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血塗られた大楽刀自  作者: 西季幽司
第三章「美しき容疑者」
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謙道の系譜③

 綾子の次は河村から事情聴取を行った。

 河村信次郎は大楽塾の運営部で係長を勤めており、大楽塾に勤める前は東京に居たことが分かっている。今から二年半ほど前に、縁故を頼って大楽塾に就職し、山口に異動して来た。

 美祢市で起こった田中陽介殺害事件当日と大楽家での大楽玲殺害事件の両日共に大楽塾で仕事をしていたと証言しているが、嫌疑の対象から外れていた為に、詳しい事情聴取が行われていなかった。

 山口に異動して来た経緯と合わせて事情聴取を行う予定だった。

「失礼します」と河村が応接室に現れた。

 圭亮と並ぶと大きく見えないが、細見で長身、色黒で縁なし眼鏡をかけている。見るからに神経質そうな印象だ。

 ぬぼっと圭亮が立ち上がって、「はじめまして。鬼牟田です」と河村に握手を求めた。いきなり握手を求められたこともあるのだろうが、見下ろされる感覚に慣れていない河村は戸惑った表情を浮かべた。

「まあ、おかけ下さい」生長が着席を促す。

「河村さんは大楽塾に勤められる前、東京にいらっしゃったとお聞きしました。以前はどういうお仕事をされていたのでしょうか?」早速、事情聴取が始まる。

「はあ、以前は東京で、小さな町工場を経営していました」

「東京で町工場を経営されていたのですね。東京のどちらに工場があったのでしょうか?」

「はあ、豊島区です。叔父が始めた工場でして、叔父は生涯独身で、後継者がいなかったものですから、甥の私が引き継ぐことになりました。高校を出ると直ぐに上京して、見習いから初めて工場を受け継ぎました」

 豊島区だ。生長は獲物を捕らえた鷹のような眼をした。

「どういう工場を経営されていたのでしょうか?」

「『河村鍍金鉱業所』という名のメッキ加工工場です。ご存じでしょうか? 材料の表面を金属の薄幕で覆う被金属皮膜処理のことです」

 西脇の表情が変わる。「河村鍍金鉱業所」の名前に聞き覚えがあった。

「詳しくはありませんが、存じております。何故、工場を畳まれて、こちらに移って来たのですか?」

「それは・・・」と言ってから河村は口ごもった。

 何か言い難い事情があるようだ。河村は俯いて顔を歪めたままだ。我慢比べだ。生長は河村が口を開くのを待った。

 やがて顔を上げると、「私も家内もこちらの出身ですし、家内が大楽さんとご縁があったものですから、先代の塾長を頼ってこちらに参りました」と河村が答えた。

 上手く生長の質問を交わした。

「奥さんが大楽塾の先代塾長とお知り合いだったのですね?」

「いえ、そうではなくて、家内の家系が古くから大楽家とご縁があったと言う意味です。『かみやま』だったかなあ~そういう名前のご先祖様が、大楽さんのご先祖様と親しかったとか、何とか・・・すいません、その辺は、私はあまり詳しくないもので・・・」

 また家系が出て来た。山口とあって、偉人に繋がる子孫に事欠かないようだ。圭亮が目を輝かせる。

「それで、豊島区で経営されていた工場を、どうして畳んだのですか?」

 巧みに話を逸らそうとする河村を生長は逃さない。

 生長の追及に、河村は「ほっ」とため息を吐くと、「警察で調べたら直ぐに分かることですので、お答えしましょう」と前置きをして、一呼吸置いた。「実は、工場で使用していたシアン化カリウムが紛失してしまいまして・・・管理を任していた従業員がシアン化カリウムを持って行方不明になってしまいました。警察沙汰になったりしたものですから・・・その・・・」

「シアン化カリウムですか!?」生長の声が大きくなる。

 河村は豊島区の町工場で、シアン化カリウムを取り扱っていた。

「はい。柏木というベテランの社員に、シアン化カリウムの管理を任せていたのですが、その社員がシアン化カリウムごといなくなってしまいました。警察でも事態を重く見て、柏木の行方を追ったのですが、結局、足取りを掴めないままでした。その後、毒物取扱許可を取り消されたものですから、会社の経営が傾いてしまいました。工場を閉めざるを得ませんでした」

「柏木という社員がシアン化カリウムを持って行方を晦ましたのは、何時頃のことでしょうか?」

 豊島区で起こった殺人事件でもシアン化カリウムが使用されている。

「はあ、こちらに来る前・・・二年くらい前のことでしたので、今から四年半くらい前のことになります」

「四年半前ですか!」

 豊島区で行った殺人事件で使用されたシアン化カリウムは河村の工場から持ち逃げされたものかもしれない。当然、警視庁ではそのことを掴んでいるに違いない。だが、シアン化カリウムを持ち逃げされた工場の社長が、山口で発生した殺人事件の関係者の中にいるということまでは知らないだろう。

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