狂犬の末裔③
質問に困った生長が圭亮の顔を見たので、圭亮が代わって尋ねる。「奥様は学生時代に弓道をやられていて、全国大会に出場されたことがあるそうですね?」
「はい。学生時代は弓道をやっていました。全国大会に出たことがあります。でも、出ただけで終わってしまいました」
「出ただけでも大したものです。クロスボウもやられたことがおありですか?」
「主人のクロスボウを借りて、何度か遊んだことはございます。でも、同じ弓矢でも私には弓道の方が性に合うようで、あまり馴染めませんでした」
「弓道の弓道具は今でもお持ちですか?」
「はい。持っております。もう何年も使ったことがありませんので、埃を被っていますけど、確か物置の奥に仕舞ってあったと思います」
「見せて頂いて構いませんか?」
慶子は「えっ!」という顔をしたが、直ぐに「構いません」と言って席を立った。
物置がベランダにあって、慶子は弓道具を探しにベランダに出て行った。弓道具が今回の連続殺人事件に関係があるとは思えなかったが、時に脱線していると思える圭亮の質問の中に事件の鍵が隠されていたりする。そのことを生長も浅井も、よく知っているので、大人しく慶子が弓道具を持って戻って来るのを待った。
やがて慶子が弓袋を持って現れた。長い間、使っていない様で埃を被っていた。物置から取り出すのに時間がかかったようだが、確かに恐ろしく長い。
「長いですね~弓を見るのは初めてです」圭亮は興味津々の様子だった。
「弓の長さは七尺三寸ですので、二メートル二十一センチあります」
「これでワン・セットですか?」生長が尋ねると、慶子は「はい。私が高校時代に使っていたものです。夫の分と合わせて、ふたつあったと思ったのですが、今、探して見ると、夫の分が見つかりませんでした。東京から引っ越して来る時に紛失してしまったみたいです。夫の実家が宇部にありますので、そちらで保管してあるのかもしれません」と答えた。
田中陽介殺害で使用された矢は、クロスボウの矢であると鑑識の報告にあった。和弓の矢と勘違いした可能性はないだろうかと圭亮は考えているのだろうか。
「弓道の矢とクロスボウの矢は、どう違うのですか?」
「クロスボウは機械で弓を引きますから、短くて太い矢になります。威力は強力ですけど、射程距離が短くなります。和弓はご存じの通り、人が弓を引いて矢をつがえますので、長い矢になります。威力は落ちますが、射程距離は長くなります」
「なるほど」圭亮が感心しながら言った。「クロスボウは機械式な分、矢をつがえたままにできますし、場所も取りません。待伏せには最適かもしれませんね」
「ええ、まあ・・・」と慶子が頷く。
圭亮の言葉で、生長は犯人がクロスボウを凶器として用いた理由が分かった。犯人はクロスボウに矢を番えて、執拗に田中陽介を殺害する機会を伺っていたのだ。
圭亮が尋ねる。「すいません。もうひとつ、教えて下さい。ご主人から、奥様は大楽家と縁の深い家のご出身だとお聞きしました。大楽家のご親戚か何かでしょうか?」
「あれがそんなことを言っていましたか・・・」
「はい。確か、奥様のご先祖の『かみやま』と言う人が、大楽家のご先祖と親しかったと言っていました」
圭亮の言葉に、慶子が「全く、あの人は――!」と顔色を変えた。
「『かみやま』ではございません。わたくしの旧姓は『こうじろ』です。神様の『神』という字に代理の『代』という字を書いて『こうじろ』と読みます。全く、あの人、何度言っても覚えない!」
河村は神代を「かみやま」と間違って覚えていたようだ。
慶子の愚痴が止まらない。「わたくしの祖先は神代直人と言って、大楽塾のもととなった大楽源太郎の開いた私塾、敬神堂で学んだ源太郎の愛弟子の一人です。大楽塾と言っても源太郎の子孫の一人が私塾、敬神堂の名を借りて開いたものですから、ある意味、大楽家よりも源太郎に近い家筋と言えます。先代の春毅塾長はその辺のことをよく分かっておいででした。こちらに移ってくる時には随分と礼を尽くして頂きました。でも、当代の孝毅さんや直毅さんは、その辺のことが全然、分かっていらっしゃらない! それに、あのろくでなしまでが、『かみやま』だなんて・・・本当に信じられません‼」
祖先に対する畏敬の念が強いのか、慶子は目の前に圭亮たちがいるのを忘れてしまったかのように喚き散らした。
「神代直人は大楽家の為に奔走し、その命までも捧げました。大楽家がこんな有様だから、村田の娘なんぞが家に入り込んで、好き勝手をするのです。全ては宿命、そう宿命です。歴史は繰り返されるのです!」
最後に、慶子は「ああっ!」と悲鳴を上げると両手で顔を覆った。
河村慶子からの事情聴取は強制終了となった。
アパートを出たとことで、生長の携帯電話に連絡があった。一課の刑事たちが裕の証言の裏付けを取ってくれたようだ。
「大楽玲殺害時刻の大楽裕と河村信次郎のアリバイを喫茶店の従業員に確認してもらいました」と生長は圭亮に言った。
「どうでした?」
「ええ、大楽裕については、喫茶店の従業員は誰も彼を覚えていませんでした。河村の方は、喫茶店の店長が覚えていました。常連客だそうで、あの日はアルバイトの女の子が休みで忙しかったので、午前中、ずっと喫茶店にいた河村のことをよく覚えているそうです。暇なんだなあ~と思ったことで、記憶に残ったようです」
「河村さんのアリバイが証明された訳ですね」
圭亮の言葉に生長は「ええ」と残念そうに言った。
河村にアリバイがあるとなると、一体、誰が犯人なのだろうかと浅井は途方に暮れる思いだった。
二人の横で、圭亮は遠い目をしていた。




