久闊①
山口宇部空港一階の手荷物検査場で手荷物が出てくるのを待っていると、到着ロビーで大きく手を振っている人物が目に入った。
「ああ~藤代さんですよ」
山口放送局の藤代修ディレクターだ。
低音ボイスで、声だけ聴いていると渋い中年男性を想像させるが、度の強い眼鏡をかけた丸顔の中年男だ。温泉饅頭を想像させる。顔は丸いが意外にしまった体つきだ。「走るのが趣味です」という健康オタクでもある。
藤代は以前、山口県内で起こった事件の取材で同行してくれたことがあり、圭亮と西脇とは顔馴染みだった。
隣に若い男が立っている。カメラマンの菊本だ。こちらも顔馴染みだ。一重瞼に低い鼻、弁当箱を思わせる顔だ。無口な若者だが、「僕、人見知りなのです」と自分で言うくらいなので、親しくなればよくしゃべってくれる。
「藤代さんに、菊本さんまで、出迎えに来てくれていますよ」と圭亮が二人に手を振りながら西脇に声をかけた。
西脇が手配したのだから、当然、藤代と菊本が迎えに来ることを知っていた。西脇は「はあ・・・」と気のない返事をした。
「おやっ⁉ お二人の隣にもう一人、どなたかいらっしゃいますよ」
藤代の隣に背の高い男が立っていた。スーツをぱりっと着こなしている。山口放送局の幹部クラスにしては若い。西脇の知らない人物だ。
「そうですね・・・それよりも先生、荷物、まだですか?」
毎度、圭亮は機内に持ち込める小型のスーツケースを機内託送にする。そのため、目的地の空港に着くと、手荷物検査場のターンテーブルでスーツケースが出てくるのを待たなければならない。
以前は、わざわざ預けなくても機内に持ち込めば良いのにと思っていたが、手荷物を引き取る時間に、こうして空港に出迎えに来たスタッフが圭亮と西脇の姿に気がついてくれる。二人を探すのに丁度良い時間になることに気が付いた。だから、最近は何も言わなくなった。
今日も旅客の中で、ぬぼっと頭一つ抜け出した圭亮に直ぐに気が付いてくれたようだ。
だが、毎度、何故、荷物が多いのか? どんな拘りがあって手荷物として預けるのか? 不思議だった。西脇と言えば、何時もバッグひとつの軽装だ。
「藤代さん、どうも、どうも、お久しぶりです」
スーツケースを引っ張りながら、到着ロビーに姿を現した圭亮は、歩み寄ってきた藤代に握手を求めた。海外経験の長い圭亮は、挨拶代わりに握手を求める癖がついている。握手が一般的ではない日本では怪訝に思われることがあるし、若い女性などは露骨に戸惑いの表情を浮かべる。
圭亮の握手癖を熟知している藤代は、躊躇いなく右手をがっちりと握り返した。「鬼牟田先生、お久しぶりです。また、先生とご一緒に仕事が出来るなんて、光栄です!」
相変わらず、菊本は一歩、引いた場所で圭亮たちの様子を見守っていた。
横から西脇が「藤代さん、ご苦労様です」と小さく頭を下げた。すると、藤代の隣にいた若い男が待ちかねたように、「あの~鬼牟田先生。初めまして。大楽です。大楽直方と申します。この度は、はるばる山口まで、ようこそいらっしゃいました!」と言って、圭亮に右手を差し出した。
若い男は大楽直方だった。
圭亮と並ぶと小さく見えてしまうが、直方は長身でスラリとした体形だ。鼻筋が細く通っており、豹を思わせる剽悍さを感じさせた。切れ長で目じりの下がった大きな眼が憂いを含んでいるかのようだ。見事な男振りだ。
「あ、ああ~大楽さんでしたか! わざわざ空港まで出迎えに来て頂いて、すいません」
圭亮は一瞬、直方の男振りに見惚れた後で、ぶんぶんと握った右手を力強く振った。
「鬼牟田先生、水臭いですよ。事件を解決する為に来てもらいたいと頼んだのは僕なのに、何もさせてくれないなんて。一言、言って下されば、出迎えは勿論、航空券やホテルなど、こちらで手配したのに――!」
取材である以上、旅費は全てサクラ・テレビ持ちで、西脇の方で全て手配してしまった。手配が終わってから、直方には山口に行くことをメールで伝えただけだった。
「いえ、そんな。大楽さんから頼まれたから、来た訳ではありませんし。ねえ、西脇さん」と圭亮は西脇に助けを求めた。
西脇は「サクラ・テレビの西脇です」と挨拶してから、「あくまで取材ですので、お気遣いなく。先生はともかく、私の分までお世話になる訳には行きませんので」と言うと、藤代が「いや、西脇さん。それが、大楽さんが、どうしてもって言って聞かないものですから、お二人のホテルのお部屋、大楽さんにアップグレードしてもらいました」と申し訳なさそうに言った。
二人が宿泊予定の部屋は、大楽直方の口利きで会員専用フロアのVIPルームにアップグレードしてあると言う。
「そ、それは――」申し訳ないと言うとすると、「そんなこと、お安い御用です。鬼牟田先生、西脇さん。こちらに滞在中は何でも言って下さい。私に出来ることなら、何でもします。決して、不愉快な思いはさせません。今晩、時間を空けておいて下さいね。どこか美味しいものでも食べに行きましょう」と直方が間髪入れずに言った。
「やあ、良いですね~」と食いしん坊の圭亮が反応する。
圭亮は食いしん坊なくせに小食だ。それに酒がダメだときている。
「大楽さん、今日は光から車を飛ばして迎えに来たみたいですよ」と藤代が言う。
大楽直方は半導体チップの設計会社を経営する、新進気鋭のベンチャー企業の社長として活躍している。光市にある情報関連産業の集積拠点として設立されたソフトパークに設計拠点がある。
「お仕事、大丈夫ですか?」と圭亮が心配すると、「実家の一大事です。仕方ありません。まあ、最近は僕がいなくても、会社は回って行くようになりました。今はネットさえ繋がれば、仕事は何処でもできますからね」と直方は笑った。
圭亮たちが滞在している間、実家にいると言う。
藤代が山口放送局のミニバンで迎えに来ていたので、忙しい直方には一足先に大楽家に戻って待機してもらい、圭亮と西脇はホテルにチェック・インをしてから大楽家に向かうことにした。圭亮一行を案内しようと張り切っていた直方は残念そうだった。
「では、後ほど」と空港で直方と別れた。




