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末娘のボディーガードですが、お嬢様は思ったより大人  作者: DxAsis


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4/4

Mission.4

「ソフィ、もっとこっち寄ってよ。そんなに離れていたらベッドから落っこちちゃうわよ」

「問題ありません。如何なる状況での休息を可能とする訓練を受けています。屋上の端――転落防止用の低いコンクリートの上でも、落ちることはありません」


 私は無意識でも体の平衡感覚を保つことができる。

 それだけじゃない。無意識の中でも周囲の動きを感じることができる。

 油断も隙も、私には無い。

 ふふっ、とお嬢様が小さく笑った。


「じゃあ私が落っこちないように護って、ソフィ」


 背を向けたまま、私は問う。


「どうしてほしいのですか?」

「ぎゅっと抱き締めてほしいの。お願い」


 難題を押し付けてくる。

 他のボディーガードたちもこのようなのだろうか。気になるところだ。

 背を向けたまま、数秒の沈黙。

 ――任務だ。

 そう自分に言い聞かせ、私はゆっくりと振り返った。

 ベッドの上で、無防備にこちらを見上げるお嬢様。

 灯りを落とした室内で、その表情はやけに柔らかく見える。

 お嬢様は微笑みながらゆっくりとこちらに背を向けた。


「……失礼します」


 そこに私は距離を詰める。

 本来なら入ってはいけない領域。

 わずかな動きでも、毛布の擦れる音がやけに大きく響いた。 

 けれど私は、言われた通り、後ろからそっと腕を回した。

 ふわり……。

 甘くて、温かくて、胸の奥を直接撫でるような匂いが鼻腔を満たす。

 思考が一瞬、白く弾けた。チカチカと、脳が痺れる。

 これは想定外。

 驚きに呼吸がわずかに乱れる。

 だが、私はボディーガードだ。プロとしてのプライドがある。動揺を悟られるわけにはいかない。

 衝動を押し殺し、力を調整しながら、壊れ物を扱うようにお嬢様を包み込む。


「……もっと強く抱いてもいいわよ?」

「……分かりました」


 ……私が温める側のはず。

 それなのに。

 伝わる体温。

 小さな呼吸の動き。

 ぴたりと重なる感触。

 気づけば、私の方がじんわりと温まっていくのが分かる。

 ()()()()を私は知らない。

 胸の奥が、落ち着かない。

 任務中に感じるはずのない熱に、私はわずかに身を強張らせた。


「……これで、よろしいのでしょうか」


 確認するように問いかけると、お嬢様は安心しきった声で答えた。


「うん。ソフィに抱き締められてると安心する。……けどね――」


 そう言って、彼女は私の手をそっと引き寄せ――自分の胸に当てさせる。

 とくん。

 とくん。

 確かな鼓動が、手のひらに伝わってきた。


「ほら……ドキドキもしちゃう!」


 そう言って、恥ずかしそうに笑う。

 その一言で、熱が一気に顔へと集まった。

 視線を逸らしても、頬の火照りは誤魔化せない。

 対処法を知らない事態に、私は恐怖を感じた。

 いつぶりだ……こんなふうに、体の震えを必死に押さえたのは。

 今すぐ離れたい。そしたら震えは止まる。

 理性で分かっているのに、腕の力が、ほんの少しも緩められなかった。

 離したくない。心のどこかで、何かがそう言った。

 そのまま、数秒。

 私は、離すのを忘れていた――。


「……んっ……」


 小さく、お嬢様が吐息をこぼす。


「……ソフィ?」


 その声で、私はようやく気づいた。自分の手がまだそこにあると。


「……っ、申し訳ありません!」


 反射的に謝り、慌てて手を引き抜いた。

 まるで熱いものに触れていたかのように、指先がじんと痺れる。


「不注意でした。決して、その……意図があったわけでは――」


 言い訳めいた言葉が口を突いて出る。

 お嬢様は一瞬、きょとんとしたあと、

 すぐに首を横に振った。


「ううん……」


 少し間を置いて、顔を伏せる。 


「……アナタなら、好きなだけ触っても……」


 その最後の言葉は、毛布に吸われたみたいに小さくて。

 私の能力を持ってしても、聞き取れなかった。


「……?」


 聞き返そうとして、やめる。

 今は、それを確認していい状況ではないと、理性が判断した。

 私はただ、距離を保つように腕を戻し、

 いつもより少しだけ硬い声で告げる。


「……もう休みましょう。お嬢様」


 返事の代わりに、彼女は安心したように身じろぎし、再び静かになった。

 聞き逃したあの言葉が、妙に胸に引っかかり続けている。

 考えていても、意味はない。

 私は目を閉じ、意識を深く沈めた。

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