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妄想ファンタジスタ  作者: 弥生遼
その三、カノンの居場所
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戦う決意

 「え~、だからよ。この時代の日本は、大陸と深いかかわりがあり……うぅ……。邪馬台国の卑弥呼はな……」

 文字にしてしまえば、まるで中年男性教師のようであるが、この台詞は我らが担任にして日本史教師である名和年恵先生のものであった。

 目の下一杯にくまを作っていて、顔色も非常に悪い。口紅は薄く引いてあるけど、おそらくそれ以外の化粧はしていないものと見受けられた。

 授業を受ける生徒全員が『徹夜でゲームしやがったな』と判断したことだろう。若手(この学校では三十歳は若手の部類に入るらしい―本人談―)美人教師が台無しである。しかし、この状態で朝から昼間でずっと授業をしてきたのだから、その点については賞賛すべきであった。

 後で知ったことなのだが、授業終わりのチャイムが先か、年恵先生が倒れるのが先か、という賭けが一部の男子の中で行われていたらしい。結果は年恵先生の勝ち。チャイムが鳴った時、年恵先生は、教壇に両手を突いてかろうじて立っていたのだ。

 「おい、新田……」

 昼飯の弁当を広げようとしていると、年恵先生に呼ばれた。頭を垂れながら、こっちに来いと言わんばかりに手招きをしている。まるで井戸の中から妖怪に呼ばれているようである。

 「な、なんですか?」

 「ほら、お前の所にいる留学生の手続き書類だ。昨日、アメリカのご両親から届いて受理されたから渡しておいてくれ。それから学生証とかいろいろ入っているから、目を通しておけと伝えてくれ」

 ああ、そうだった……。カノンがこの学校に留学してくる。そういう設定になってしまったのだ。

 すっかり忘れていた僕は、やや狼狽した。しかし、これで僕の妄想し、現実化したことがかなりの広範囲に渡って適応されていることが分かった。しかし、どうも起こっていることをありのまま受け入れることができなかった。

 ご両親から書類が届いた、ということは、アメリカにカノンの両親がいることになる。その両親は、僕が妄想した結果として新たに生み出された人間なのだろうか。それとも元々いたアメリカ人夫婦に、新たにカノンという娘ができた、ということになっているのだろうか。どちらにしろ、妄想はアメリカにも適応されている。それは間違いなさそうだ。

 「おい、どうした?難しい顔をして」

 年恵先生の疲れきった声で我に返った。このまま考えを続けていたら、またあらぬ妄想をして事態をややこしくするところであった。

 「な、なんでもないですよ」

 「ははん。お前も、ひょっとしてブラングランの洞窟で手間取っているな。あそこの敵は強いからな」

 詳細は分からないが、きっと攻略中のゲームのことを言っているのだろう。しかし、残念なことに、僕はそのゲームが何であるかまるで見当がつかなかった。

 「そもそも卑怯なんだよ。魔力属性の強いパーティーばかりの時に、魔法が使えないダンジョンに行かないといけないなんて。ゲームバランス悪すぎるだろ」

 なぁ、と同意を求めてきた。年恵先生は、一年生の時から僕を同類と思っているらしく、まるで友達のように話しかけてくる。だが、残念なことに、僕はあまりギャルゲー以外のゲームをやらないのだ。

 だが、今の年恵先生の一言は、何事かひっかかるものがあった。

 自分の机で弁当を広げ、昼飯を食べながら考えてみた。

 『魔法が使えないか……』

 それはまさしくカノンと同じ状況であった。だが、よくよく考えてみると、魔法ありきの世界で魔法が使えないというのは、物語として致命的欠陥ではないだろうか?

 確かに、魔法もののライトノベルの中には、魔法が使えない主人公の話もあるが、それらも次第に魔法が使えるようになっていく。しかし、『魔法少女マジカルカノン』は、そんな話ではない。カノンは始めから魔法が使えるのだ。

 現実化したカノンが魔法を使えない理由をイルシーは、僕の力不足だとしている。しかし、そんな根幹に関わる設定が違うというのでは、物語は破綻している。いや、完全に別の物語だ。

 『イルシーの奴は、僕が生み出した世界であっても、独立した別の世界として存在すると言っていたな。だとすれば、僕はもう関係がないはずだ』

 それなのに、どうして僕の妄想―『創界の言霊』がカノンに影響を与えるのだ?

