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妄想ファンタジスタ  作者: 弥生遼
その三、カノンの居場所
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気苦労ばかりの朝

 目覚めがいいのか悪いのか、よく分からない朝だった。

 目覚ましが鳴る前に起きてしまったのだから、安眠したとまでは言えないだろう。眠気もまだある。しかし、昨日ほどの目覚めの悪さはなかった。

 まどろむ意識の中で、夢現の境目を捜すように部屋を一周見渡すと、床で眠り込んでいるカノンを見つけた。

 布団から覗かせているカノンの寝顔は、彼女の暴力的要素を忘れさせるほど可愛く、正視しているとドキドキしてきた。

 「黙ってじっとしていれば、悪くないんだがな」

 あと付け加えるとするなら、ぺったんこの胸である。これが巨乳にでもなれば、僕としても多少の暴力に対して寛容になれるのだが。

 一瞬、モキボでカノンが巨乳であると打ってやろうと思ったものの、またイルシーに怒られそうな気がしたので止すことにした。

 「さて、飯の準備でもするか」

 今日から一食分多めに作らないとならない。しかも、カノンのために昼食も作ってやらないといけないのだ。

 台所へ行き、冷蔵庫を開けて食材を確認する。朝と昼分を二食ずつ作るには充分であった。

 「夜の分は買出ししないと」

 ひとまず朝食分の食材を取り出し、早速調理に掛かった。

 あらかた出来上がった頃にカノンが下りてきた。まだ眠たいのか半分瞼を閉じたような状態で、リビングの入口でぼさっと立ち尽くしていた。

 「何しているのよ?」

 「朝飯作ってんだ。ほれ、起きているんなら座れ」

 「うん」

 カノンが素直にテーブルにつく。僕も素早く配膳を終え、カノンの前に座る。

 今朝のメニューは、ハムエッグにトーストと簡単なサラダ。手早く二人分仕上げる必要があったため、単純なメニューになってしまった。

 いただきます、と言ってナイフとフォークでハムエッグを切り分けるカノン。昨日、カレーを食べている時にもちらっと思ったのだが、ナイフやフォークあるいはスプーンを出されても戸惑う様子がなかった。

 食べるものについてもそうだ。昨日も躊躇なくカレーを食べていたし、今も出された食べ物についてまるで疑いの余地を持っていない。きっと日常生活レベルでは共通項が多いのだろう。

 「なぁ、お前の世界の朝飯もこんなものなのか?」

 「ん?まぁ、そうね」

 どんどん平らげていくカノン。なんだが単にカノンの食い意地が張っているだけのような気がしてきた。

 「そうそう。昼飯は冷蔵庫……、あのでかい箱の中に入っているからな」

 心優しい僕は、昼飯まで用意した。と言っても適当に作ったサンドイッチなのだが。

 「え?あんた、どこか行くの?」

 「学校だ、学校。今日から通常授業が始まるから、帰ってくるのは夕方だからな」

 「その間、私はどうしていればいいのよ?」

 「家でじっとしていろ。絶対に外に出るなよ」

 断じて独りで外へ出すわけにはいかなかった。異世界から来た人間が、現代日本を放浪する末路は、大騒動になると決められているのだ。

 「い、嫌よ。イルシーが言っていたみたいに、私の世界の魔物を倒して世界を是正していかないと。帰れなくなっちゃう。協力してよ」

 「協力はしてやる。でも、今日は無理だ。というよりも平日は無理。土日は付き合ってやる」

 僕としても、こんなおかしな状況をいつまでも放置したくはない。不本意ながら協力はするが、そのために自分の生活が乱されるのは勘弁ならない。

 「……」

 何か反論しようとして押し黙るカノン。カノンとしても自分が我儘を言っているという自覚があるようで、急にしゅんとしてしまった。そんなカノンを見て、今度は僕の方が罪悪感を持ってしまった。

 「とりあえず、今度のことは僕が帰ってから考えよう。それまでは頼むから家でじっとしておいてくれ」

 「う、うん。分かった……」

 元気なく頷くカノン。渋々了承した、という感じであった。そのくせ出された朝食は全部平らげたのだから、かなりの健啖家のようだ。

 朝食を終えたカノンが二階へ戻ろうとするので、呼び止めてテレビの使い方を教えてやった。これで今日一日は暇を潰せるだろう。

 「じゃあな。僕は行くからな」

 最低限の片づけをして制服に着替えた僕は、秋穂の部屋の前で声を掛けた。カノンの返事はなかった。また寝てしまったのだろうか。

 お気楽な奴だ、と思いながらも、何か心に引っかかるものを残しながら、僕は家を出た。


 「おっす!俊助!偶然だね!」

 通学路の途中、美緒と遭遇した。昨日のように玄関に押しかけることもあったが、基本的にはこのシチュエーションが多い。勿論、これは偶然などではなく、わざわざ待ち伏せているのだ。このストーカーに等しい行為は、昨年の秋ごろから始まり、僕はその都度通学路や時間帯を変えていた。しかし、最近ではそれすらもパターンを読まれるようになっており、苦慮していたところだった。

 だが、今日は寧ろ好都合だった。一晩明けて、美緒がカノンのことを『父親の知り合いの子供』という設定をまだ信じているかどうか知りたかったのだ。

 「あれ?カノンちゃんは?」

 開口一番、美緒はカノンのことに触れてくれた。ということは、昨日のことを素直に受け入れているということらしい。ひとまず安堵した。

 「カノン?家だけど……」

 「どうして家にいるのよ?だって留学に来たんでしょ?どこの学校よ」

 しまったと思った。カノンは留学に来たという設定になっていたのだ。そのことを完全に失念していた。

 落ち着け。落ち着くんだ。

 僕は、必死に心穏やかになるよう念じながら、必死に考えた。下手なことを言えば、また世界が歪んでおかしくなってしまう。

 「ん?どうしたのよ」

 「あ、ああ。カノンは、うちの学校に行くんだけど、手続きがまだなんだ・・・・・・」

 わーっ!!よりにもよって一番傷口が深くなりそうなことを言ってしまった。なし。今のなし。

 しかし、無常にも僕の視界が一瞬ぐにゃっと歪んだ。僕の『創界の言霊』が発動し、世界が変わってしまった。

 「へぇ。そうなんだ。早く来られるようになるといいね」

 美緒は一ミクロンの疑いを挟むことなく信じやがった。それはそれで助かったのだが、またイルシーに怒られそうである。

 『これで明日からカノンと登校確定か?はぁぁ……』

 僕の平穏な学校生活が今日を最後に終わってしまった。自業自得とはいえ、なんともやるせない気分になった。

 ちょっとしたことで『創界の言霊』は発動してしまう。イルシーが言ったとおり、僕はまだこの力を使いこなしていないので、自分が意図していない時にまで発動してしまう。これでは迂闊に妄想はおろか、物を考えることすらできなくなってしまう。

 「どうしたの?元気ないね」

 「まぁな……」

 このくだらない能力と付き合っていかないといけない。そう考えると気が重くなるだけだった。


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