレなら入口を右だ」
「ち、違うわよ!落ち着かないのよ、こういう雰囲気」
不可思議なことを言うものである。この極上の空間が落ち着かないとは。
「お嬢様とか呼ばれこともなかったし、こんな馬鹿丁寧な給仕もされたこともないもん。王侯貴族の物真似なんて、ちょっと寒気がするわ」
「ここはそういうのを楽しむ場だ。考えるな。感じて楽しめ」
意味分かんないわよ、と言ったカノンは、手持ち無沙汰になったのか、お冷を一気に飲み干してしまった。
ややあって二人分の『メイドお手製ふっわふわオムライス』のサラダセットが運ばれてきた。
「うわぁぁぁ」
カノンが黄金色をしたオムライスを目の前にして感嘆の声を上げた。気持ちは分からんでもない。何度見ても美味そうなオムライスである。
「じゃあ、ケチャップかけま~す。ご主人様は何がいいですか?」
ケチャップのチューブを片手にメイドさんがにっこり微笑む。ケチャップで書いてもらう文字はいつも決めている。
「勿論、『LOVE』で」
「は~い。いっそう美味しくな~れ。ラブラブラブ」
メイドさんが慣れた手つきでオムライスの上にケチャップで『LOVE』と書いていく。当然、『O』と『V』の間にはハートマークを忘れずに。
「は~い。これで美味しくなりました。次は、お嬢様です」
僕とメイドさんのやりとりをぽかんと見ていたカノン。次が自分の番だと気付き、あたふたし始めた。
「え、え~と」
視線で救いを求めてくるカノン。
「好きな言葉を書いてもらえばいいんだよ」
心優しい僕は、そうアドバイスをしてやると、カノンは意を決したように、
「さ、最強戦士!」
と叫んだのであった。
勿論、『士』以外の文字をケチャップ文字で上手く書けるはずもなく、最終的にはケチャップの海にオムライスが沈む結果となってしまった。




