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血塗られた大楽刀自  作者: 西季幽司
第三章「美しき容疑者」
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狂犬の末裔①

 河村信次郎が容疑者として浮上してきた。

 次に呼ばれたのは大楽裕だ。裕は度重なる警察の事情聴取に、うんざりと言った表情で現れた。そして、そこに兄の直方がいることに気がつくと、「あれっ⁉ 兄貴。戻っていたのかい?」と声をかけた。

「まあ、そこに座って下さい」と生長が着席を求めると、裕は腰を降ろしながら、「おっ! あんたの顔、どこかで見たことがある」と圭亮に向かって言った。

「鬼牟田圭亮です」圭亮が長い体を折って、握手を求める。裕は中腰になって握手に応じると、「ねえ。どこかで会ったこと、ありますよね?」と尋ねた。

「いえ、初対面です。たまにテレビに出たりしていますので、どこかで会ったことがあると思われたのでしょう」

「へえ、芸能人ですか?」

「ニュース番組でコメンテーターをしています」

「コメンテーターね・・・」裕は薄ら笑いを浮かべた。

「さて、改めてお尋ねしますが、大楽玲さんが殺害された日、あなたはどこにいらっしゃいましたか?」生長が事情聴取を始めた。

 別館の寝室を無断で使用したことから、大楽裕と玲はトラブルになっていた。裕には玲殺害の動機があった。

「またその話ですか・・・警察で何度も言いましたけど、あの日は河村さんに言われて、夏季講習の生徒募集のために、近所の高校を回っていました。何故、河村さんがそのことを忘れているのか、僕には分かりませんけど、僕は河村さんに言われて外回りに出たのです」

「近所の高校で聞き込みを行った刑事によれば、当日は誰も、大楽塾の人は来ていないと証言しています」生長が嫌味たっぷりに言う。

「へへ、まあその・・・言ったでしょう。喫茶店でサボっていたって」

 大楽裕が時間を潰していた喫茶店に聞き込みを行っていたが、誰も裕のことを覚えていなかった。

「お前なあ~」と直方が呆れる。

 すると、裕は「・・・ん! 待てよ・・・そうだ! 僕も思い出したぞ!」と眼の色を変えた。

「・・・」一同、裕の次の言葉を待った。

「あの日、河村さんと手分けをして、近所の高校を回ることになったのでした。僕は喫茶店でサボっていましたが、でもね、刑事さん。河村さんと手分けをして、近所の高校を回ったのですから、『誰も大楽塾の人間は来ていない』と学校の先生が言っているとしたら、河村さんもあの日、外回りをさぼっていたと言うことになりますよね」

 裕は鬼の首でも取ったような喜び方だった。

「確かにそうですね」

 益々、河村が怪しくなってきた。

「でしょう。あの日はね、確か、九時ちょっと前に、車で塾を出たんです。思い出して来たぞ! 丁度、河村さんが出かけるところでした。一緒に出るのが嫌だったので、車の中で河村さんの車が先に行くのを待っていました。河村さんの車が出て、暫く間をおいてから塾を出ました。十五分くらい走ると、いきつけの喫茶店があります。

 そうだ! そこに着いたら、駐車場に河村さんが乗っていた塾の車があったのです。外から中の様子を伺うと、河村さんがいたので、喫茶店に入るのをあきらめました。少し先の別の喫茶店に移動しました。あの人、河村さんも、仕事をさぼって喫茶店で時間をつぶしていたんだ!」裕は得意満面で言った。

 裕の証言は塾に残っている社有車の出庫記録と一致している。河村も裕も、当日、社有車を借り出して外出していた。

「どれくらい喫茶店にいたのですか?」

「さあ、昼飯を食ってから塾に戻ったので、午前中いっぱいはいたかなあ・・・」

 全くどうしようもない職員だ。

「どうしようもないな・・・」と直方が嘆いた。

 裕は「えへっ」とバツが悪そうに笑ってから、「でもね、帰りに河村さんがいた喫茶店の前を通ったけど、河村さんの車が、まだ駐車場にあったような気がします。僕よりも長い時間さぼっていた訳ですね」と言った。

「河村さんがいたという喫茶店の名前を教えて頂けませんか?」

 生長の質問に裕はすらすらと喫茶店名を答えた。

 美祢市の事件のアリバイについては、「二日酔いで、家で寝ていた」と以前と変わらない証言だった。「一人で寝ていましたからね。母がそのことを証言してくれているはずですよ。ねえ、兄さん」と裕は突然、直方に言った。

「俺が知るかよ! 家にいなかったんだからな」

 直方が乱暴に答える。

 裕の証言を聞いて、心底、呆れかえっているようだ。

 大楽裕の事情聴取はあっさりと終わった。裕はほっとした表情を浮かべて応接室を出て行った。

「なんか、すいません」と直方が皆を前に謝った。

「いえ。大楽さんに謝って頂くようなことはありませんよ」と生長が気を使って言った。

 塾長である大楽孝毅は、今日は忙しいということで、時間をもえらなかった。

 孝毅がダメなら直毅から話を聞きたいと思ったが、今週は生徒数が落ち込んでいる徳山校へテコ入れに行ったということで不在だった。運営部の人間に言わせれば、あちこち直毅が動いて回ると、返って仕事が増えて大変だそうだ。直毅の仕事は空回りしていると言えるが、直毅本人はそのことに全く気が付いていない。

「親父も無駄に飛び回っているもので・・・」とここでも直方は恐縮しきりだった。

 大楽家で一番、まともな人間は直方のようだ。

 高杉晋作の話を聞かされていた圭亮は、「ああ~高杉晋作の真筆、一度で良いから見てみたかったな~」と悔しがった。

「ああ、それだったら、家にありますから、後でご案内しますよ」と直方が言ってくれた。

「本当ですか⁉ やあ、高杉晋作の真筆を拝めるなんて、感激だな~」

 浮かれた圭亮に、「先生。仕事が先です」と西脇が釘をさす。

「さて、どうしましょう? 他に話を聞くことができる職員はいないようですので、美祢の現場まで足を伸ばしてみますか?」と生長が尋ねる。

 すると圭亮は、「先ほど話の出た河村さんの奥さんから、お話をお伺いしたいのですが、ダメでしょうか? 確かこの塾の敷地内のアパートにお住まいとお聞きしました」

 人並みの洞察力しか備えていない圭亮は、犯行現場には興味がない。這いずり回って証拠品を見つけ出すような鋭い観察眼を持っていないことを、自分でも十分、分かっているのだ。

「ああ、そうでした。ボウガンをまだ所有しているのかどうか、確かめておく必要がありました」と生長が思い出したように言った。

「では、河村さんの家を訪ねてみましょう」

 一行は大楽塾を出た。

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