Mission.3
クローゼットの扉が勢いよく開かれた。
「さあソフィ、着替えるわよ! たくさんあるから見ていって」
お嬢様は腕まくりをし、中に手を突っ込む。
ぽい。
ぽい。
取り出されるのは、柔らかそうな布地の服や、色違いの寝巻。
「こんなに種類があるとは……」
「気に入ったのがあったら言って! あっ、これなんかどう? 私のお気に入りなの」
そう言って、彼女はひらひらした布を掲げた。
レース。フリル。どう見ても軽やかすぎるし……。
「それはさすがにやめてください」
「えー? 絶対似合うのに」
「戦闘においてメリットがありません」
「戦闘? ソフィったら~、私はアナタと寝るだけよ?」
お嬢様は意味深にニヤニヤと言葉に裏を作ったてきた。
これには私も呆れた声を抑えきれなかった。
「何を言っているのか分かりません。私はただ襲撃への備えの話をしているだけです」
「ふふっ、冗談よ!」
無垢な笑顔を見せてから、お嬢様は別の服を引っ張り出した。
「これはどう?」
差し出されたのは、淡い色合いのパジャマ。
軽そうなキャミソールで、肌触りも良さそうだ。
私は受け取ってみる。
サイズもあって、戦闘においても問題なさそうだ。
しかし……。
「なんだか透けていますが……」
「こういうものなのよ」
きっと、本当にこういうものなのだろう。お嬢様の声にも、気配にも、悪意は感じられない。
それでも、胸の奥に残る違和感は、簡単には消えてくれなかった。
「……色んな服があるのですね。そういうものを知る機会がなかった私には、判断がつきません」
私がそう言うと、お嬢様は困った風にしゅんとした。慈悲の笑みを残したまま。
「じゃあ、その服アナタにあげちゃうわ」
「受け取れません! ……どうやら余計な話をしてしまったみたいです」
「余計なんかじゃないわ」
跳ぶように一歩前に出て、お嬢様は私の手をつかみ取った。
「余計なんかじゃない。私はソフィの事がもっと知りたいの。少しでも離してくれると、すっごく嬉しくなるの」
温かい手だ。このまま抱き締めたら、どれだけあたたかいだろうか。
お嬢様の心に嘘偽りは存在しない。
とても純粋な人だ。
でも、だからこそだ。
その優しさに付け入る人間をしっている。
私の役目は、それを護ることだ。
鎧を纏っていなければいけない。
強い女でなければいけない。
「もう寝ましょう。これ以上、お嬢様の睡眠時間を奪えません」
私は腕時計に目を向ける。
針は――Ⅺ時Ⅶを指している。
「本来なら寝ている時間……。眠たくはないのですか?」
「スマホいじってるから!」
てへっとスマホを見せつけた。どこか誇らしげなのがまた引っかかる。
私は彼女と6歳離れしている。私は彼女の親ではないが、さすがに黙っていられなかった。
「いけません。ちゃんと寝てください」
「ええ~」
「睡眠不足は健康に悪いです。ホルモンバランスも崩れますし、判断力も落ちます。結果として、あらゆる面で支障が出ます」
私が並べた理屈が次々とお嬢様に刺さっていったのか、彼女はうっと怯んだ。
「分かりましたら、その身を休ませてください」
「……これから私と一緒に寝てくれる?」
「お嬢様……それはさすがに――」
「そしたらちゃんと時間通りに寝るから!」
私は、難しい立場に立たされてしまい、言葉に詰まった。
胸の前で手を組み、目を潤ませるお嬢様は、心からお願いしている。
「直すため、ソフィの力を貸してほしいの」
「……考えさせてください」
「やった!」
「まだ何も言っていません」
「ふふふ!」
「笑いの理由が分かりません」
「いつか分かるわ! さ、寝ましょ!」
私は本気で首を傾げた。
考えると言っただけだ。
承諾した覚えは、まだない。
だが、お嬢様は違うのだろう。
私が「考える」と口にした時点で、その答えがもう決まっていることを知っている。
――それを、このときの私は理解していない。
だから、彼女がこぼした小さな笑いの意味も、分からないまま目をつむった。




