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はじまりの I Love You So

この和訳を使わせていただきました。

https://toy-lyrics.com/the-walters-i-love-you-so/

彼女との出会いは、深夜零時の誰もいない森の公園だった。


大学から20分ぐらい離れた場所に、中山公園という自然公園がある。




その公園はとても大きくて、一周すると大体1時間ぐらいかかる。


その公園は、音楽好きな学生が楽器を演奏したり、家族連れが花見に来たり、ペットを連れて散歩に来たり、昼間はわりと賑やかな場所だ。




夜になると人気は少なくなり、小さな街灯が小道に沿ってぽつぽつと光っているような、静かな公園になる。




僕は、大学でうまくいかないことがあった日とか、煮詰まった夜に、ふらふらとこの公園を散歩しに来る。




誰もいないし、いたとしても誰も僕という存在を気に掛けることはない。


この森が、僕を包んでくれるみたいな感覚がして好きだった。




その日も僕は、自分の中で煮詰まっているものがあって、頭を整理するために家から飛び出してきた。


公園までの夜道は誰もいなくて、道の真ん中を頭を搔きながら歩く。




少し冷たい風を感じながら歩いていると、今までの思考が少しずつ整理されていくようだった。


ふと空を見上げた時に、星空がよく見えた。




「きれいだな。今日は晴れてたんだ。」




僕は、ここ一日の中でようやく呼吸ができた気持ちになった。




中山公園についた。


大きな駐車場には、3台ほど車が止まっているが、人がいる気配はしない。




スマホの光を照らしながら、公園の歩道をいつものように歩いていく。




夜の森は、僕を歓迎してくれるみたいに、さわさわと揺れた。


僕は、ただ僕一人のために歩いていた。




少し歩いたところで、どこからかギター音が聞こえてきた。




「めずらしいな」




楽器を演奏する人は多いけど、深夜零時に練習に来る人は少ない。


週に一回この公園に散歩に来るけど、深夜零時を回った時間帯で楽器の音が聞こえてくるのは初めてだった。




その音は、森の中に浮かんでいるような、一音一音が粒になったように響いて揺れているような感じがした。




ギターに慣れているようにスムーズではなく、丁寧に正しい音を確認しながら弾いていて、とても遅いテンポだった。




ただ、この静かな夜に、とても馴染んで心地よく響いていた。




最初のギターのフレーズで、僕は何の曲か明確に分かった。




音の先には、小さなベンチと街灯があった。


街灯の下のベンチに、ギターを持った女の子が座っている。




ボサボサの髪の毛で、乱暴に束ねている。


ラフなTシャツに、リラックスした様子があどけなさを感じさえた。


首を傾けた時、街灯に照らされて、髪の隙間から銀の点みたいなピアスが見えた。




装飾のないただの小さな銀色。




幼く見せているというのが、その小さなピアスから伝わる。




口を開いた、小さな息を吸う音が聞こえた。




I just need someone in my life to give it structure


(僕の人生を構成してくれる人が必要だ)


To handle all the selfish ways I’d spend my time without her


(彼女がいなけりゃ、僕は自分勝手な時間を過ごしちゃう)




似合わないくらい大きなギターを抱えていて、ふと歌っている時に僕の方を見る。


彼女は、僕の存在に気付いたようだったが、何も関係ないように続ける。


目が合うか合わないかのうちに、ふと目が伏せられる。




伏せられた目の長いまつげが、どこか危なげな雰囲気を出していた。


見た目は幼く見えるのに、僕なんかよりもずっと大人で、いろいろな経験をしてきたことが、彼女のすべてから伝わる。




You’re everything I want but I can’t deal with all your lovers


(僕には君しかいないけど、君には恋人がたくさんいる)


You’re saying I’m the one, but it’s your actions that speak louder


(君は僕が運命の人だよと、口では言うけど行動が伴っていない)




