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血塗られた大楽刀自  作者: 西季幽司
エピローグ
69/70

金のわらじ①

 生長は視線の先に佇む人影に気が付いて、「あいつ・・・」と苦笑した。

 生長の元妻、瞳が所在なげに立っていた。瞳はのしのしと大股で歩いてくる生長に気が付くと、「あらっ!」と声を上げた。

「どうしたの?」瞳が尋ねる。

「浅井のやつに・・・いや、まあ良い。お前こそ、こんな時間にどうしてここに居るんだ?」

 昼休み、気が付くと職場に浅井の姿が無かった。犯人は逮捕されたが、大楽家の殺人事件と美祢市の殺人事件の証拠固めが行われていた。昼食後に関係者の事情聴取に出かけるつもりだったのだが、浅井がいないので携帯電話に連絡を入れてみた。

「チョウさん、すいません。野暮用で亀山公園に来ています。誠に申し訳ありませんが、亀山公園から事情聴取に出かけたいので、ここまで来て頂けませんか?」

 妙な頼みだと思ったが、県警から亀山公園までは一キロもない。今日は朝から良い天気だった。(散歩がてら亀山公園まで歩いてみるのも悪くないな)と思った。

 待ち合わせ場所の噴水前まで歩いて来ると、浅井の代わりに瞳の姿があった。生長は浅井に仕組まれたことを悟った。

「うん、今日はここで、直美ちゃんと待ち合わせなの。今日、仕事がお休みで、直美ちゃんは午後休を取るみたい。珍しくお休みが合ったので、一緒にデパートに行くことにしたの。それでここで待ち合わせ。直美ちゃん、ちょっと遅れているみたい」

 瞳はにこにこと答える。生長との偶然の出会いを喜んでいるように見えた。

 瞳は生長と別れてから、コンビニの店員をやって生計を立てている。どこのコンビニで働いているのか聞いてみたのだが、「見に来られると嫌だから」と教えてくれない。結婚している時、瞳は専業主婦だったので、コンビニで働いている姿は想像できなかった。

