金のわらじ①
生長は視線の先に佇む人影に気が付いて、「あいつ・・・」と苦笑した。
生長の元妻、瞳が所在なげに立っていた。瞳はのしのしと大股で歩いてくる生長に気が付くと、「あらっ!」と声を上げた。
「どうしたの?」瞳が尋ねる。
「浅井のやつに・・・いや、まあ良い。お前こそ、こんな時間にどうしてここに居るんだ?」
昼休み、気が付くと職場に浅井の姿が無かった。犯人は逮捕されたが、大楽家の殺人事件と美祢市の殺人事件の証拠固めが行われていた。昼食後に関係者の事情聴取に出かけるつもりだったのだが、浅井がいないので携帯電話に連絡を入れてみた。
「チョウさん、すいません。野暮用で亀山公園に来ています。誠に申し訳ありませんが、亀山公園から事情聴取に出かけたいので、ここまで来て頂けませんか?」
妙な頼みだと思ったが、県警から亀山公園までは一キロもない。今日は朝から良い天気だった。(散歩がてら亀山公園まで歩いてみるのも悪くないな)と思った。
待ち合わせ場所の噴水前まで歩いて来ると、浅井の代わりに瞳の姿があった。生長は浅井に仕組まれたことを悟った。
「うん、今日はここで、直美ちゃんと待ち合わせなの。今日、仕事がお休みで、直美ちゃんは午後休を取るみたい。珍しくお休みが合ったので、一緒にデパートに行くことにしたの。それでここで待ち合わせ。直美ちゃん、ちょっと遅れているみたい」
瞳はにこにこと答える。生長との偶然の出会いを喜んでいるように見えた。
瞳は生長と別れてから、コンビニの店員をやって生計を立てている。どこのコンビニで働いているのか聞いてみたのだが、「見に来られると嫌だから」と教えてくれない。結婚している時、瞳は専業主婦だったので、コンビニで働いている姿は想像できなかった。
姪の直美は亀山公園から直ぐの場所にある花屋で働いている。デパートで買い物をするなら、亀山公園は待ち合わせ場所には丁度良い場所だった。
「そう。直美ちゃんとお出かけなのかい」
気持ちの良い天気だった。生長と瞳は並んでぶらぶらと公園の中を歩き始めた。
「どうやら直美ちゃんと浅井さんが手を組んでいるみたいね」瞳が「うふふ」とほほ笑む。
「ああ――」
「手強いわね」
「あの二人が相手だと大変だな」
先日の病院の一件といい、生長も瞳も、浅井と直美の仕業だということに気が付いていた。二人は手を組んで、生長と瞳を元の鞘に納めようと画策をしているのだ。
「良い天気だな」
「良い天気ね」
公園をぶらぶらと散歩する生長と瞳は、どちらともなく寄り添った。そして、瞳がそっと生長の手を握った。生長はそれに応えるかのよう軽く握り返した。
公園の木陰から、二人の様子を見守るふたつの人影があった。
「ねえ、見て、見て。あの二人、手を繋いだわ」木陰で生長と瞳の様子を伺っていた直美が、隣の浅井の肩をばんばんと叩きながら言った。
「本当に。何だか良い雰囲気ですね。これじゃあ、おいそれと出て行けなくなっちゃったなあ~」
計画では、公園で二人を、偶然を装って出会わせ、暫くしてから浅井と直美が姿を現すことになっていた。
「もう少し、二人切りにしてあげましょうよ」
直美が笑顔を浅井に向けた。直美の笑顔は春の木漏れ日に反射しているかのように、きらきらと輝いて見えた。浅井は、その笑顔を捕まえていたいと思った。
「ねえ」と思い切って、直美に尋ねた。「さっきの人、花屋にいた彼、直美ちゃんの彼氏?」
浅井が直美を迎えに花屋に行った時、直美は若い男と親し気に話をしていた。
「花屋にいた? ああ~村田君。嫌だあ~彼氏なんかじゃありません。彼氏なんていないし」
