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血塗られた大楽刀自  作者: 西季幽司
事件関係者人物ファイル
7/19

一.刑事・生長和人①

 大楽孝毅からの通報を受けて、山口警察署から警察官が駆けつけた。地元の名士、大楽家で起こった殺人事件だ。大挙して刑事が大楽家に押し寄せた。

 被害者、大楽玲は二階のベッドの上で血塗れの状態で横たわっていた。

 山口県警察署刑事部捜査一課の生長(いきなが)和人(かずと)警部補は、部屋に一歩足を踏み入れた途端、「これはひどいな・・・」と呟いた。部屋のあちこちに血痕が飛び散っている。

 生長は四十代後半、太い眉毛に涼やかな目、色黒で多少、団子鼻なことを除けば、なかなかの男前だ。百八十センチを超える長身で、スタイルも良い。頭脳明晰で捜査能力が高く、弱点が無さそうに見えるのだが、特撮番組好きと言う子供っぽい面を持ち合わせている。

 生長に続いて部屋に入ってきた相棒の浅井(あさい)隆裕(たかひろ)も「これは・・・」と絶句した。

 浅井は三十手前、卵型の輪郭なので、太って見えるが、百七十七センチ、八十キロと決して太くはない。薄い唇と吊り上った眉毛が気の強さを感じさせる。

 生長の相棒となって三年、まだ刑事のイロハを勉強中だ。陽気な若者なのだが、時折、無口になって黙り込んでしまう時がある。繊細な若者なのだ。

 生長は「遺体の第一発見者から話を聞いておいてくれ」と浅井に指示を出すと、先ずは現場を確認して回った。

 現場は悲惨な状況だった。ベッドに横たわった女性は複数個所を刺されていた。血痕がベッドは勿論、床から壁まで飛び散っていた。何故か床には嘔吐した跡まであった。

 一通り見終わると、先に現場に到着していた同僚の木村(きむら)(あつ)(ひろ)をつかまえ、「被害者は誰?」と尋ねた。

 木村は三十代後半、ベテランの域に差し掛かった刑事だ。小柄で目が小さく、口角がきゅっと上がった愛嬌のある顔をしている。

「ああ、チョウさん。屋敷の主、大楽孝毅氏の妻、玲さんのようです。この辺の言い方だと、大楽刀自が殺されたことになります」

 木村まで生長のことを「チョウさん」と呼び始めた。

「大楽刀自?」

「ええ、一家の女主という意味です。この辺の方言ですよ」

「随分と古めかしい言い方をするんだね」と言うと、「この辺は閉鎖的な土地柄ですからね」と言って苦笑した。

「死因は・・・聞くまでもないか、刺殺だね?」

「滅多突きというやつです。犯人はガイシャに強い恨みがあったようです」

「第一発見者は誰だ?」

「ほら、あそこにいる夫の孝毅です。昼休みに、ガイシャに話があると呼び出されて、遺体を発見したそうです」

 部屋の前の廊下で、大楽孝毅が浅井から事情聴取を受けていた。その様子を見て、生長はうんうんと軽く頷いた。子供の成長を見守る親のような気持ちになっているのだ。

 凄惨な殺害現場を見たくないようだ。なるべく部屋を見ないようにしているのだが、人が出入りする度に、自然と視線が部屋の中に向いてしまい、慌てて目を逸らすといった動作を繰り返している。

「ここで寝ていたのかな?随分、殺風景な部屋だが。二階に上がってここに来る途中、広々とした寝室らしき部屋が見えたけど」

 生長の質問に、木村は「さあ・・・」と首を捻った。

「まあ、良い。後で、あの――」と部屋の前にいる孝毅に顎をしゃくってから、「旦那に聞いてみるか」と生長が言った。

 生長が木村に質問している間、大楽孝毅から事情聴取を終えた浅井がいつの間にか横に来て立っていた。

 木村との会話が切れたのを見て、「チョウさん。ガイシャが殺害されてから、まだ、そう時間が経っていないようですね」と浅井が口を挟んだ。

 浅井は生長のことを「チョウさん」と呼ぶ。昔からのあだ名ではない。

「何故、チョウさんなんだ?」と尋ねると、「(いき)さん」だとピンと来ないし、「(かず)さん」だと生意気過ぎるので、「生長」の「長」をとって「チョウさんにしました」と答える。

「チョウさんって、刑事らしくていいじゃないですか」

 浅井はそう言ってにっと笑う。

 浅井の前では、チョウさんと呼ばれるのを嫌がっている振りをするが、生長は内心、確かに、ベテランの名刑事みたいだとチョウさんという渾名を気に入っているようだった。

「ほほう~よく見たな。検死の結果を見ないと正確なことは分からないが、血糊の色と乾燥具合から見て、確かに、犯行後、そう時間が経っていないようだ」

 血痕は時間が経つと血液中の鉄分が酸化して、赤色からどす黒く変色して行く。凶行後、そう時間が経っていないようだ。

「いや、それが・・・鑑識の原田さんに、犯行時刻が何時頃か聞いたのです。正式な死亡推定時刻は検死の結果を待たなければなりませんが、犯行時刻は今日の午前中、夫の孝毅が家に戻ってくる二、三時間前と言ったところだと言っていました」

「なんだ。受け売りか」と生長が冷たい視線を向けると、「あっ! そうだ。チョウさん。旦那がやって来た時、この部屋には鍵が掛かっていたそうですよ。密室だった訳です」と浅井が慌てて言った。

「密室・・・待てよ、旦那が戻って来た時、ガイシャは一人で家にいたんだよな。家の鍵はどうなっていたんだ?」

「それも掛かっていたそうです。この別館は母屋にひっついていますが、玄関は別になっていて、独立した建物になっています。ガイシャは鍵のかかった屋敷の鍵の掛かった部屋の中にいたことになります」

「ガイシャは二重の密室にいた訳だな」

「それだけじゃ~ありませんよ。来る時、気がついたでしょうけど、この屋敷は塀で囲われていて、家族以外の者は入って来ることができません。まだまだ、それだけじゃありません。この大楽塾自体、塀に囲まれていて、部外者が入って来くることができないようになっています。そこまで考えると、ガイシャは四重の密室にいたことになります」

「四重の密室⁉」

 生長が驚きの声を上げた。

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