 姪の直美は亀山公園から直ぐの場所にある花屋で働いている。デパートで買い物をするなら、亀山公園は待ち合わせ場所には丁度良い場所だった。

「そう。直美ちゃんとお出かけなのかい」

 気持ちの良い天気だった。生長と瞳は並んでぶらぶらと公園の中を歩き始めた。

「どうやら直美ちゃんと浅井さんが手を組んでいるみたいね」瞳が「うふふ」とほほ笑む。

「ああ――」

「手強いわね」

「あの二人が相手だと大変だな」

 先日の病院の一件といい、生長も瞳も、浅井と直美の仕業だということに気が付いていた。二人は手を組んで、生長と瞳を元の鞘に納めようと画策をしているのだ。

「良い天気だな」

「良い天気ね」

 公園をぶらぶらと散歩する生長と瞳は、どちらともなく寄り添った。そして、瞳がそっと生長の手を握った。生長はそれに応えるかのよう軽く握り返した。

 公園の木陰から、二人の様子を見守るふたつの人影があった。

「ねえ、見て、見て。あの二人、手を繋いだわ」木陰で生長と瞳の様子を伺っていた直美が、隣の浅井の肩をばんばんと叩きながら言った。

「本当に。何だか良い雰囲気ですね。これじゃあ、おいそれと出て行けなくなっちゃったなあ~」

 計画では、公園で二人を、偶然を装って出会わせ、暫くしてから浅井と直美が姿を現すことになっていた。

「もう少し、二人切りにしてあげましょうよ」

 直美が笑顔を浅井に向けた。直美の笑顔は春の木漏れ日に反射しているかのように、きらきらと輝いて見えた。浅井は、その笑顔を捕まえていたいと思った。

「ねえ」と思い切って、直美に尋ねた。「さっきの人、花屋にいた彼、直美ちゃんの彼氏?」

 浅井が直美を迎えに花屋に行った時、直美は若い男と親し気に話をしていた。

「花屋にいた? ああ~村田君。嫌だあ~彼氏なんかじゃありません。彼氏なんていないし」

 直美に彼氏がいないことが分かった。それは嬉しかったが、何故か、花屋に村田和正がいて、直美と親し気に話をしていたのだ。

 和正は村田病院の跡取り息子だ。浅井も村田家に事情聴取に行った際に会っていた。

「村田君。お母さんがお誕生日なんですって。素敵よね。お花を贈るなんて。私が花屋に勤めているのを思い出して、買いに来てくれたの」と直美が説明してくれた。

 わざわざ直美のもとに花を買いに来たというのだ。

(これは強敵だ!)と浅井は思った。

 しがない刑事と病院の跡取り息子では勝負にならない。しかも、相手は母親の誕生日に花を贈るような気の回る男だ。

 浅井の揺れる気持ちを知ってか知らずか、直美が言う。「あれね。きっとお母さんじゃなくて、彼女に贈る花よ。彼、物凄くモテるから」

 女癖が悪いようだ。

(まだまだ、勝負はこれからだ!)と浅井は闘志を燃やした。


 食事に誘われた。

 直方から名刺を渡された。連絡を取れば、こういうことになると分かっていた。直方は綾子が知らなかった洒落たレストランに連れて来てくれた。

 直方は手慣れた様子で、伊勢海老のコースを頼んだ。

 事件については、お互い、気を使ったのか話をしなかった。ただ、鬼牟田圭亮については、「面白い人でしたね」と意見が一致した。

 夕食を共にした直方は「鬼牟田先生。ああ見えて、お酒がダメなんですよ。体質的に合わないようで、いくら飲んでも、酔って記憶を無くしたということがないそうです。適量を過ぎると吐き気がして、目が回って気分が悪くなるだけなので、お酒を嗜まないそうです」と言う。

「いくら飲んでも記憶を無くさないって、お酒が強いんじゃありませんか?」

「ああ~そうですね」

 二人で笑った。

 圭亮の話題が尽きると、共通の話題である、学生時代の昔話に花が咲いた。話題が尽きた辺りで、綾子は直方に尋ねてみた。「大楽さんって、何月生まれなの?」

「野口さんは早生まれですよね。二月でしょう?僕も同じ、二月生まれなんです。誕生日も近いんですよ」そう言って直方は誕生日を教えてくれた。

「初めて会った時、丸坊主でしたものね」

 初めて会った時、綾子は高校生で、直方は母校の中学の制服を着ていた。年下なのは分かっていたが、いくつ下なのか知りたかっただけだ。

「年下だと嫌ですか?一つ歳上の女房は金のわらじを履いてでも探せ――って言いますよ」

「うふ。私のような、犯罪者の娘なんかと結婚したら、不幸になるわ。社長さんでしょう。仕事にも差し障りがあるし」

「良いですね~恋の障害。僕は障害があればあるほど、燃えます」

「変な人ね。わらじ――いえ、私のような人間だと、誰にも紹介できないでしょうに」

「僕は誰にだって、胸を張ってあなたを紹介することができますよ」

「そんな。私なんかといると、あなたが陰口を言われてしまうわ。犯罪者の娘なんかと一緒にいる――ってね」

 綾子はナイフとフォークを置くと、ナプキンで軽く口を拭いた。そして、(大楽家のお坊ちゃまだから、まだまだ世間知らずなのね)と思った。

 直方はナイフとフォークを握りしめたまま、テーブルを叩きそうな勢いで言った。「陰口なんか気にしません。言いたいやつには言わせておけば良い。野口さん! いや、綾子さん。僕は誰に何と思われたって構わない。あなたが犯罪者の娘だろうが、大楽塾の講師だろうが、そんなことは僕にはどうでも良い。あなたは、あなただ。そのままのあなたが、僕は好きなのです!」

 突然の告白だ。「そんな――」と綾子は両手で顔を覆った。頭の中で、金色に輝くわらじがぐるぐると回っていた。

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