戦国カフェ
香り高く、味わい深さこそコーヒーの真髄。最近では、共に店を営む娘のラテアートが人気を呼ぶ。嬉しいけれど…これで良いのか。
一杯のコーヒーが与えてくれる安らぎに魅了された私は25年前、会社を辞め店を興した。苦労しつつも軌道に乗り、最近では大学生の娘も手伝ってくれる様になった。休日は店を離れ、キッチンカーで公園やイベント会場にも出店している。
最近では、娘が作るラテアート目的のお客様も多く、客層も広がった。歓迎すべき事なのだが、私自身はコーヒーの深い香りや味わいを多くの人へ伝えたい思いから店を出した。時代の流れか、私は少々気後れしている。
「お父さん、見て」
娘がラテアートを私に見せてきた。
「これ、お殿様??」
「当ったりー!」
今日の出店場所は、お城のあった場所にある公園だ。どうやらその流れで思いついたらしい。
私はそのラテアートの殿様をまじまじと見つめた。次第に殿様が、私に何かを話しかけているような気がしてきた。徐々に引き込まれる…
顔を上げると、キッチンカーから見えていた客の姿も、横にいたはずの娘もいない。代わりに、外から一人の少年が険しい表情でこちらを見ている。
「お主、何奴」
周囲は枯れすすきと土埃が舞う原っぱのような場所だった。空はきれいに晴れ、空気も澄んでいる。しかし、人が行き交う気配がまるでない。
「君、何だいその格好は…」
「こちらが聞いておる!名を名乗れ!」
「佐々木…です」
「聞いたことのない名前だ」
私はキッチンカーから降り、少年に近づいた。まだ幼い少年だ。彼は後退りし、身構えた。腰に付けた刀の鞘に小さな手をかけた。
「僕、そんな物騒なものはしまいなさい。お父さんかお母さんは?」
「答える必要はない!それになんだ、この要塞に、お主の出で立ちは!」
小型トラックの荷台を改造したキッチンカーを見て、そしてワイシャツにエプロン姿の私をひどく警戒している。
「そうだ、お腹がすいているんだろう。劇団の子役か何かかな?」
私はキッチンカーにあった材料で、簡単なサンドウィッチを作った。
「お主、毒でも仕込んだか…」
いつまで時代劇ごっこにつき合わさせるのかうんざりしていた私だったが、毒味として一欠片を食べてみせると、漸く受け取った。匂いをかぎ、四方から不思議そうに見ている。恐る恐る一口を取ると、その後は、脇目も振らずに一心不乱に、あっという間に平らげた。
「美味じゃ…こんな美味なもの、初めてじゃ。礼を言う」
「それは良いけど、何か撮影の合間かな」
「何をわけの分からないことを言うておる。一緒に来てもらう!」
その少年は私の手を強引に引き、歩き出した。いくら歩いても、店はおろか車1台通っていない。人は時代劇で皆、時代劇で見たような格好だ。ここは撮影所か、テーマパークだろうか。
しばらくして、大きな城の前に辿り着いた。侍の格好をした人々が刀を構え、異様な緊張感が漂っている。ただならぬ場所へ来たことだけは、私も理解した。その後、大広間に通され、少年と私は並んで座った。周りには家臣のような人々が大勢いる。
襖が開いた。皆が一斉に畳に向かって頭を伏せる。私も遅れて真似をした。その後、殿様の出で立ちの男が私たちの前に来た。目を細め、妙に威圧感がある。いや、この男、娘がラテアートで描いた殿様だ。
「何事だ」
「上様、この者は佐々木というそうです。移動式の要塞におり、何やら見ない格好。南蛮人ではないかと」
「その方、南蛮人とは真か?」
「南蛮人って…」
突然少年が立ち上がり、私に刀を向けてきた。小さい体に関わらず、鋭い眼差しでこちらを見る。
「よせ、乱。まだ話は終わってない」
らん!?森蘭丸のことか…なら私の目の前に居るのは、信長!?ダメだ、私は熱でもあるのだろう。目眩がしてきた。もしや私は本当に戦国時代来てしまったのか…。
「私は怪しいものではありません。コーヒー…茶売りの者でございます」
「茶売なら茶を点ててみよ。話はそれからだ」
判断が早い。目つき以上に切れ者の片鱗を見た気がした。しかし、コーヒー豆はキッチンカーの中だった。
「生憎、茶葉を持ち合わせておりません。取りに参りたいのですが」
「上様、逃げる気です!」
この小僧…いい加減に腹が立ってきた。だがここで殴るわけにもいかない…
「滅相もありません。誰か一緒に来ていただければ」
「乱、それから爺(家老)。一緒に参れ」