 それに、僕が美緒に対して言ってしまった嘘については、モキボなしでも次々と現実化してしまった。そう考えると、本当にモキボが必要なのだろうか?考え出すと、疑問ばかりが浮んできた。

 『どうもイルシーの言うことを鵜呑みにするわけにはいかないな……』

 あの女、今度出てきたら、とっちめて真実を吐かせてやる。

 「シュ、シュンスケ君!た、大変ですよぉ~」

 あの電波女。出てきやがった…・・・。永遠の十七歳声だからと言って容赦しないぞ。

 「え?おい!」

 はっとして顔をあげると、うちの制服を着たイルシーが立っていた。流石に猫耳はつけておらず、一見した感じでは、本当にうちの生徒と言っても充分通用するだろう。

 「呑気にお弁当を食べている場合じゃありませんよ」

 「頼むから、呑気に弁当食べさせてくれ。後でいろいろと突っ込みたいことがあるから……」

 せめて飯ぐらいはゆっくりと食べさせて欲しい。僕のそんなささやかな希望が叶うことはなかった。

 『誰だよ、あの美人?なんで新田と話しているんだ?』

 『何年何組だ?あの子?』

 『後で突っ込みたいって……。オタクのくせに進んでやがる……』

 周囲から聞こえてくるひそひそ声。ああもう!こいつは、とことん人の平穏を簡単に奪っていきやがる。

 「ちょっと来い!」

 僕はイルシーの手を引いて教室を出た。

 『ご、強引な!』

 『今から突っ込みにいくのか!』

 『男の敵!女の敵!』

 『オタクのくせにリア充かよ!』

 まだ聞こえてくるひそひそ声。折角、当たり障りのないオタクキャラを演じてきたのに、これですべてがおじゃんになってしまった。とりあえず、僕はイルシーを屋上に連れ出した。

 「どういうつもりだ!人の生活を散々かき乱しやがって!」

 「今はそんなことどうでもいいです!それよりも……!」

 「よくない!いつも自分だけぺらぺら喋りやがって。僕の話も聞け!」

 「違うんです!ほら、あれを見て!」

 イルシーが両手で僕の顔面を挟み、九十度右に曲げた。

 痛いっ、と思ったが、その痛みが吹き飛ぶほど、信じられない光景を目撃してしまった。

 方向的には学校と峰続きにある送電線がある辺りだ。本来なら鉄塔が建っているのだが、代わりにRPGに出てきそうな西洋風の塔が立っていた。

 「お、おいっ!あれ!」

 「そうです。まだあれが見えているのは、私達だけですけど、いずれ時が経てば、誰にでも見えるようになります」

 「ちょっと待て!今回は何も想像していないぞ!」

 「あれは……」

 イルシーが言い淀んだ。やっぱり、こいつは重要な何かを隠していやがる。

 「イルシー。どうして僕が想像もしていないのに、こんなことが起こるんだ?それだけじゃない」

 僕は立て続けに、先ほど思いついた疑問をイルシーにぶつけた。

 カノンの世界が独立した別個の世界のはずなのに、どうして僕の『創界の言霊』が影響を与えるのか?

 どうして美緒に対して突いた嘘は簡単に現実化するのに、カノンの魔法についてはモキボが必要となってくるのか?

 カノンが魔法を使えないなどの設定が滅茶苦茶なのは、本当に僕の力不足だからなのか?

 「ふぅ。どうもシュンスケ君を選んで正解だったかもしれませんね」

 一通り黙って聞いていたイルシーが嘆息混じりに言った。

 「どういう意味だ?」

 「そのままの意味です。シュンスケ君は鋭いです」

 褒めているようだが、その割にイルシーの顔は困惑気味であった。

 「シュンスケ君が力不足……という言い方はよくないですね。『創界の言霊』を制御しきれていないというのが正解でしょう。でも、潜在的な力が大きいのは本当です。だからシュンスケ君は、世界そのものを変えられるんです」

