終わりなき旅路
「まぁ、兄さん。何ですか、そのだらしない格好。しっかりしてください」
そう言って秋穂が僕の制服の襟を正そうとした。でも、すっかり折れ目がついてしまっているので、なかなか綺麗にならない。帰られたアイロンをかけますからね、と諦めたのか秋穂は襟から手を離した。
いつもの登校風景。秋穂に小言を言われながら、欠伸のひとつでもかまして歩く学校への道。しかし、そこにはもうカノンの姿はなかった。そして、カノンやレリーラの存在を覚えているのは、僕一人だけだった。
あの騒動から一月。すっかりカノンが登場する前の状態に世界は戻っていた。
僕の最後の『創界の言霊』の力がさせたのか、あるいは未だ白い空間にいたニセシュンスケのシナリオどおりなのか分からないが、兎に角全ての世界が元通りとなった。カノン達の存在は消え、『創界の言霊』の力は失われた。ただ、僕の記憶の中にだけに鮮明に残ったまま……。
これでよかったのだと思う。やはりカノンはカノンの世界で生きるべきであり、物語は物語として存在すべきなのだ。
「兄さん、どうしました?お元気がありませんわね。遅くまでアニメばかり見ているから……」
「仕方ないだろう。それぐらいしか楽しみがないんだから」
だったら可愛い妹を愛でればよろしいのに、と言う秋穂。
「妹じゃなくても、可愛い幼馴染でもいいんじゃない」
「何で妹を愛でるのが楽しいんだよ!それに美緒、いつの間に」
背後から美緒が忍び寄ってきていた。これもここ最近の日常的な登校風景だ。
「まったく……。美緒も秋穂もいい加減にしろよ。そのうちストーカーで訴えるぞ」
「あら、兄さん。そんなことを言ってもいいんですか?」
「ひどいなぁ、俊助。可愛い幼馴染をストーカーだなんて……」
美緒と秋穂が僕の右腕と左腕をそれぞれねじり上げてくる。痛い!マジで痛いぞ!
「兄さんは進歩しませんわね」
「本当ね」
とさらに僕の腕をねじ上げる美緒と秋穂。結局、学校に着くまで秋穂は僕を解放してくれなかった。
校舎前で名残惜しそうな美緒と秋穂から解放された僕は教室へ向かう。
「あ、新田君。おはよう」
その道中の階段で背後から声を掛けられた。千草さんだ。当然ながら千草さんの記憶からもカノンは完全に消去されていた。
「随分と寒くなってきたね」
「そうですね」
何気ない会話をしながらも、ふと思ったのは、千草さんがいなければ、カノンは生まれなかったのではないかということだった。千草さんへの好意が妄想となってカノンが生まれたのだから、たぶんそうなのだろう。
でも、今となっては千草さんとカノンは、僕の中では完全に別々の存在になっている。カノンのことを千草さんへの妄想の産物だとは思っていないし、カノンへの愛を千草さんで代替するつもりもなかった。
「どうかしましたか?新田君」
「いえ、何でもないですよ」
千草さんのことを改めて好きになるとすれば、それはもう少し先のような気がした。
「どうも秋アニメは駄目だね。これというのがないよ。その点、特撮ものは基本一年やるから安心できるね」
放課後。これもいつもの風景。動々研の部室でのオタク談義。開口一番、ネタを振るのは大体夏姉の仕事だ。しかし、やはりここにもカノンの存在はない。
「そうですね。個人的には『バンパイアコンプレックス』は好きですよ。これってBLゲームが原作で、声優さんもゲームのまんまで……おっと、大人の事情で別人と言うことになっていますが、もうファン垂涎ですよ」
話題がボーイズラブ系になると興奮しだす紗枝ちゃん。彼女にもカノンの記憶はなかった。僕と同じ『創界の言霊』の使い手だったのに。
「でも、地上波アニメだから絡みのシーンじゃないんでしょう?」
「そこがいいんですよ、夏子先輩!その分、妄想が捗るというものでしょう!もう冬の薄い本祭が今から楽しみですよ、ねえ、先輩」
「どうしてそのBLの話をしておいて僕に振るんだ……」
「うふふ。先輩って、『バンパイアコンプレックス』に出てくる小此木先輩に似ているんですよね……。特にお尻が!」
「お尻が似ているって何だよ!」
「先輩の臀部で……hshs」
だ、駄目だこの子。すっかり妄想が限界を突き抜けてしまったようだ。よかった……、紗枝ちゃんに『創界の言霊』の力がなくなっていて。
