新入生は顔見知り
「さて、揃ったことだし、会議を始めようか」
悟さんが号令し会議が始まるが、夏姉はプラモデルを組み立てる手を休めない。悟さんもそれを咎めるどころか、ノートパソコンを弄るのを止めなかった。それがこの部活のスタイルであった。
「新学期が始まって新入部員を獲得しなければならないわけだが、どうしたものか……?お、主題歌は水原実里か」
「ここはどうしようかな……。右足をバルダムに撃ち抜かれた感じにするかな……」
ご覧のとおり、この人達には真剣に新入部員を勧誘しようとする意思がなかった。去年も夏姉のつてで僕が入部しただけという惨状。ちなみに『アニメ研究会』や『漫画研究会』といったメジャーなオタククラブも存在するので、多くのオタク達はそちらへ流れるのであった。
「悟さん、夏姉。真剣に考えてくださいよ。お二人は三年生なんだからお気楽でしょうが、僕はまだ一年あるんですから」
「うむ。俊助君は、『スクールホイップ』二期のオープニングを歌うのが水原実里であるという歓喜すべき事実よりも、新入部員を入れることの方が大切だと言うのかね」
「当たり前です!」
確かに僕も水原実里は好きで、何枚もCDを持っているが、今はみーりん(水原実里の愛称)よりも新入部員である。
「ああ、それなら大丈夫だよ。さっき一人拾ってきたから。掃除終わってから来るって言っていたから、もうすぐ来ると思うよ」
プラモデルを作りながらもしっかりと会話の内容を把握している夏姉。その才能が実に羨ましい。
コンコン。
タイミングよく、控えめなノック音が聞こえた。
「どうぞ~。開いているよ」
夏姉が言うと、ちょっとだけ扉が開いた。
「あ、あの……。見学に来たんですけど……」
扉の隙間から眼鏡をかけた女の子が顔を覗かしていた。わずかな隙間からではあったが、それは僕のよく知る女の子であった。
「紗枝ちゃん」
「あっ!せ、先輩!」
扉がわずかしか開いていないことを忘れていたのか、そのまま部屋に入ろうとした女の子は、扉にぶつかった。ゴンという大きな音と共に、その衝撃で扉が開いたが、当の女の子は入って来ず、その場で額を押さえて蹲っていた。
「だ、大丈夫か?」
と声を掛けつつも、相変わらずのドジッ娘だな、と児島紗枝を見て思った。
児島紗枝は、僕の中学時代の後輩である。やや大きめの眼鏡が印象的な童顔の女の子。背も低いため、よく小学生に間違われることがある、と愚痴を溢していた記憶があった。夏姉とも面識があり、中学時代はよく三人でオタク談義をしたものである。ちなみに彼女は夏姉とは違い、純度百パーセントの『腐女子』である。
「そ、そうですよね。夏子さんがいれば、先輩もいますもんね……」
「にゃははは。ごめんごめん。紗枝ちゃんを驚かそうと思って。でも、久々に感動のご対面だったでしょ?」
そういえば紗枝ちゃんとは僕が卒業してから疎遠になってしまったので、ほぼ一年ぶりの再会である。夏姉とは連絡を取り合っていたのかな?
「そうか。君が児島紗枝君か。夏子君や俊助君からよく聞いているよ。僕はこのクラブの部長、醍醐悟だ」
メイちゃん抱き枕をしっかり抱えたまま、握手を求める悟さん。普通の人ならばドン引きするところだが、流石はオタク。免疫があるようで、やや戸惑いながらも握手に応じていた。
「紗枝ちゃん、さっきは見学って言っていたけど、漫研とかアニ研とかも覗いてみる?」
僕としては、顔見知りの紗枝ちゃんが入部してくれるのは嬉しい。しかし、どこのクラブに入るかは本人の意思に委ねたかった。
「そ、そうですね。先輩もいますし、ここに決めちゃいます」
「やった~!新入部員獲得だ!」
僕は嬉しくなって、思わず紗枝ちゃんの手を取ってしまった。
「せ、先輩!」
紗枝ちゃんが顔を真っ赤にして目を白黒させていた。
「あ、ごめん。つい、嬉しくって」
紗枝ちゃんは、生身の男性が苦手らしく、男性と触れると緊張してしまうらしい。さっき悟さんと握手した時も、ほんのりと頬を朱に染めていた。
「あ、あう。あの男前の部長さんと握手した手で、先輩の手に触れてしまった。これって間接握手……」
あまりの小声で聞き取れなかったが、悟さんと触れしまったことも今更ながら緊張しているのだろう。一年前と何も変わらない紗枝ちゃんを見ていると、本当に心が和む。
ああ。もうあの騒がしい日々に戻りたくない。このままこの部室で寝泊りして生活をしたい。
しかし、僕の平穏とは週刊誌の袋とじ並に破られるものらしい。
「シュンスケ!探したわよ!」
前触れもなく、豪快に扉が開かれた。ノックという紳士淑女のマナーを知らないそいつは、犯人を捜し当てた刑事のように得意満面であった。
カノン・プリミティブ・ファウ。とことん僕の生活をかき乱してくれるそいつは、非難するような視線で僕を見ていた。