直美に彼氏がいないことが分かった。それは嬉しかったが、何故か、花屋に村田和正がいて、直美と親し気に話をしていたのだ。
和正は村田病院の跡取り息子だ。浅井も村田家に事情聴取に行った際に会っていた。
「村田君。お母さんがお誕生日なんですって。素敵よね。お花を贈るなんて。私が花屋に勤めているのを思い出して、買いに来てくれたの」と直美が説明してくれた。
わざわざ直美のもとに花を買いに来たというのだ。
(これは強敵だ!)と浅井は思った。
しがない刑事と病院の跡取り息子では勝負にならない。しかも、相手は母親の誕生日に花を贈るような気の回る男だ。
浅井の揺れる気持ちを知ってか知らずか、直美が言う。「あれね。きっとお母さんじゃなくて、彼女に贈る花よ。彼、物凄くモテるから」
女癖が悪いようだ。
(まだまだ、勝負はこれからだ!)と浅井は闘志を燃やした。
食事に誘われた。
直方から名刺を渡された。連絡を取れば、こういうことになると分かっていた。直方は綾子が知らなかった洒落たレストランに連れて来てくれた。
直方は手慣れた様子で、伊勢海老のコースを頼んだ。
事件については、お互い、気を使ったのか話をしなかった。ただ、鬼牟田圭亮については、「面白い人でしたね」と意見が一致した。
夕食を共にした直方は「鬼牟田先生。ああ見えて、お酒がダメなんですよ。体質的に合わないようで、いくら飲んでも、酔って記憶を無くしたということがないそうです。適量を過ぎると吐き気がして、目が回って気分が悪くなるだけなので、お酒を嗜まないそうです」と言う。
「いくら飲んでも記憶を無くさないって、お酒が強いんじゃありませんか?」
「ああ~そうですね」
二人で笑った。
圭亮の話題が尽きると、共通の話題である、学生時代の昔話に花が咲いた。話題が尽きた辺りで、綾子は直方に尋ねてみた。「大楽さんって、何月生まれなの?」
「野口さんは早生まれですよね。二月でしょう?僕も同じ、二月生まれなんです。誕生日も近いんですよ」そう言って直方は誕生日を教えてくれた。
「初めて会った時、丸坊主でしたものね」
初めて会った時、綾子は高校生で、直方は母校の中学の制服を着ていた。年下なのは分かっていたが、いくつ下なのか知りたかっただけだ。
「年下だと嫌ですか?一つ歳上の女房は金のわらじを履いてでも探せ――って言いますよ」
「うふ。私のような、犯罪者の娘なんかと結婚したら、不幸になるわ。社長さんでしょう。仕事にも差し障りがあるし」
「良いですね~恋の障害。僕は障害があればあるほど、燃えます」
「変な人ね。わらじ――いえ、私のような人間だと、誰にも紹介できないでしょうに」
「僕は誰にだって、胸を張ってあなたを紹介することができますよ」
「そんな。私なんかといると、あなたが陰口を言われてしまうわ。犯罪者の娘なんかと一緒にいる――ってね」
綾子はナイフとフォークを置くと、ナプキンで軽く口を拭いた。そして、(大楽家のお坊ちゃまだから、まだまだ世間知らずなのね)と思った。
直方はナイフとフォークを握りしめたまま、テーブルを叩きそうな勢いで言った。「陰口なんか気にしません。言いたいやつには言わせておけば良い。野口さん! いや、綾子さん。僕は誰に何と思われたって構わない。あなたが犯罪者の娘だろうが、大楽塾の講師だろうが、そんなことは僕にはどうでも良い。あなたは、あなただ。そのままのあなたが、僕は好きなのです!」
突然の告白だ。「そんな――」と綾子は両手で顔を覆った。頭の中で、金色に輝くわらじがぐるぐると回っていた。