森蘭丸と家老、家臣が数名、キッチンカーまで一緒に行くことになった。
「こ、これが移動式の要塞か!」
「お主、やはり南蛮からの使者!」
揃いも揃って刀を抜こうとしている。
「これから茶を淹れますから、少しお待ちください」
皆が訝しげな目で私を見ている。非常にやり難い…間違いない、何らかの事情で私はタイムワープしたのだ。そう信じれば、全て説明がつく。私は売り物のチョコチップクッキーを配ることにした。
「娘が作ったものです。召し上がってください」
「毒味が先じゃ!」
この野郎、歳上に対する態度がなってない。カスハラ野郎だな…。私は怒りを押し殺し、一口食べてみせたあと全員が口にした。
「煎餅にしては甘い…が、美味だ」
「斯様な甘さは初めてだ」
好評だったらしく、さらに追加を要求してきた。美味しいものに国境も時代も関係ないようだ。私はコーヒーの準備に取り掛かった。キッチンカーから必要な道具を下ろし、客用のテーブルの上に置いてみせた。ミルで豆を挽く。あえて手作業で挽いてみせた。ゴリゴリと音が響く。
「何だあの機械は」
「黒い豆を入れておるな」
ペーパーフィルターをドリッパーにセットし、挽いた粉を入れる。湯を沸かすため、カセットコンロを点火すると皆が驚いた。
「火打ち石を使わなかったぞ」
「青い炎…この男、妖術を使うのか」
沸かした湯を細口のケトルから注ぎ、コーヒーを抽出する。
「知らない香りだ」
「妙に癒される…芳醇な香りだ」
用意したカップを並べ、それぞれ注いだ。
「さあどうぞ。熱いので気をつけてください。苦みがあるので、お好みで砂糖を」
「貴様、これは墨汁ではないか!」
「いや、泥水に違いない」
無理もない。こんな黒い飲み物を信じろという方が無理だ。蘭丸にまた毒味を命じられるのは癪に障るので、私が先に飲んで見せた。
「うへっ、苦い」
「この苦味…毒に違いない!」
「これと一緒に召し上がってください」
私は先ほどのクッキーを出した。
「この苦さと煎餅の甘さが良い」
「癖になる美味…毒に違いない」
蘭丸の分は砂糖の他、蜂蜜を溶かした甘めのものだった。子供にブラックは強すぎる上、またもや毒だと騒ぎかねない。
「甘い茶は初めてだ…でも、美味だ」
「火を使う妖術や、見たこともない用具に怪しむところはあるが、この男の技には見るべきところがある。上様へ報告じゃ」
家老は全員にそのように伝え、私は必要なものを全て持ち、家臣達と城へ戻った。広間では、家老が信長へ顛末を報告していた。
「佐々木…と言ったな。今度は私の前で茶を点てよ」
信長の口に合わなければ、私の命もここまでか…ならばこちらも本気でやる。まさに命がけの勝負だ。
私は先ほどと同じ手順で豆から挽き、コーヒーを抽出した。それを瀬戸焼のコーヒーカップに注ぎ、私が毒味を見せたあと、クッキーを添えて出した。広間中にコーヒーの香りが広がり、大きく息を吸い込んでいる家臣もいた。
カップを手に取り、しばしコーヒーを見つめる信長。
「この黒い水が茶か」
一口飲み、咳き込んだ。家臣が一斉に立ち上がる。信長はそれを手で制した。
「随分と苦味を感じるが」
「こちらの菓子を一緒に召し上がってください」
「爺、あれを持って参れ」
家老が席を外し、改めて戻ってきた。手にした皿には黄色の菓子が載せられていた。あの菓子はもしや…。
信長がその菓子とコーヒーを改めて口にした後、しばしの沈黙が流れる。家臣達の緊張感がこちらにも伝わってきた。
「良き塩梅じゃ」
「ありがたき幸せ」
私は土下座の如く頭を下げていた。どこかの時代劇で聞いた台詞。しかし、嬉しさよりも安堵感から出た本音でもあった。
「乱、利休を呼べ」
千利休が呼ばれ、残りのコーヒーとクッキーを口にした。
「利休、どうだ」
「経験のない味にございます。しかし、甘さとの組み合わせは絶妙です」
「売り物になるか」
「試す価値はあろうかと」
「カステイラと合わせれば、相乗効果が望めるな」
早速商品価値としての比較検討を始める機転と判断の早さに、私は感嘆した。
「佐々木、この呼び名は何と申す」
「珈琲と申します」
「聞き慣れん言葉だ。黒茶と呼べ」
有無を言わさぬトップダウンだ。相変わらずの迅速な決断。頼りがいのある一方で、冷酷無慈悲な判断を下す恐ろしさが介在している。
信長と家臣が広間を去り、利休と私の二人が残された。利休はコーヒーに興味津々のようで、抽出した粉を手に取っていた。
「この茶は苦くて驚いた。西洋の物ですな」
