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妄想ファンタジスタ  作者: 弥生遼
その五、激闘の聖地
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オタクの聖地

 日曜日。僕はカノンを連れてオタクの聖地オキバこと荻野橋に来ていた。

 僕が住んでいるところから電車を二回乗り継いで約四十分。もともとはパソコンやらオーディオ機器などを販売するお店がばかりであったが、他の電気街同様いつしかオタクの聖地と化していた。アニメ、ゲームのお店が軒を連ね、至る所にキャラクターのポスターや目に飛び込んでくる。そして、往来を歩いているのは同志達。ここではオタクであることを憚る必要などないのだ。

 僕は、最低月に一度、多い時には毎週のようにオキバ通いをしている。新しいグッズやCD、DVDが出ていないかをチェックし、中古店で掘り出し物がないか熱心に探索する。それは無上の喜び、ストレス解消の儀式なのである。

 ところが、今日に限ってはそうではなかった。喜びを感じないし、ストレス解消どころかきっとストレス増加になることは間違いなかった。勿論、カノンがいるからである。

 本当は一人でオキバに出掛けるつもりであった。しかし、出掛けようとしているとカノンがやってきて何処へ行くのか執拗に尋ねた挙句、教えなければ指の骨を一分ごとにひとつずつへし折っていくなどと言うものだから渋々連れてきたのである。

 「オキバってオタクの聖地なんでしょう?オタクの中でも最強戦士たるコスプレイヤーの私に相応しいじゃない!」

 荻野橋の駅に降り立った瞬間、初めて乗る電車に興奮しっぱなしのカノンが、その高いテンションのままに言う。悟さんのおかげでいろいろと間違った認識を持っているようだが、突っ込む気力がなかった。

 それでもオキバに来ているのである。僕は、なけなしのテンションを必死に振るいだした。

 「いいか。僕はここでじっくりと買い物したいんだ。勝手について来るのは構わないが、余計なことはするなよ」

 「分かっているわ。聖地って言うんだから、神聖な場所なんでしょう?それぐらいは弁えているわ」

 やっぱり勘違いしている。本当はカノンを放っておいて姿をくらましたかったのだが、こいつをひとりオキバに置き去りにするのも危険である。結局面倒を見てやるしかないのだ。

 地下の駅から階段を上ると、そこはもうオキバである。人々の喧騒と、店頭から流れてくるアニメ、ゲームの音楽。そしてキャラクターを大胆にあしらった看板の数々。僕は駅前に立ち尽くし、感動のあまり震えが止まらなかった。ここ数日、遠ざかっていた世界がそこにあるのだ。

 「へぇ。なんか楽しそう」

 カノンがありきたりの感想を述べたので、ちょっと苛っとした。僕なんか夏姉に連れられて初めてオキバに来た時は、地に伏せ号泣したものである。

 そんな感じで僕が余韻に浸っていると、往来の人の視線がこちらに集中しているのを感じた。最初は今にも泣かんとしていた僕のことを見られていると思ったのだが、どうも見られているのはカノンらしい。

 確かにカノンは目を惹く。金髪碧眼で、性格は粗暴でスタイルはお子様だが、顔立ちは美少女なのである。リアル女性に面識のないオタク達が、じろじろと不躾な視線でカノンを見てくるのも納得できた。しかも、オキバにいるということはオタク女子かも、という淡い幻想を抱いているに違いない。哀れな幻想である。

 ともあれ、カノンの容姿がオタクどもに受け入れられているというのは発見であった。ということは、『魔法少女マジカルカノン』も世に出れば大いに評価されるのだろうか。

 「な、何よ?人の顔をじろじろ見て……」

 僕もついつい見てしまった。暴力的な本性がなく、胸がもう少しでもあれば、本当に文句のつけようがないんだがな……。

 「何でもない。行くぞ」

 リアルな女に気を取られるなんて。僕は何かを振り切るように足早にその場から立ち去った。

 

 まずは駅前に一番近いアニメショップ『アニマーズ』。グッズやトレーディングカードの品揃えに定評のあるお店である。

 ひとまず店内をぐるっと回って新作をチェックする。『メイドと執事のあれやこれ』の雪平なぎさの新作グッズが出ていることを期待していたのだが、残念ながら新作グッズが出ていたのはなぎさのライバルである若林キララであった。僕が軽く失望していると、

 「ほら、シュンスケ!『スクールホイップ』!」

 カノンがくいくいと袖を引っ張った。カノンの視線の先を追いかけると、お店の一角に『スクールホイップ』の特設コーナーがあった。

 「へぇ。悟さん知っているかな」

 『スクールホイップ』は地上波の放送を見ただけで、それほど思い入れがあるわけではなかった。しかし、第二期で野矢ちゃんが出演するとなると話は別だ。俄然興味がわいてきた。

 特設コーナーにはグッズや原作となったライトノベル、CD、DVDが集められていて、天井からは等身大サイズはあるかと思われるビッグポスターが垂れ下がっていた。

 ヒロインであるメイちゃんを中心に十名のキャラクター。いずれもファンが喜びそうな格好をしている。熱心なファンじゃなくても、興奮すること必至であった。

 「ね、ねぇ。マリアさんってどれなの?」

 そういえば悟さんがカノンにマリアさんのコスプレをさせたいと言っていたか。カノンなら似合うと思うのだが、ひとつ問題が……。

 「ねぇねぇ。どれなのよ」

 「右から二番目だ」

 右から二番目。金髪碧眼の美少女が露出の激しい鎧、いわゆるビキニアーマーを身につけていた。確かマリアさんは、暗黒秘密結社から主人公を守るためにやってきたイギリスの女騎士という設定だったはずだ。

 「うわぁ、かっこいい……」

 憧れの声を上げるカノン。しかし、その声はすぐに凍りついた。マリアさんの胸部にはビキニからこぼれんばかりの豊かな胸が、豊かな胸が……。

 「そうよね。男の人って、胸の大きな人が好きなんだもんね……」

 暗い声で呟きながら、僕の腕を抓るカノン。痛い、痛い!

 「そんなことないぞ!世の中には貧乳がステータスとか言う奴もいるんだ」

 「貧乳って『貧しい』『乳』って書くんでしょう?あんたから得た知識で知ったわ。貧しいって人を馬鹿にしているわよね」

 ねぇそうでしょ、と抓る力を強めるカノン。痛い、マジ痛い!皮膚組織をそのまま持っていかれそうだ。

 「ところでシュンスケは、貧乳をステータスと思っているの?」

 「馬鹿だな!大きいのがいいに決まっているじゃないか!」

 ついつい本音が出てしまった。さぁこんなお店出ましょう、と言うカノンの言葉と共に僕の視界は暗転、意識を失った。暫くして目を覚ますと、僕はカノンにアイアンクローをされたまま往来を引き摺られているという状態にあった。

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