「薄い本で思い出したが、そろそろ決めないといけないな。また年末の即売会に参加するんだから」
真剣にパソコンを凝視していた悟さんが目を上げた。何を見ていたのかと思ってパソコンの画面を覗いてみると、エロゲーメーカーのホームページを見ていたようだ。
「基本的にはいつものでいいんじゃない?あ、俊助は、また小説を落とすから再び写真集かな?」
「御免蒙る!ちゃんと書きあげます!」
「は~ん?本当かねぇ?個人的にえらく長い小説書いているんでしょう?それはどうしたの?俊助って同時に二つの話を書くのって苦手だからね」
「ちゃんと完結させました」
そう。僕はあれから『魔法少女マジカルカノン』を完結させた。カノンと決別するためにもちゃんと書かなければならないと思ったからだ。
決して満足のいくエンディングではなかったが、カノンが自由に生きていけるようにまとめたつもりだ。
「へぇ、今度見せてよ。どっかの賞に出すの?」
「出さない。それに夏姉には見せない」
なんだよケチ、とむくれる夏姉。たとえ夏姉であっても『魔法少女マジカルカノン』を他人に見せるつもりはなかった。カノンの存在を僕の中だけに留めておきたかったのだ。
カノンは今頃どうしているだろうか?
戦いの中、苦楽を共にした仲間達と再会するための旅。すみきった青空の下、大きく手を振って道を進んでいることだろう。
そう妄想して不覚にも涙を浮かべてしまった僕は、窓を開けるために席を立った。この涙を夏姉達には見られたくなかった。
あいつは今頃何をしているのだろう。
そう思うだけで胸が高鳴り、愉快になった。
案外、寂しくなって泣いているかもしれない。
いい気味だ。勝手なことをしてくれた罰だ。これからもっと手ひどい罰を与えてやるんだ。
久しぶりに制服に袖を通し、下校する生徒達の群れに逆らうように学校へと向う。
彼らは物珍しげに見てくる。当然だろう。金髪は目立つし、誰一人として私のことを知る者はいないのだ。あいつ以外は。
校門に立ち、迷うことなく、あいつがいるだろう建物を目指す。しばらく歩いていると、その建物が見えてきた。
あいつがいた。いつものあの部屋の窓辺で悲しげな面を下げて立っていた。
やっぱり悲しいのだ。
ざまあみろ、と思う反面、嬉しかった。嬉しくて、ついついにやけてしまった。
今から驚かせてやるんだから。そして会えなかった間の諸々の感情をすべてぶつけてやるんだ。
戦いを共にした仲間達と再会する旅はここで終わる。そして、また新しい旅がこれから始まる。
カノンは胸を張って、大きく手を振りながら、シュンスケのいる懐かしい部室へと向った。
「妄想ファンタジスタ」これにて完結です。いかがだったでしょうか?
まずはお付き合いいただいた読者の皆様、本当にありがとうございました。
若干の消化不良な点もあるのですが、とりあえず挫折せずにかけてよかったと思います。さて、ここまで読んでいただいた方は既読のことと思いますが、その二十三の「妄想ファンタジスタ」で、この物語の根幹にかかわるネタばれがあります。
この物語で一番やりたかったネタだったんですが、最後の最後まで載せるかどうか迷ったんですね。だって、これまでの物語がすべて妄想だったなんて夢落ち並みの反則技ですからね。でも、結局載せちゃいました。
その理由としては、今世間で流行っているライトノベルって多かれ少なかれ作者や読者の妄想の産物なんだとよなと思ったからなんです。だからハーレムものが流行り、ヒロインの設定も判を押したようにどれも同じようになっちゃうんでしょうね。
誤解して欲しくないのは、決してそれが駄目だという気はありません。私もそういう小説好きですからね。でも、結局そういうライトノベルばかり読んでいる人が今度は創作者となって小説を書いていくというサイクルが発生してしまうと、ライトノベルの世界に未来はないな、と生意気にも思ったんですね。
ま、しょうもない後書きはこれまでとして、本当に今までお付き合いいただきましてありがとうございました。
すでに新作を書き始めています。近々アップしますので、よろしければまたお付き合いください。
その新作です。よければ読んで下さい。
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