第三話
セフィリアに連れて行かれたのは書庫のような部屋だった。
壁にはこの世界の地図だと思われる模様が描かれたものがかかり、部屋には天井まで届く本棚が並んでいる。
本棚に視線を向けると各棚にはぎっしりと本が詰まっていた。
「それでは早速ですが、ヨウさまをお喚びさせていただいた理由をご説明させていただきます」
地図と思しき模様が描かれた壁を背に立ち、セフィリアは再び俺へと頭を下げる。
俺は周囲の観察を止め、セフィリアの方に向き直った。
「私たちは現在、侵略を受けております。このままでは私たちは滅亡するしかありません」
俺が呼ばれたのは侵略者への対抗手段としてか。
「私たち魔族は、鬼族、獣族、亜族と共に侵略者に立ち向かってまいりました。ですが長きにわたる戦いで多くの者が息絶え、私たちが住んでいた場所は次々と破壊され、占領されていってしまいました」
複数の種族がいて協力体制は築けている、と。
長期戦になって戦える人がいなくなってきたから勇者を呼んだってわけか。
「すでに鬼族、獣族、亜族の皆が住んでいた土地は全て侵略者に奪われてしまいました。彼らの土地から海を隔て、遠く離れたこの魔族の地だけが今の私たちに残された地です。ただ、この魔族の地も半分は侵略者に奪われてしまっております」
セフィリアが地図と思しき模様の中心、円形に近い形状の図形を指示した。
「この中央に描かれているのが私たち魔族の地です。周囲は海に囲まれ、大陸からも離れた場所にあります」
どこの世界でも自分の国を世界地図の中心に描くというのは変わらないんだな。
というか、壁にかかっていたのはやはりこの世界の地図だったようだ。
セフィリアが示した場所と同じ色あいの模様が地図の上下左右の端に記載されている。
同系色だから端に記載されているのが大陸なのだろう。
そんなことを考えていると、セフィリアが示した島を横半分に横断するように指を動かした。
「ここより南にある魔族の地は全て侵略者に奪われてしまいました」
奪われた、と口にしたときセフィリアの真剣な表情に悲しみがよぎる。
「現在、我らの地を横断するように戦線が伸びてしまっています。鬼族の方を筆頭に四種族が力を合わせて戦線の維持を行っていると伺っています」
だが、こちらを向いたセフィリアの顔にはもう悲しみはなかった。
そのセフィリアの所作に人の上に立つ者の覚悟、みたいなものを垣間見たような気がした。
「えっと、質問、いいかな?」
「ええ、もちろんです。どうぞ、ヨウさま」
どうしても抑えきれず唐突に挟んでしまった俺の言葉に、セフィリアはすぐさま頷きを返してくれた。
「この世界に人族や人間と呼ばれる存在はいないのか?」
さっきからずっと気になっていたこと。
セフィリアは自らを魔族と言い、他に鬼族、獣族、亜族と呼ばれる種族がいることはわかった。
だが人族という名称が出てこない。
それが俺の気になっていたことだ。
いや、他にも話を聞いていろいろと気になることはあるんだが。
「私たち四種族全てを指して人間、と呼んでいます」
わずかに考えるそぶりを見せた後、セフィリアは首を横に振った。
「ですが人族、という種族は聞いたことがありません」
セフィリアの言葉に俺は頷くことすらもできなかった。
全くもって予想外の言葉だったからだ。
小説やマンガだと異世界の人間が異世界の人間を召喚し、魔物や魔王から世界を救うってのが定番だろう。
魔物や魔王が侵略者に変わっただけだと思っていた俺は、聞かされた情報に戸惑うばかり。
「ヨウさまにお願いしたいことは、侵略者の手から私たちを守っていただきたいのです」
黙り込んでしまった俺にもう質問はないと思ったのかセフィリアが説明を再開した。
「異世界の魔族であるヨウさまは、この世界の人間全てを超越したお力をお持ちです。私たち魔族よりもはるかに多い魔力、鬼族より強靭な体、獣族より鋭敏な感覚、亜族より豊富な知識。これらを兼ね備えたヨウさまであれば、侵略者がいかに強大であっても少なくない打撃を与えることができると信じています」
戸惑ったままの俺の頭ではあったが、セフィリアの話を聞くことができた。
そしてセフィリアの瞳にすがりつくような、悲壮な輝きがあることも見て取れた。
なんだか諸々が都合いいようにできているが、今は置いておこう。
美少女に信じている、なんて言われたらとりあえずは受けておこうと思うのが男だと俺は思う。
「姫さんの頼みとあらば力になるよ。俺なんかにできることはたかが知れてるだろうけどな」