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血塗られた大楽刀自  作者: 西季幽司
第三章「美しき容疑者」
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狂犬の末裔②

 車を塾の駐車場に置いて、塾の敷地内を歩いてアパートに向かうことにした。移動する時間を利用して、生長と浅井はそれぞれ、報告の為の電話をかけていた。

 塾から大楽家は築山の影に隠れていて見えない。

「あの築山、弥生時代の古墳なのですよ」と直方説明すると、「へえ~本当ですか⁉ ここは歴史的な遺物がいっぱいですね」と圭亮が喜んだ。

「先生にとってはテーマパークみたいなものですね」と西脇は嫌味を言ったが、圭亮は嬉しそうに「はい!」と答えた。

 無口な菊本が「ふっ」と笑った。

 大楽家を通り、噂の通用門からアパートへ抜ける。

 公園があって、アパートがある。職員用のアパートと言っても、そう大きなものではない。二階建て全四室、アパートの前は駐車場になっており、赤い軽自動車と灰色と黒の乗用車が駐車してあった。塾の敷地内にあるアパートだ。通勤車ではないだろう。

 アパートの中央部分が階段になっていた。入口に郵便箱が並んでいる。探すまでもなく二階の一室が河村家であることは直ぐに分かった。

 大人数で押しかけるのは申し訳ないと、西脇と藤代、菊本、それに直方は「ここでお待ちしています。鬼牟田先生は刑事さんたちと一緒に行って下さい」と遠慮して言った。

 生長に浅井、圭亮の三人はアパートの階段を登り、河村家を訪ねた。

 河村信次郎の妻、慶子が一人で留守番をしているはずだった。河村信次郎は慶子との間に、一人息子の真一をもうけている。真一は今、学校に行っていているはずだ。

「はい」と顔を出した中年の女性は、警察バッジを見て、「ああ、刑事さん。尋ねて来ることは、夫から聞いていました」と言った。

「鬼牟田圭亮です」と圭亮が何時も通り、元気よく右手を差し出した。

 慶子は、圭亮の右手を無視すると、「どうぞお上がり下さい」と三人を部屋の中へと招き入れた。圭亮の右手が泳ぐ。

 夫の河村は背が高いが、河村夫人も女性にしては背が高い。百七十センチくらいありそうだ。目が細く、やや離れており、これで下膨れの顔だと、平安の昔なら美人に数えられるだろう。だが、残念ながら幽鬼のように頬が削げ落ちていた。

 玄関口で、生長は靴を脱ぎながら、三和土にある運動靴のサイズを盗み見た。運動靴のサイズは二十六・五センチだった。

 アパートの中は意外に広々としていた。部屋数も多くて快適そうだった。大楽塾が職員向けに建てただけあって至れり尽くせりだ。

 だが、圭亮は部屋の様子に違和感を覚えたようだ。きょろきょろと落ち着きがない。違和感の正体が何なのか分からないのだろう。

 居間に通された。慶子がお茶を煎れてくれている間、生長は圭亮に「玄関にあった運動靴、二十六・五センチでした」と伝えた。圭亮が「そうですか!」と声を上げたので、生長は思わず台所の様子を伺った。

 慶子はお茶を待ってやって来ると、無言で配った。

 生長が口を開く。「大楽家で起こった大楽玲さんの殺人事件について、捜査を行っています。今日はいくつかお聞きしたいことがあって参りました」

「ああ、大楽刀自の事件のことですね」玲を刀自と呼んだ後、慶子はひとり言を呟くようにだがはっきりとした口調で、「刀自は村田の人間ですから、全ては宿命だったのです。歴史は繰り返されると言いますけど、その通りです」と憎々しげに言った。

 村田家の先祖、大村益次郎が暗殺されたことを言っているのだ。大村益次郎と同様、子孫の玲が、今、また殺害された。そう言っているのだ。

「歴史に詳しいんですね」と圭亮が横から口を挟むと、慶子は、「いいえ。詳しくありません。刀禰(とね)があんな女を選ぶから、こんなことになったのです」と言い捨てた。

 刀禰は刀自の対義語で男の戸主のことを言う。大楽孝毅のことを言っているらしい。

「ご主人にお尋ねしたところ、以前、趣味でクロスボウをやられていたということですが、今でもクロスボウを所持していらっしゃいますか?」と生長。

「クロスボウですか? 持っていたのは、随分、前のことです。以前、東京に住んでおりまして、引っ越す時に、当時のお仲間に差し上げたと思います。今は持っておりません」

「友人にさし上げたのですね。そのご友人のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「はあ、主人が経営していた工場に勤めていた柏木さんという方です」

「柏木! 工場からシアン化カリウムを持ち逃げして行方をくらまたと言う、柏木のことですか?」

「ええ。よくご存じですね」

「先ほど、ご主人からお話をお伺いしたばかりですから」

「本当、あの人のせいで、とんでもないことになってしまいました。夫が経営していた工場が傾いてしまって、結局、こちらに戻って来ることになりました。こうして借家暮らしなのは、皆、あの人のせいです」

 慶子の目付きは、ぞっとする程冷たかった。

「そうですか・・・」

 美祢市で殺人事件が起こった三月四日と、大楽玲が殺害された四月十三日の河村信次郎のアリバイを慶子に確認してみた。

「さあ、朝、いつも通り塾に出勤して行ったと思います。特に変わったところはなかったように思います」と素っ気ない返事だった。

「ところで車はお持ちでしょうか?」

 アパートの前の駐車場に軽自動車が一台と乗用車二台が駐車してあった。

「はい。軽自動車を持っております」

 駐車場に駐車してあった赤い軽自動車が慶子の車だと言うことだった。

「三月四日に、ご主人が軽自動車に乗ってどこかに行かれたということはありませんか?」

 美祢市の事件当日、河村信次郎は塾にいたと証言している。外出の際は、何時も塾の法人車を利用しているようなので、当日の出庫記録を調べたが、河村に法人車を貸し出した記録は残っていなかった。

 法人車を使っていなければ、個人の車を使って移動したのかもしれない。

「いいえ。主人は外出の際は塾の車を利用していて、うちの車は、もっぱら私が買い物に利用しているだけです。週末もほとんど私が運転していますので、主人がうちの車に乗ることは滅多にありません」

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