殺人鬼の正体③
圭亮は西脇の言葉に無言で頷くと話を続けた。「やがて生活が落ち着きを取り戻すと、再び殺人衝動を抑えきれなくなって来ました。日中、自宅から離れた美祢市に通い、殺人計画を練り上げ、そして、田中陽介氏を殺害しました。
慶子は畑の傍の林の中で田中さんを待ち伏せしました。靴下を何枚も重ねて、その上から運動靴を履いていたみたいです。
既に何度目かの待伏せだったのでしょう。周囲に人気があったりして、獲物を見つけることができない日が続いて、慶子はストレスが溜まっていました。その日、田中さんにとって不幸だったことに、一人で畑にやって来た。昼食時で辺りに人影がなかった。
慶子はクロスボウの矢を田中さんに向けて射ました。弓道の経験のある慶子の矢は正確に田中さんの背に突き立ちました。
田中さんは自分の身に何が起きたのか、正確に分からなかったことでしょう。慶子は通りすがりの第三者を装って、地面の上でうごめく田中さんに近づくと、「大丈夫ですか?」と声をかけました。そして、田中さんに肩を貸し、林の中へと連れて行きました。田中さんは既に意識が朦朧としていたでしょうね。
林の中で田中さんの両手両足を縛ると、お待ちかねのシアン化カリウムを与えて苦しみながら死んでゆくのを見守りました」
語尾が微かに震えていた。理不尽に殺された田中の無念を思う圭亮の怒りが、言葉に滲んでいるようだった。
「恐ろしい女ですね」
「はい。改めて美祢の現場周辺で聞き込みを行ったところ、田中陽介さんが殺害された日に、赤い軽自動車が犯行現場近くの路上に駐車してあったことが分かりました。
見晴しの悪い、信号のない交差点の片隅に停められていたそうです。近所の農家の人間が軽自動車に気が付かずにカーブを曲がり、軽く接触事故を起こしました。悪いと思ったそうですが、運転手が戻って来ないので、そのまま家に戻ったそうです。
結局、当て逃げをしてしまった形になったものだから、農家の人は、接触事故のことを黙っていました。山口県警の刑事たちが慶子の写真と赤い軽自動車の写真を持って、聞き込んで回って、やっと、農家の人から当て逃げの事実を聞き出すことができたようです」
生長たち県警の刑事の努力の賜物だ。大楽塾のアパートの駐車場に停めてあった軽自動車を調べたところ、擦った跡が見つかったということだった。
「田中陽介氏殺害の物的証拠がひとつ、見つかったということです」
「はい。そして、事件は大楽玲さんの殺害へと舞台を移す訳です」
一連の事件はいよいよ佳境を迎える。
「しかし、河村慶子はどうして田中さん殺害から間を開けずに、それも自分の身近な人物を対象として選んだのでしょうか? 先生、言っていましたよね。殺人衝動を抑えきれない自分が怖くなって、捕まってしまいたいという願望が心のどこかにあったと」
西脇の言葉に圭亮は悲しそうに首を振った。「それが西脇さん、違ったようなのです」
「違う?」
「はい。須磨さんが言うには、河村慶子は逮捕後、自らの犯行を誇示するように自供を始めているそうです。大楽家の人たちに、自分が大楽玲を殺害したことを知ってもらいたい。先祖と同じように大楽家に仇なす村田家の人間を殺害したということを、大楽家の人間はもちろん、世間に知らしめたいと、そう思っているようなのです。あの悪女は自らの犯行を悔いるどころか、犯行に酔いしれ、それを吹聴して回りたがっているのです」
圭亮の言葉に西脇は「何と・・・」と絶句した。圭亮はテーブルの上のコーヒーカップに手を伸ばすと、冷たくなったコーヒーを一気に飲み干した。
圭亮の話が続く。「大楽玲の殺害には予想もしなかった真犯人と言うべき人物が関わっていました」
「真犯人ですか!?」
「真犯人と言って良いのかどうか・・・田中さん殺害後、河村慶子は軽自動車を運転して自宅に戻ると、アパートの裏にある小山に登りました。塾の裏には小山があったのを覚えていますか?」
「ええ、確かに。塾の敷地内に小山がひとつありました」
「そこに田中さん殺害に使用した運動靴を埋めたのだそうです。数日後、慶子のもとを一人の人物が訪れました。大楽家の一人娘、香美ちゃんでした」
「香美ちゃん?」
「殺された大楽怜さんの娘、香美ちゃんです」
「子供ですか⁉」
犯行現場は四重の密室の中にあった。裏返せば四重の密室を作り上げることができた人間が犯人だと言うことだ。そして、四重の密室を作り上げることが出来た人間は、大楽孝毅と香美の二人しかなかった。
「まさか、あんな子供が、被害者は実の母親だという思いが、皆の目を曇らせていました。香美ちゃんは、私、知っているのと慶子を訪ねてきたそうです。河村慶子は一人息子の真一君に家庭内暴力を振るっていました。香美ちゃんはそのことを知っていて、真一君への暴力は止めろと言いに来たのだと思ったそうです」
「家庭内暴力・・・河村慶子は悪魔のような女ですね・・・」
西脇が顔を曇らせる。
「慶子にはトラウマがあったようです。弟が一人いました。生まれつき体が弱く、弟が生まれてから、両親は弟にかかりっきりで、慶子のことは放っておかれたそうです。幼い慶子は子供心に両親を奪った弟を憎むようになりました。
ある日、両親が買い物に出て、慶子は弟と二人切りになりました。弟は当時、慶子のお気に入りだった小さな陶器の人形を取り上げて遊び始めました。陶磁器製の人形で、ヨーロッパ風のドレスを着た可愛らしい女の子の立像だったそうです。年代物の人形で、祖母の家に遊びに行った際に見染めて、無理を言って貰って来たものでした。
子供同士です。人形を奪い合いになって、運悪く、空いていた窓から外に放り投げられてしまいました。当時、慶子が住んでいたのはアパートの五階でしたので、人形は落下の衝撃で砕け散って粉微塵になりました」
そして、圭亮は恐るべき話を告げた。




