殺人鬼の正体④
「そこからです。あの女が異常なのは。怒った慶子は弟を抱え上げると、窓から投げ落としたのです。弟は即死でした。まともに歩けなかった幼子が、窓から落ちたとは考え難かったのですが、事故として処理されました。
この事件を機に神代家は崩壊しました。両親は離婚し、慶子の養育を拒み、慶子は父方の祖母に引き取られました。
慶子の精神も、この事件で崩壊してしまったのかもしれません。慶子は子供嫌いとなり、自分が産んだ真一に対しても、愛情を抱くことができなかったようです」
「自分の子供を愛せないなんて、悲しいですね・・・」西脇が顔を歪める。
共感力の高い圭亮は直ぐに他人の痛みを感じてしまう。「ええ、ええ」と何度も頷いてから言った。「事件の話に戻りましょう。香美ちゃんは真一君への暴力の件ではなく、あなたが山に入って行くのを見た――と慶子を脅しました。香美ちゃんは部屋の窓から山に入って行く慶子を見たのです。何かあると思ったのか、部屋を抜け出すと、慶子の後をつけ、山で何かを埋めている慶子の姿を目撃しました。
慶子が去った後、掘り起こしてみると、運動靴が出て来ました。その運動靴を預かっている――と香美ちゃんは言いました。香美ちゃんが慶子の犯罪のことをきちんと把握できていたかどうかまでは分かりません。頭の良い子です。地中から掘り起こしたコンビニ袋から、血に染まった運動靴が出て来た。それを見た時、慶子の秘密を知った、弱みを握ったと感じ取ったのでしょう」
「危険な賭けですね」
「そうです。実際、慶子は、この子を生かしておいては不味いと思ったそうです。幼い香美ちゃんなど慶子に手にかかれば、赤子の手をひねるかのように簡単に殺すことができました。ただ、香美ちゃん以外、誰か他の人間が慶子の秘密を知っていると厄介です。慶子は殺害計画を頭の中で練りながら、香美ちゃんの話を聞きました。
香美ちゃんは、黙っていてあげる代わりに、お母さんを殺して――と言ったそうです。香美ちゃんの言葉に、慶子は声を立てて笑ったと言っています」
「笑った? 何故でしょうか?」
「この子には大楽家の血が流れている――と香美ちゃんに自分自身の姿を重ねたのでしょう。香美ちゃんの言葉を聞いて、嬉しくなったと慶子は証言しています。
『何故母親を殺したいのか?』と尋ねると、香美ちゃんは、『お母さんがいなくなれば、お父さんが戻って来るから』と答えたそうです。この答えにも慶子は満足しました。村田家の人間より大楽家の人間の方が大事だと言っているように聞こえたのでしょう」
そこで、圭亮は言葉を切った。
「子供は子供なのですねえ~善悪の区別すらついていない」
西脇が嘆息した。
「残念です。こうして二人の共犯関係が出来上がってしまいました。犯行当日、香美ちゃんは玄関の鍵をかけずに家を出ました。母親が大楽家に戻って来たこと、通用門の暗証番号、それに部屋の鍵がリビングのテレビ台にあることを慶子に伝えてありました」
「犯行現場を密室にしたのは、慶子のアイデアですね?」
「そうです。現場を密室にすることで、慶子に嫌疑が掛かることがないようにしたのです。香美ちゃんは子供です。彼女が疑われることはないでしょう。慶子はアパートの前で香美ちゃんが登校するのを待っていた。そして、そこで、香美ちゃんから玄関の鍵をもらいました。下校時に、またアパートの前で待っていて、玄関の鍵を香美ちゃんに返したようです」
「真一君がいますから、登下校時にアパートの前にいたとしても、不自然ではなかったでしょうね」
「慶子は通用門から大楽に侵入し、鍵の開いた玄関から中に入りました。そこで、雨合羽を羽織り、手袋をはめて、ナイフを持って二階に上がりました。玲が寝泊まりしている部屋は、香美ちゃんから聞いて分かっています。低血圧の玲は、朝はなかなか起きて来ません。慶子はベッドで寝息を立てている玲に近づくと、有無を言わさずナイフを突き立てました」
「うへっ!」痛そうに西脇が顔を歪める。そして、あの夢を思い出した。夢は怜からのメッセージであったのかもしれない。
「二度、三度とナイフを振り下ろしている内に、玲が目覚めて悲鳴を上げました。広大な大楽家では、玲の悲鳴は母屋の住人や塾の人間の耳には届かなかったでしょう。
慶子は玲を弱るのを待って、何時ものシアン化カリウムを使って毒殺しました。玲を殺害後、一階で合羽や手袋、運動靴など、身に着けていたものを脱いでゴミ袋に積め、小山に登ってゴミ袋を埋めてから家に戻りました。慶子の自供に基づき、山を掘り返したところ、これらの証拠品を押収することができたそうです。
お母さんが死んで、香美ちゃんの願いは果たされたはずでした。それなのに、父親は香美ちゃんのもとに戻らなかった。しかも、香美ちゃんは大楽家を追い出されてしまいました。香美ちゃんには、大人の事情なんて、理解できなかったことでしょう」
「そうですね」と西脇は頷いた。
「以上が須磨さんから聞いた事件の真相です」と圭亮は説明を終えた。
無駄話が嫌いな須磨は話を終えると、風のようにいなくなってしまったと言う。
西脇が圭亮に尋ねた。「慶子が連続殺人事件の犯人であることを、夫は知らなかったのでしょうか? 身の回りで殺人事件が相次いでいて、しかも使用された毒物は、かつて自分が経営していた工場から紛失したものでした。当然、妻の慶子が『もしかしたら犯人なのでは?』と疑っていたと思うのですが――」
「信次郎さんからも改めて事情聴取を行っているそうです。彼は失踪した柏木が、河村家につきまとって事件を起こしているのではないかと考えていたと言っています。ただ・・・」
「ただ――?」
「事情聴取を行った生長刑事の所見によれば、信次郎さんは妻の慶子を庇うために捜査員を惑わすような供述を繰り返していた節があると言うことでした」
河村信次郎は裕が犯人であると匂わせる為に、外回りの外出を頼んだことを黙っていたりした。生長と浅井に高杉晋作の額縁の話をして直毅の犯行を匂わせるなど、捜査をミスリードさせようとしていた節が伺えた。
最後に西脇が最も大事なことを聞いた。
「なるほど。それで、先生。今、お聞きしたお話は、どのくらいテレビで話して良いのでしょうか?」
現地取材を敢行して掴んだネタだ。事件の詳細を週末の番組で放送することが出来れば、また高視聴率を取れることは間違いないだろう。
「大楽香美ちゃんに関する報道は、謹んで頂きたいそうです。現時点では河村慶子の証言があるだけです。彼女は未成年者ですので、事実が確定してから事実だけを報道してもらいたいと言うことでした」
相手は小学生だ。テレビで実名を報道することなどできない。香美を共犯者として立件できるかどうかも怪しいところだ。
「そうですか。分かりました」
西脇は満足そうに、椅子の背もたれにふんぞり返った。事件は終わった。後は事実を視聴者に伝えるだけだ。だが、何か重たいものを心に抱えたような気がしていた。