「豆を挽いて、熱い湯で抽出します」
「上様は、これを新しい運上の目玉にしたいと考えておられます」
「運上」とは、営業税の意味合いを持ったものだ。目新しいもので関心を引きつけ、経済の活性化と税収増につなげる。現代に通じる先進的な視点だ。
私は城で朝を迎え、家臣と共に広間に集められた。今で言う「朝礼」だろう。信長が入るやいなや、私たちは頭を下げた。
「今日から、黒茶を展開する!利休、乱は佐々木を補助せよ。佐々木、この者共に黒茶の淹れ方を伝授し、販売網を画策せよ」
既得権に安住せず、商売で挑戦しない者からは権利を剥奪する、とも語っていた。
「ところで佐々木、昨日は寝付けなかった。黒茶には何かある様に思うが」
信長が私に問うと、家臣たちも口々に騒ぎ出した。
「覚醒する作用が入っております」
「覚醒だと?」
信長が目を細め、睨むように私を見る。もしや斬られる…私の命もここまでか。
「それは面白い…戦地で使える」
城を出て、キッチンカーまで来た私は、淹れ方伝授の為に二人の前に立った。
「早く伝授しないか」
蘭丸の言葉にさすがに腹に据えかねた。
「小僧、教える以上は私が親だ。親に楯突くのではない」
「……」
「出過ぎた言葉は、時に命に関わる。どうか穏便になさることです」
利休が蘭丸を窘めた。
「さて佐々木殿。この茶坊主、新進気鋭の茶に興味が尽きませぬ。ぜひ、ご伝授願いたい」
私は利休へ道具一つ一つの役割を説明し、伝授した。問題は電気を必要とするミルだった。今回は手挽きのミルがあったが、大量注文にはとても対応出来ない。電動ミルはキッチンカーから電源を取り、供給元は車に取り付けられたソーラーパネルなので問題はない。
だが、本来この時代に無い物を使うべきではない。
そこで、石臼挽きで可能な限りコーヒー豆をすり潰す事を提案した。粉になった後のコーヒーは鮮度が落ちやすい。売れる量を予測して予め挽くのも、この時代では困難だ。従って営業日と売れる量をこちらで決めてしまう…すなわち、限定販売と決めた。物珍しさと好奇心から我先に飛びつく人々は、この時代にも居ただろう。幸い豆は大量に載せてある。
信長にコーヒーを「限定品」として売ることに当初は反対された。しかし、限定品という特別感が付加価値となり、関心を引く効果を持つことを伝え、納得と了承を得た。
だが、思っていた以上に石臼での豆挽きは困難だった。販売日と販売量を限定するにも、小さな手挽きミルでは限度がある。
「おいらがやるよ…」
蘭丸が下を向きながら近づいてきた。私に叱られ、いじけていた様だ。
「蘭丸、お前の大事な仕事だ。出来るか?」
「武士に二言はない」
利休は石臼の形を一部加工して、コーヒー豆を挽ける特注の石臼を作った。この時代の人はたくましい。
「さて、問題は湯沸かしだな…」
カセットコンロは使えない、薪で火を起こすには時間がかかり過ぎ、温度管理も難しい。一難去ってまた一難だ。
「ほっほっほ。佐々木殿、私をお忘れですかな」
利休が笑っている。そうだ!茶の達人がいたではないか。
「失礼しました!利休さんのお湯を使わせてください」
「もちろんですとも。今度は私の茶もお召し上がりください」
その夜、私は家老とともに信長に呼ばれた。
「最近、運上の入りが悪い。何とか対策をせい」
「困りましたなぁ、率を上げますか」
「上様、反対の発想で、率を下げてはいかがでしょうか」
「貴様、話を聞いておったか?」
途端に信長の表情が険しくなり、家老は顔面蒼白になっていた。私はここで経済特別区域的なものを提案した。それを作れば、商業や工業がその地域で栄え、税率が低くとも結果として税収規模が拡大できる。
「斬新な発想だ、検討に値する」
既にいくつかの商売が展開されている地域は存在したが、「座」が既得権益化し、新たな展開が図られていないと信長は見ていた。
「光秀、指揮を執れ」
そこからは早かった。税収の足枷になるようなものは追放し、新たな商人をたくさん呼び寄せた。また、私達も茶店の開業に向けて、準備を急いだ。同時に私は、電気が使えない中でのコーヒー作りには時間と手間がかかるため、併売するカステラは新たに職人を養成することにした。信長に相談をすると、早速四人の男を手配した。
「家康、藤吉郎、お前達がカステイラを作れ。他の二人は菓子職人が町におる。光秀がお主のところへ連れてゆく」
藤吉郎…秀吉さんか!
