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血塗られた大楽刀自  作者: 西季幽司
第三章「美しき容疑者」
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久闊②

 菊本の運転で山口市内を目指した。相変わらず必要なこと以外、しゃべらない。無口な若者だ。

 後部座席に西脇と圭亮が座った。圭亮は座席を思いっきり引くと、長い体を器用に折り畳んで車に乗った。助手席に座った藤代が、「いかがでしたか? 今日は天気も良いので、快適な空の旅だったでしょう?」と尋ねると、「いやあ~いつまで経っても空の旅には慣れません」と圭亮が泣き言を言った。

 羽田から山口宇部空港までは一時間半の空の旅だ。海外駐在経験の長い圭亮だが、何時までたっても飛行機が苦手のようだ。西脇などは日頃の寝不足もあって、飛行機が滑走路を移動している頃には寝息を立てているのだが、圭亮は飛行機に乗っている間、終始、椅子の肘かけを握りしめ、体を強張らせていた。

「先生なら、飛行機から足を伸ばせた地面につきそうなのに」と西脇が言うと、「僕は、そんなにデカくありませんよ!」と圭亮が口を尖らせる。

 ハンドルを握っていた菊本が「ふっ」と笑った。

「空港から、どれくらいかかりますか?」と圭亮。

「高速道路を使えば三十分程度ですね。先にホテルにチェック・インして、昼食を済ませてしまいましょう」と藤代が答えた。

 まだ午前十時を回ったばかりだった。

 空港有料道路から山陽自動車道、中国自動車道と高速道路を乗り継ぐと、三十分程度で山口市内に到着する。須磨が山口県警捜査一課の山縣課長に連絡を取ってくれており、山口に到着したら、先ずは県警の生長に連絡を取るように言われていた。

 生長には過去に取材で世話になったことがある。圭亮の初めての出張取材だった。懐かしい思い出だ。

「湯田温泉にホテルを取りました」と藤代が言うと、圭亮が「やあ~温泉ですか!」と歓声を上げた。

 湯田温泉は山陽路で最大の温泉街だ。

「今晩は温泉でゆっくり旅の疲れを癒して下さい」

「いいですね~日頃の疲れが吹っ飛びそうだ。山口に温泉があったのですね?」

「おやっ⁉ 先生。疲れるようなこと、してましたっけ?」と西脇が茶化す。

「はは」と藤代が笑ってから、湯田温泉の由来を語った。

 今から六百年前、湯田の権現山の麓の寺の境内に小さな池があった。その池に毎晩、一匹の白狐がやって来ては傷ついた足を池に浸している。それを見た寺の和尚が池の水に手を入れると、温かかった。そこで、池を掘ってみると、熱い湯がこんこんと湧き出て来た。そして、お湯と一緒に、薬師如来の金像が現れた。

 仏像を拝んで湯に入ると、難病が治る――と評判となり、「白狐の湯」として湯田温泉は栄えるようになった。

 それが湯田温泉の由来だ。

「へえ~白狐の湯ですか。それは楽しみだなあ。最近、肩が凝って仕方がありません」

「勿論、肩こりにも効きますよ」

「それは助かるなあ~おっ、良いこと考えました。温泉と掛けて、日本酒と解く――ってわかります?」

 隣で西脇が、またかと渋い顔をする。藤代が「掛詞ですか⁉ ブチ難しいですね。分かりません。何ですか?」と尋ねた。

 ブチは山口の方言だ。英語のVeryと同じ使い方をし、後に続く言葉を強調している。

「とうじが大事です。はは。温泉の湯治(とうじ)と日本酒を作る杜氏(とうじ)を掛けてみました」そう言って、圭亮が大笑いすると、横から西脇が言った。「先生。とうじが大事です――じゃあ、うまく掛かっていませんよ。むしろ、温泉と掛けて粘土と解く。その心はとうじ(湯治、陶磁)になる――の方がまだましです。大体、日本酒を作る人を杜氏って言うことを知らない人だっていますし」

「ああ、これは、一本、取られました。西脇さん、上手ですね~」と圭亮が素直に感心する。

 車がホテルへと到着した。

 直方がアップグレードしてくれただけあって部屋はVIPフロアにある見晴らしの良い豪華な部屋で、寝室と居間が別れていた。圭亮と西脇はチェック・インを済ませると、藤代の案内で近くのレストランに食事に出かけた。

「山口は海の幸、山の幸にも恵まれていて、食べ物がおいしいですよ」

「良いですね~いや~豪華な部屋でした。VIPフロアにはサロンがあって、二十四時間、軽食が食べられるんですよ~ほっほ」圭亮は上機嫌だった。

 ホテル近くの郷土料理屋で刺身定食を注文し、食事を済ませた。食後のコーヒーを飲みながら、昔話に花を咲かせていると、丁度、良い時間になった。

 圭亮が生長に連絡を取ると、県警で待っていると言う。「一緒に大楽邸に向かいましょう」と言われた。

 圭亮一行はレストランを後にすると、山口県警へ向かった。

 途中、渋滞もなくスムーズだった。県警に到着すると、正面玄関前で生長が待っていてくれた。

 圭亮は車から飛び降りると、「生長さん、あの節は大変お世話になりました」と生長に右手を差し出した。

「お久しぶりです」と生長は力強く圭亮の右手を握り返してくれた。「また、お力を貸して頂けると山縣より聞きました」

「お邪魔にならなければ良いのですが――」

 圭亮の後ろから、西脇が、「お久しぶりです」と挨拶をすると、生長は「ああ、西脇さん。またお世話になります」とお辞儀をして挨拶を返した。

 県警の門前で久闊を叙していると、庁舎から浅井が走り出てきた。

「チョウさん――!」と呼んでから、圭亮と西脇に気がついた。「おお~!鬼牟田先生~」と嬉しそうな悲鳴を上げると、駆け寄って来た。

「浅井さんもお元気そうで――」圭亮が右手を差し出す。

「鬼牟田先生。相変わらず背が高いですね」浅井が圭亮の右手をがっちりと握り返す。

「はは。急に縮んだりしませんよ」

 ひとしきり久闊を叙すと、生長が、「大楽塾に向かいましょう。捜査状況は、車中でご説明します」と圭亮を促した。浅井が警察車両を手配していたが、圭亮一行が乗って来たミニバンの座席に余裕があったので、ミニバンで一緒に大楽塾に向かうことになった。

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