まるで、一粒一粒が落ちていくしずくのようなギター音だった。


控えめで儚く、彼女の歌にゆっくり寄り添っていた。




通常より遅いテンポが、なんだか自然と馴染んでいた。






Giving me love when you are down and need another


(君が落ち込んで人肌恋しいときだけ、愛してくれる)


I’ve got to get away and let you go, I’ve got to get over


(もう君とは見切りをつけて、乗り越えなくちゃ)




低くて、掠れていて、絞り出すように歌う声。




誰かに聞かせようとしている声じゃなかった。




僕には、たった一人の誰かのために歌っているように思えてならなかった。




彼女の白いTシャツとくせ毛が、風になびいた。彼女の音か、風の音か、どちらかわからないけれど、葉の擦れる夜の音が緩く震えた。


彼女の胸が膨らみ、少し大きく息を吸い込んだ。




彼女は、気だるげに伏しな目で、少し肩をすくめる。




But I love you so


(でも愛しているよ)


I love you so


(愛しているよ)


I love you so


(愛しているよ)


I love you so


(愛しているよ)




つぶやくように、一音一音を確かめるように歌う彼女の声は、静かな森の中で孤独に響いていた。


彼女が、この歌を聴かせたい相手には届いていないことがわかっていて、わざとそう言う歌い方をしているような気がして。




だから僕は、彼女が誰かのことを思いながら歌っていると思う反面、実はそんな相手なんかいなくて、わざとそう言う歌い方をしているのかもしれないとも思う。




でも僕は、この歌声からどうしても目をそらすことができないほど、心の穴に入ってきた。


満たされない何かが、彼女の歌を聴いていると、埋まっていくような感覚がした。




最後のギターの一音が控えめに響いた後、彼女は目をぱちりと開けた。


自分の歌に満足げにして、足をプラプラ揺らしている。




「うまいね」




僕はそう話しかけた。


彼女は、僕の登場に、何の驚きも示していなかった。




「だろ」




彼女は、にやりと笑ってそういう。




僕は、思ってもみない返しに驚いた。


少しいたずら気に笑う彼女が、なんだかおもしろかった。




「その曲、好きなの?」




僕は、首をかしげて聞いた。




「うん、好きだよ。どうしようもなく駄目な感じが」




僕は、少し笑ってしまった。




「駄目な恋愛してるんだ?」




彼女は、大きなギターを丁寧にベンチに預けながら言う。




「なんでそう思ったの?」




僕は、言葉に詰まった。


具体的に言語化できないけど、なんとなく歌詞が彼女とリンクしているように感じた。




「なんとなく。歌詞の意味がそう思わせたのかな?」


「あと、君の歌い方も、誰かを思いながら歌っているように思えたから」




僕は、ふと彼女の首のネックレスに目が行った。


南京錠の形をした銀のネックレス。




「どうかなぁ?でも自己満足で歌ってるから。」


「でもこんな時間、誰もいないと思って、油断してたのにな笑」




彼女は、結んでいたゴムをほどく。


髪を下すと、ちょうど胸元ぐらいまでウェーブした髪になった。




大雑把に手で髪をすいて整えて、髪の毛をまとめなおす。


髪の毛をまとめていた時は気が付かなかったけど、内側に少しだけ金色のインナーカラーが入っていた。




彼女は幼い顔をしているけど、やっぱり大人っぽいと感じた。




「君の声、印象的で好きだな。」




下心とかそういうのではなくて、ただ純粋に浮かんだ言葉を口に出した。




「まじ?それは、うれしいな。」




彼女は、嬉しそうにそう答えた。




「歌手目指してるの?」




彼女は、照れたように言う。




「歌うのが好きなだけだよ。自分の中で、唐突に歌いたくなる衝動が走るんだよね」




彼女は、「歌うのが好きなだけ」というけど、僕には、それだけには見えなかった。


彼女は、自分の存在の価値を理解してなお、もてあそんでいるようなそんな感じがする。









僕は、ひょうひょうと笑う彼女を見て、


これから何者かになる人を、


世間よりずっと先に見つけてしまったみたいな気がした。

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