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妄想ファンタジスタ  作者: 弥生遼
その十六、兄と妹
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怒れる兄

 「出ないか……」

 僕は苛立ちを押さえながら、携帯電話を切った。これで十回目。すでに発信履歴には秋穂の名前がずらりと並んでいるが、一度も電話に出ることはなかった。

 最初は怒って拗ねているから出ないと思っていたのだが、流石に時間が過ぎてくると心配になってくる。

 「きつく言い過ぎたかな……」

 僕としてはそれほどきつく怒った記憶はない。ただ、あの時の秋穂は、今思い返してみると尋常ではなかったような気がする。

 「自宅はどうなの?」

 カノンも心配そうにしている。さっきもオキバ周辺を探し回ってくれたのだ。

 「掛けたけど、出なかった」

 「ミオ姉ちゃんに訊いてみたらどうや?あの姉ちゃん、アキホ姉ちゃんと仲がええんやろ?」

 レリーラの言うことも考えないでもなかった。しかし、秋穂を泣かせたとなれば、速攻で美緒から非難の電話が来るはずだ。それがないということは、美緒の下にいない可能性は高い。

 「とりあえず家に帰りましょうよ。案外、もう帰っているかもしれないし……」

 「そうだな……」

 カノンの意見に賛同しかけた時だった。僕の携帯電話が鳴った。画面を見てみると秋穂からだった。

 「秋穂!お前!」

 かっとなって口調がきつくなってしまった。散々心配掛けさせて、と言葉を続けようとしたが、向うからは秋穂とは別人の声が聞こえてきた。

 『い、妹さんは預かった……』

 やや震えた男の声だった。僕は、瞬時にして頭が真っ白になった。妹さんを預かったって……。

 「ゆ、誘拐犯か!」

 僕は思慮なしに電話口に向かって叫んだ。それを聞いていたカノンとレリーラの表情が一瞬で険しくなった。

 『ち、違うんです。誘拐じゃないんです』

 電話の男は明らか動揺していた。こういう脅迫めいた電話に慣れていないのだろうか。だとしても油断はできない。でも、こんな電話を掛けておいて、誘拐犯じゃないと言うなんてかなり変だ。

 「秋穂は無事なんだろうな?」

 『え、え……。こういう場合はどうするんだっけ……。え、うんうん。分かった』

 男はどう答えればいいかを誰かに確認しているようだ。ということは、主犯格がいるわけだ。

 『妹さんは無事だ』

 「声を聞かせてくれ」

 『声を聞かせてとか言っているけど……。あ、はい。ちょっと待ってください』

 『兄さん……』

 秋穂の声が聞こえた。いつもよりやや弱弱しい声だ。

 「秋穂!」

 『こ、ここまでだ』

 すぐに男の声に戻った。

 「何が目的なんだ?お前は誰なんだ?」

 『私は……、え?私じゃ威厳がない?じゃあ、俺……なんかぴんと来ないな……』

 「ふざけているのか!」

 『ち、違います。ふざけていません。あー、じゃあ余は……』

 余?この一人称、そしておっさんの声。二つの情報が僕の記憶の回路からある特定の人物を像を浮かび上がらせていく。しかし、そいつからの電話だと思いたくなかった。いろんな意味で。

 『余、余は魔王だ。恐怖の魔王だ』

 僕は落胆した。やっぱりあいつか……。

 「デスターク・エビルフェイズが何のようだ?」

 『えええっ?どうして余の名前を?』

 禿げたおっさんが激しく動揺している姿が目に浮かんだ。

 この電話の主がデスターク・エビルフェイズだと分かった瞬間、僕の妹だと知って秋穂を誘拐したのだと思った。それなら僕に脅迫の電話を掛けてくるのも頷ける。しかし、この動揺具合からすると、デスターク・エビルフェイズは僕に電話しているとは思っていないようだ。そうなると秋穂を誘拐したのは偶然か?だとしたら目的なんだ?

 「デスターク・エビルフェイズですって?」

 カノンの顔色がより険しくなった。代わりなさいよ、と言ってきたが、僕はそれを手で制した。

 『余の名前を知っているというこは……、お前!カノンと一緒にいた少年か?』

 「それを分からずに電話していたのかよ。どうやら秋穂が僕の妹だと知らずに誘拐したようだな。何が目的なんだ!」

 『そ、それは……。ええい!そんなことどうでもいい!とにかく妹さんを返し欲しければ、三丁目の工事現場に来い』

 「三丁目の工事現場?ああ、この前、お前が盛大に負けた場所か」

 『ま、負けてないわ!あ、あれは戦略的撤退……。ええい!どうでもよいわ!兎に角来いよ!分かっているな!』

 しばらく悪役っぽいことをやっていないと調子が狂うな、などという独り言が聞こえたところで電話が切られた。

 「ねぇ?デスターク・エビルフェイズがアキホを誘拐したの?」

 「どうやらそうらしい……」

 「許せない!無関係のアキホを……」

 カノンがぐっと拳を握り締めた。明らかに怒りに震えている。僕も卑劣なデスターク・エビルフェイズに怒りを感じているが、カノンは僕以上に怒っているように思えた。

 「カノン……」

 「シュンスケ!アキホを助けに行きましょう!あの子、苦手だけど、このままにはしておけない!」

 「勿論だ」

 「そうや!兄ちゃん!オレも手を貸したるで!あの魔王、オレの風の力で細切れ肉にしてやるわ」

 「その後、私の炎で灰に残らないほど燃やしつくしてあげるわ!」

 「行くぞ!カノン、レリーラ。あの禿魔王をぎったんぎったんにしてやるぞ!」

 おおっ!と勇ましく声を上げるカノンとレリーラ。

 「秋穂、待っているよ」

 僕にとっては大事な大事な妹だ。絶対に助け出してやるし、魔王も絶対ただでは済ませない。己の愚行を悔やむほどに痛めつけてやる!

 

 

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