 世界そのものを変えられる。

 イルシーは確かにそう言った。

 「世界そのもの?」

 「そうです。カノンちゃんの世界だけではありません。この世界ですらシュンスケ君がその気になれば思うがままに変えられます」

 「じゃあ、億万長者になりたいとか、核兵器全滅しろって思えば、そのとおりになるのか?」

 「まだそこまでのレベルにはなっていませんが、自分で制御できるようになれば可能です」

 僕は絶句してしまった。この状況になってイルシーが嘘を言っているとは思えなかった。

 それが本当であれば、まさしく僕は創造主―神ではないか。

 「嬉しくありませんか?シュンスケ君」

 僕は首を振った。嬉しいというよりも、恐怖のほうが先立った。

 「そうです。世界を思うがままに変えられるというのは、本当に恐ろしいことです。例えば、一億円が欲しいと思いますよね。それで一億円が懐に転がり込んでくる。一見、他人に迷惑をかけていないようですが、そうではないんです。流通している通貨の規模は決まっているわけですから、他の何処かから持ってくるわけです。そうなるど、何処かで一億円が消えたことになります。これはかなりの迷惑行為です」

 「そうか。だから不用意な妄想をしちゃ駄目なのか……」

 「そうです。でも、『創界の言霊』を持つ人の中には、恐ろしいと感じず、その力を思うがまま行使する人もいます。そういう人を取り締まり、世界を元に戻すのが私達『那由多会』なんです」

 僕も取締りの対象なのだろうか。そう訊こうと思ったが、先にイルシーが話を続けた。

 「カノンちゃんが魔法を使えないのも、胸がぺったんこなのも、シュンスケ君ではない誰かが『創界の言霊』で世界を変えてしまった結果なんです」

 「それは誰だよ」

 僕のカノンを勝手にぺったんこの凶暴女に変えたの誰だ。今すぐ引っ立てて、それなりの罰を与えてやりたい。

 「分かりません。少なくとも、シュンスケ君より力が強大で、力の制御もできている人物です。単に世界を変えようとしているだけではなく、二つの世界を一つにしようとしています」

 「それはこの世界とカノンの世界のことか?」

 そうです、とイルシーは肯定した。

 「その人物が変えてしまった設定は、まだ力が及ばないシュンスケ君では元に戻すことができません。だから、モキボを使って力の差を埋めつつ、物語として無理のない形で元に戻す、つまり、この世界に出現した魔物を倒さないといけないんです」

 これまでの話で大方の疑問は氷解した。突然出現した塔も、僕ではない誰かがやったことなのだろう。だが、別の疑問が沸いてきた。

 「イルシー。さっき、僕を選んで正解だと言っていたな。あれはどういう意味だ?僕が『創界の言霊』の持ち主なら、僕も取締りの対象だろ?」

 「基本的にはそうです。でも、味方にしてしまうというのも私達の手口なんです。シュンスケ君に真実を告げなかったのは、『創界の言霊』のことをちゃんと理解し、正しく使ってくれるか、試してみたかったからです」

 「それで適任のお墨付きを貰った僕は、どうすればいいんだ?素直にお前らの望みどおりに動くとは限らないんだぜ」

 「うふふ、悪ぶっても駄目ですよ。シュンスケ君は、自分勝手に世界を変えるなんてできないでしょう?お姉さんには分かるんです」

 うふふ、とイルシーはもう一度笑った。くそっ、見透かされているな。

 そうだ。僕には自分勝手に世界を変えるなどできない。何故なら、僕は妄想と現実をちゃんと区別している。妄想の世界は至高の世界だ。現実なんかと一緒にして欲しくない。だからこそ、勝手に人の妄想の世界を変えることも許せないのだ。 

 「やってくれますよね、シュンスケ君」

 疑問口調であったが、断らないだろうという確信がイルシーの言葉の端々から感じられた。

 「ああ、やってやるよ。僕にはそれしか残されていないんだからな」

 自分自身の平穏な生活を取り戻すため。

 自分の妄想世界を取り戻すため。

 僕は、戦うことを決意した。

 最近のアニメなんかでは、主人公が戦い決意するまでにいろいろと葛藤があり、逃げちゃ駄目だ的に追い詰められた挙句、渋々戦うことを決意する、という流れが多い。しかし、いざ自分がその当事者になってみると、多少の困惑はあったものの、意外に素直に現実を受け入れることができた。ドラスティックな展開なんて、所詮は作り話で、現実は案外淡白なものなのだろう。

 「よし!早速カノンを迎えに行ってくる」

 「あ、言い忘れてました」

 イルシーが頓狂な声をあげた。

 「カノンちゃん、あの塔に捕まっているんでした」

 てへっ、と可愛く首をかしげるイルシー。

 「それをさっさと言え!!」

 折角戦う決意をして、展開としてはシリアスになっていくと思ったのに、完全に台無しになってしまった。

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