炎VS氷
まず仕掛けたのはカノンであった。
ケロベロスを倒した時と同様に、炎を纏った右腕を突き出すと、そこから炎がサリィ目掛けて伸びていった。
「ふふん!」
サリィは、『凍える氷の杖』を振りかざした。杖の先から冷気が迸り、その冷気に触れた炎はみるみるうちに氷へと変わっていった。
「なっ!!」
カノンが驚いているのも束の間。凍った炎は、ばらばらに砕け、礫になってカノンに襲い掛かってきたのである。
「くそっ!」
カノンは、器用に炎で盾を作り、飛来する氷の礫を防ごうとしたが、全ての礫を防ぐことができなかった。カノンの足、腕、そして顔に礫がぶつかり、カノンは小さく呻きながら膝を突いた。
「ふふっ。あの程度の魔力で私に勝とうと言うわけ?お笑いね」
けらけらと笑うサリィ。だが、カノンはタフであった。よろよろとしながらも立ち上がり、再びファイティングポーズを取ってみせた。
「魔法が使えなかった分、体を鍛えてきたからね。あんな攻撃で私がやられるわけないでしょう?」
「いいわ、そのタフさ。虐め甲斐があるわ。でもね」
サリィが杖を振るう。凍えるような寒気を感じたかと思うと、厚みのある氷が辺り一面に張り付いた。カノンは氷に足首を固定され、動けなくなってしまった。勿論、僕も同様に動けなくなった。
「し、しまった!」
慌てて炎で足元の氷を溶かそうとするカノン。しかし、サリィが常に冷気を送り続けているので、焼け石に水状態であった。
「無駄よ、無駄。さ~て、動けなくなったご両人。どうしようかしら?」
すっかり僕の存在を忘れているものと思っていたが、ちゃっかりと覚えられていた。サディスティックな視線が交互に向けられた。
「そうね。ぶっとい氷柱をぶち込まれて恍惚の表情を浮かべているカノンちゃんを見たい気もするけど、やっぱり私も雌なのよね。どうしても雄に惹かれてしまうわ」
と言って、氷の上を滑るようにして僕に近寄ってきたサリィ。色っぽいことを言われているようだが、身の危険しか感じなかった。
「ねぇ、あんた。何か特別な力を持っているみたいじゃない?」
正面から僕に抱きつくサリィ。豊満な胸がもろに当たる。
モキボのことを気付かれてしまったらしい。そんなことよりも、今は胸が……。
「その力、私のために使ってみない?そうしたら、私を好きにしていいわよ」
サリィが耳元に囁いてくる。その度に冷気が僕の耳を掠め、ぞくりとする。
「ほら、あんなぺったんこよりも、大きな方が好きでしょ?」
私も大きな方が好きなのよ、と言って必要以上にぐいぐいと胸を押し付けてくるサリィ。こ、興奮なんてしないぞ、するもんか。
「うふふ。すっかりお元気さんね。顔の見た目に比べたら、随分と凶暴なこと」
サリィの手が僕の股間をまさぐる。だ、駄目だ。体は正直だ。こんなところで僕の純潔は奪われてしまうのか?
「ちょ!いいがけんにしなさいよ!この助平!不潔!」
カノンが顔を真っ赤にして吼えた。
「あら?ひょっとして彼氏なの?」
「ち、違うわよ!」
「だったら、別にいいわよね。男女が結ばれるのは自然の摂理。部外者にとやかく言われる必要はないわ」
「よ、よくないわよ!私はただ……、そういう助平なのが嫌いなのよ」
「大丈夫よ。私は嫌いじゃないし、彼も好きそうよ」
ねぇ、と言ってサリィは僕の頬を舐めた。や、やめてくれ。これ以上やられると本当に僕は正気が保てなくなる。
「や、やめなさいよ!シュンスケ!このド助平大将軍!」
めきめきと地面の氷に亀裂が入り、砕けていった。そして、砕けた氷は水にはならず、そのまま蒸発した。氷の寒さから一点、蒸気に満ちた蒸し暑い空間になってしまった。
氷を一瞬にして昇華させたのは、紛れもなくカノンであった。彼女の炎は、もはや腕だけではなく、全身を覆い尽くさんとしていた。まるでスーパーなんとか人みたいである。
「いいかげんにしろぉぉぉ!」
全身炎のカノンが拳を構え突っ込んできた。
「待て!カノン!僕もいるんだぞ!」
「知るかぁぁぁ!」
うわぁぁっ。完全にぶち切れている。
「ちっ。お楽しみはこれからって時に」
サリィが僕を勢いよく突き飛ばした。『凍える氷の杖』の先をカノンに向ける。
「あらあら全身火達磨さん。その炎も一緒に凍らせてあげるわ!」
杖を一振り、二振り。白い膜状の冷気がカノンを襲う。
「そんな攻撃ぃ!」
突進をやめないカノン。サリィが放つ冷気とカノンが衝突する。
ジュワァァァッ。
カノンの炎に触れた冷気が次々と蒸発していく。一斉に蒸気が立ち込め、ますます蒸し風呂状態になっていく。
「ば、馬鹿な!」
「喰らえ!」
カノンの右ストレートがきれいにサリィの左頬にヒットした。サリィは、文字通り吹っ飛び、壁にぶつかった。
「カノン!やりすぎだ」
劇的な逆転とはいえ、サリィが死んでしまっては胸糞が悪い。
それに『創界の言霊』で世界が滅茶苦茶になっている中、まだ分からないことが多すぎる。下手に登場人物を欠落させるのは、物語を元に戻すと言う意味でも得策ではないと思ったのだ。
「何よ?あんた、乳牛の味方になったの?」
カノンの瞳が怒りの炎で揺れていた。
「違う違う。後で説明してやるから、今は適当にいたぶって撤退させろ」
「ふん。まぁいいわ。私も後であんたを折檻してあげるから」
全身炎をまとった姿で折檻と言われると、とてつもなく恐ろしかった。だが、今はいち早くこの状態を解消させることが先決だ。
「カノン……。よくも私の美しい顔を殴ってくれたわね」
サリィが立ち上がった。カノンの殴れた左頬は大きく腫れあがっており、怒りと恨みを含んだ眼差しをカノンの向ける。撤退どころか、さらに戦闘がヒートアップしそうな勢いだ。
「あんたも私の顔を散々踏みつけたじゃない!これでおあいこよ」
「てめぇの顔と私の顔を一緒にするんじゃないよ!」
「その言葉、そのままそっくり返してあげるわ」
どんどんと燃料を投下していくカノン。や、やめてくれ。これ以上ヒートアップしては、収拾がつかなくなる。なんとかしてサリィを撤退させねば……。
 