卵、小麦粉、砂糖は既にこの時代でも入手は可能だった。但し砂糖は高級品であり数が少なかったので、代用品として麦芽糖を用いることにした。キッチンカーにある原材料は使わない事にした。この時代の人たちが今用意できるもので作らなければ意味がない。代わりに調理器具とエプロンを提供することにした。
「これは、布地の鎧であるか?」
着用に戸惑う家康と秀吉。歴史の偉人のエプロン姿を見た現代人は、後にも先にも私くらいだろう。お互いに後ろの紐を締め合っていた。
鍋や釜は商売を辞めた町人から譲ってもらい、それらを使った。鉄製の鍋を使い、下と、蓋の上にも燃える炭を置くことで上下から熱を通す「引き釜(天火)」という技法を使った。
卵を泡立てるのには、キッチンカーにあった泡立て器を使った。
「藤吉郎さん、まだ緩いです!もっと混ぜてください!」
「これは一人じゃ無理だ!家康どのー!」
結局、秀吉と家康の他、菓子職人の二人が入り、四人がかりで交代で混ぜ続けた。その後、火にかけたあとは、家康と二人がひたすら番をした。秀吉は、利休に代わってコーヒー豆を挽いていた。ガリガリと音が立ち、秀吉の額には汗が浮かぶ。
「佐々木殿、いささか人使いが荒くはないか」
「藤吉郎さんのおかげで、茶店は大繁盛間違いなしですよ」
「おぉ、これもお館様のためじゃ!」
カステラを焦がさないようにするには、慎重さを必要とした。家康が一番適任だった。蘭丸は早く完成を見たかったようだ。
「焦るな蘭丸。焼けるまで待とうカステイラだ」
「佐々木殿、それは素敵な言葉ですな」
ようやく焼き上がった。鍋の蓋を開けると湯気が上がり、麦芽糖の香ばしい香りが広がった。秀吉は飛び上がって喜んでいた。早速皆で切り分ける。
「これは黒茶に合いますな」
「お館様に報告じゃ!」
「これは、私の点てたお茶にも合いそうです」
「甘いものは幸福を感じますね」
「それだ!」
菓子職人の一人が立ち上がった。
「我は、カステイラを商いにするぞ」
茶店の開業を翌日に控えた夜、信長にカステラ製造が成功したことを伝えた。慣れさえすればさらに早くなるだろう。
「今宵は宴だ」
家臣達には酒ではなく、コーヒーとカステラが振る舞われた。
「真に美味だ。者ども、よくやった」
宴が進む中、一人の家臣が信長に報告をしていた。
「光秀様の黒茶とカステイラを失念しておりました」
「光秀?良い良い、気にするな」
私は明智光秀の奮闘ぶりと、信長への忠誠を見てきただけに、不憫でならなかった。
開業日は澄みわたるきれいな青空が広がっていた。縁日のように、城の周りには色々な店が揃う。楽市楽座の始まりだった。私たちの茶店もその中の一つだ。早速物珍しさに沢山の町人が並んでいる。
ケトルからコーヒーを注ぐのは利休。さすがは茶の名人、湯温の管理も注ぎ方も完璧だった。さらに炭で沸かしたお湯はガスとは異なり、苦みのあるコーヒーでもまろやかさを感じさせた。
蘭丸と家康が注文を聞き、人の整理や呼び込みは秀吉と菓子職人の二人が行った。自分の挽いたコーヒーが多くの人に渡り、蘭丸は得意げだった。武士ではなく、一人の少年の顔になっていた
「真っ黒なお湯!本当に飲めるの!?」
「苦い!これは薬か毒か」
「カステイラと一緒に食べてみてよ!」
蘭丸が勧めると、途端に感想が変わった。
「苦さが甘さを引き立てる!」
「癖になる苦みだ…」
私はコーヒーが持つ魅力を多くの人に知って欲しい、その思いで店を開業した。多くのお客さんがコーヒーを通して笑い合っているのを見て今、私の役割は終わったと思う。
その途端、自分の時代へ戻りたいという思いが急に襲ってきたのだった。そもそもどの様に戻れば良いのだ。
「黒茶、見事でしたな」
「利休さんのお湯は、現代にはないものです」
しまった!
