二人の通学路~美緒~
午前七時ちょうど。目覚ましがけたたましく鳴る。
がばっと跳ね起き、すぐに目覚ましを止める。本当はもう少し寝ていても構わないのだが、計算では俊助もそろそろ起きる時間なので、起きることにした。
俊助は何をしているだろうか。
目ボケ眼を擦っているだろうか。
いや、今日は洗濯をする日だからもうパジャマを脱いでいるだろうか。
はたまた昨晩読んだエッチな本を片付けているだろうか。
とにかく今日も俊助と一緒に登校するのだ。昨日は通学路で待ち伏せ、もとい、偶然出会ったから、今日は俊助の家まで行ってみようか。それとも、また待ち伏せ、じゃなかった偶然会ってみようか。
美緒は眠気を払うようにゆっくりと四肢を伸ばす。
「お母さ~ん。私、ちょっと早く出るから」
美緒は台所で朝食を作っている母親に向かって大きく叫んだ。
家を出た美緒は、いつもの偶然遭遇するスポットへ急ぐ。例のスポットが見えてきた。明王院高校生徒ご用達の文具兼駄菓子屋『漆原商店』のある三叉路。腕時計で確認すると八時五分前。美緒が調べ上げた統計によると、ちょうど八時ぐらいにこの場所を通る。なんとか間に合いそうだ。
が、今朝は統計どおりにはいかなかった。美緒が三叉路に到達する前に、俊助が姿を現れたのだ。
「う、嘘……」
これまで美緒の統計は完璧だった。何しろ幼馴染なのだから、俊助の行動パターンなどは百も承知しているし、秋穂が海外へ行く前は、彼女から様々な情報を仕入れていた。そこから導き出される計算は、揺るがぬ鉄壁の公式だったはずなのに。
くらくらする意識の中で、さらにショッキングな光景を目にしてしまった。俊助が女の子と並んで歩いていたのだ。
「あれって、カノンちゃん?」
俊助の父親の知り合いの娘で、日本に留学しに来たというカノン。今、俊助の家に下宿しているんだっけ。だったら、一緒に登校するのは当然だよね。
あまりにも衝撃的なことが起こると、どうも思考が鈍るらしい。俊助が他の女の子と通学路を歩いている姿を当然のこととして受け入れようとしていた。このままでは駄目だ。
「しゅ、俊助!」
いつものような大きな声が出なかった。何が美緒を躊躇わせたのか分からない。案の定、俊助には聞こえていなかったらしく、カノンと何事か話している。
話の内容は聞こえてこないが、双方激しく言い合っている様子だ。傍から見れば、口喧嘩をしているようにしか見えない。だが、美緒の目から見れば、自分が割って入れないほど仲良見える。本当に仲が悪いのなら、言い合いなんてしないものだ。
ここは俊助と自分の通学路なのに。
悔しさと焦燥感が込み上げてきた。
俊助と初めて会って以来、こつこつと積み重ねてきた努力と成果ががらがらと音を立てて崩れていった。ついこの間日本に来たばかりの外国人に。
しかし、美緒としてもこのままでは引き下がれない。確かにカノンは俊助と同居状態にあるが、過ごした長さから言えば美緒の方が上だ。アドバンテージにまだ美緒の方にある。
「おっす!俊助!おはよう!」
いつものように。いつものように。美緒は自分に言い聞かせながら、大きく声を張り上げ、猛ダッシュで二人に追いつこうと駆け出した。




