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血塗られた大楽刀自  作者: 西季幽司
事件関係者人物ファイル
8/19

一.刑事・生長和人②

 難しい事件になりそうだ。

「四重の密室か・・・」とため息を漏らすと、生長は「そうなると、犯人は内部にいた可能性が高くなるな」と呟いた。

「部外者がここまで入って来ることは、ほぼ不可能だと思います」

「旦那はどうやって部屋に入ったんだ? 合鍵を持っていたのか?」

「玄関の鍵を持っていたそうです。部屋の鍵は持っていなかったので、階下にあるテレビ台の引き出しから合鍵を出して、それを使って部屋に入ったそうです」

「合鍵か。合鍵のありかを知っていたのは、誰と誰だ?」

「旦那が言うのは、合鍵の場所を知っていたのは、家族だけだそうです。自分と殺された奥さん以外は知らなかったはずだと言うことです」

 しっかり事情聴取が出来ているようだ。

「おいおい、旦那、自分が犯人だと言っているようなもんじゃないか!」

「そうですね。でも、やったのは自分じゃないと主張しています」

 浅井が何かを見つけたようで、「おっ!」と床に屈み込んだ。

「床に足跡らしきものが残っています」

 犯人は床に飛び散った血痕を踏んで、部屋の中を歩き回ったようだ。血の滲んだ足跡がいくつか残されていた。

「向こう側には、もっとはっきりした足跡が残っていた。わしの足より大きいので、犯人は相当ガタイの良いやつのようだ」

「チョウさん、足のサイズはいくつですか?」

「二十五・五センチだ」

「僕、足は小さい方ですが、二十六センチですから、犯人は僕と同じか、もうちょっと大きいくらいですかね」

 浅井の身長は百七十七センチだ。浅井より背が高いとなると、かなり大きい。

「さて、もう一度、見て回るか」

 生長は床の上を這いまわるようにして観察を始めた。「現場百篇」が生長の捜査のモットーだ。時に鑑識官が見逃した証拠を探し当てることがある。

 浅井が慌てて生長の真似をして観察を始めた。

 二人で現場を這いまわっていると、「ご苦労!」という声と共に恰幅の良い四角い顔をした男が乗り込んできた。

 ――課長!

 浅井が声を上げた。山口県警察署刑事部捜査一課長の山縣(やまがた)(えい)()だ。

 五十代、若いころは柔道で鳴らしたそうで、縦よりも横に大きい、蟹のような体型だ。薄くなった髪の毛が丸い頭に貼りついている。

 浅井が声を上げたのは、山縣がこんなに早く現場に乗り込んで来たことが珍しかったからだろう。

「生長君――」山縣は床を這いまわっている生長に声をかけた。

 生長が「課長」と驚いて立ち上がった。山縣は窓際に移動すると、おいでおいでと手招きをして生長を呼び寄せた。

「はい?」生長が近寄ると、山縣は声を潜めて、「君も知っての通り、大楽家はこの辺りでは名の売れた学習塾を経営する一族だ。しかも、殺害された女性は、どうやらあの村田病院の娘らしい・・・騒ぎを聞きつけて、門前にマスコミが押し寄せて来ている」と言って窓から外を見た。

 部外者は大楽塾の敷地に入って来ることができないので、ここから外の様子は分からない。窓の外には閑散として小山が広がっているだけだ。

 塾の正門前にマスコミが群がっているのだろう。

「村田病院ですか・・・それは、大事(おおごと)になりそうですね」

 大楽家で起こった殺人事件と言うだけで話題性は十分なのに、その上、さらに被害者は市内の大手総合病院の関係者だという。今後の捜査にどれだけ余計な圧力が掛かるか分かったものではない。

 生長もため息が出る思いだった。

 事件発生後、直ぐに山縣が現場に出張ってきたのは、この事件の影響の大きさを考慮したからだろう。いや、刑事部長から直接、山縣に指示があったのかもしれない。

「これだけ大騒ぎになる事件は久しぶりだな。三年前の事件以来かもな・・・」山縣が嘆く。

 三年前、県内で不可解な連続殺人事件が発生し、生長たち捜査員は県警の上層部から「早く解決しろ!」という圧力に苦しんだことがあった。山縣も当時、中間管理職として軋轢の狭間におかれた。

 生長も山縣も、当時の苦い思い出が胸の奥底から湧き上がってくるようだった。

「どう見る? 今回の事件を――」

「部屋は四重の密室になっているのです。この部屋に外部から侵入するには、四重の壁を突破しなければなりません。外部の人間の犯行だと考えるのは無理があると思います」

「えっ! そうなると、内部の人間の犯行か⁉」

「そう考える方が無難でしょう。今のところ、この部屋に入ることが出来たのは、旦那だけです」

「おいおい。被害者が有名人だというだけでなく、加害者も、この金持ち一族の人間だということになると、益々、大騒ぎになりそうだ。頭が痛いな」

「まだ、可能性の段階です。これから調べます。課長、ご苦労をおかけします」

「はは。また上から虐められそうだな。さてと、わしは外に出て、マスコミの相手をして来るよ。生長君、捜査は君に任せた。頼むぞ。何とか早く事件を解決してくれ」

 山縣は憂鬱そうに言うと、生長の肩をぽんぽんと叩いてから部屋を出て行った。

 山縣はたたき上げの刑事だ。課長になって官僚的な面が出てきたが、現場の苦労は分かってくれている。

「任せて下さい」と生長は山縣の後姿を見送った。

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