「やはりそうでしたか。佐々木殿は少なくとも遠い異国の方か、もしくは…。佐々木殿の出で立ちを見れば分かります。上様も、もうお気づきですよ」
「では、なぜ誰も何も言わないのでしょうか。私は斬られてもおかしくなかった」
「上様は、出自や出で立ちで判断なさいません。佐々木殿が持つ、類まれな能力を見られていたのでしょうな」
信長と光秀が視察に現れた。
「佐々木。この盛況ぶり、見事じゃ。己の知恵と技術が民を幸福にする。得難いことと心得よ」
「上様、感謝申し上げます」
「光秀、先に戻る。引き続き残って見て廻れ」
そう言うと、信長は家臣と共に城へ帰った。
「お召しあがりください」
蘭丸がコーヒーとカステラを光秀に差し出した。
「美味だ…これほど美味な物がこの世に…」
光秀は感動していたように見えた。一服の時間に、日ごろの緊張という鎧を脱いだ瞬間を思わせた。
「佐々木殿、あの子…」
蘭丸は何組かの親子連れを指した。大人にはコーヒーを出していたが、子供にはカフェインの影響を考慮し、出していなかった。その結果、カステラに咽る子供が居たのだった。
「蘭丸、ここに豆腐を売る店はないか?」
「おいらに任せろ!何をすれば良い?」
蘭丸の目は輝き、誰よりも動きが早かった。
「豆腐を固める前の、豆の汁をありったけ分けてもらってくれ。藤吉郎さんも一緒に!」
「利休さん、茶筅をお借りしたい」
「お安い御用ですが、何が始まるのですかな」
「豆腐の汁を使ったまろやかな茶を作ります。これならば子供でも飲むことが出来ます」
「佐々木殿、待たせたな!」
秀吉と蘭丸が大きな鍋を二人で持ってきた。私は鍋から一杯ずつ、茶筅で泡立てた。少量のコーヒーを注いだ後に、麦芽糖と泡立てた豆乳を注ぐ。戦国豆乳ラテの完成だ。
「利休さん、いずれ黒茶の豆は無くなります。そうなったら、ぜひこれを覚えておいてください」
また、私は娘のラテアートが子供たちに喜ばれている事を思い出した。マシンの様にきめ細かい泡は無理だが、竹串を使い、朝顔の絵や波紋を描いた。子供向けに見ても楽しんでもらおうという娘の心意気を、私はこの瞬間まで理解出来ていなかった。
「きれいだ」
「かわいい」
「佐々木殿、これは…。器の美しさに私は拘っておりましたが、茶そのものを絵画のように飾る。見事としか言葉がありませぬ」
利休は感心した表情でのぞき込んでいた。そして、私も自ら作ったラテアートを見つめていた。コーヒーか、ラテアートかなのではない。25年目にして新たな気づきを得た思いだった。
「お父さん、ちょっとお父さんてば!」
「ん!?あれ、蘭丸?」
「蘭丸じゃないわよ、どうしたのよ」
「いや、何でもない。それより、俺にラテアートを教えてくれないか」
「お父さん、本当はラテアートに乗り気じゃなかったよね。どうして?」
「己の知恵と技術が人を幸せにする、ってさ」
「よく分からないけど…じゃあ教える以上は、今度は私が親だからね」
「あのすみません…」
来客か?女性だった。私と娘はキッチンカーを降りて対応した。客ではなく、イベントの主催業者だった。私たちのコーヒーがインスタグラムで好評とのことで、他のイベントでの出店依頼だった。渡されたチラシを見る。
[美味しさの祭典・令和の楽市楽座]
「遅れましたが、私こういう者です」
名刺を差し出された。
[令和の楽市楽座実行委員会・織田蘭]
終
一部、製造方法等の確認にAIを使用しました。




