悲しい過去④
「やってくれたな」と生長が浅井の顔を見るなり言った。
「どうかしましたか?」と浅井が惚ける。
「瞳が病院に担ぎ込まれたなんて嘘を言いやがって」
「チョウさん。僕は警察官ですよ。嘘なんて言いません。元奥さんが病院にいると言っただけです。チョウさんが勝手に勘違いしただけです」
「こいつ!」と生長が忌々しそうに言った。
「元奥さん、いたでしょう?」
「いたよ」
生長が言うには、逸る気持ちを押さえながら病院に駆けつけ、受付で、「三間瞳さんがこちらに入院していると聞きました。病室はどちらでしょうか?」と息を切らしながら尋ねたが、そんな患者はいないと言われた。
三間は瞳の旧姓だ。
ひょっとしてと思い、「では、生長瞳では?」と尋ねると、受付の女性が「ああ~生長さん」と心当たりがある様子で、「生長さんなら、三階の三○二号室にいますよ。でも――」と言った。
「どうもありがとうございます!」
女性の言葉を最後まで聞かずに受付を離れ、階段を一気に三階まで駆け上がった。
階段の直ぐ横に三○二号室があった。大部屋のようだった。入口のドアが開けっ放しになっている。生長は病室に足を踏み入れた。
「瞳――!」
「あら?」突然、病室に現れた生長に瞳が驚いた。
「入院していたんじゃあ・・・」
「何を言っているのよ」と言って瞳は笑った。
瞳は病院に入院している知人の見舞いに来ていた。ベッドの上に半身を起こしている女性が、生長を見てにこにこと笑っている。事故に遭ったのは、知人の女性のようだ。足に巻いたギブスが痛々しかった。
浅井に騙されたことに気がついた。
「えらい恥をかいてしまったぞ」と生長は言うが、どこか嬉しそうだ。
「あら~ご友人が怪我をして入院したんですね~」
浅井が白々しく言う。
「こいつ!」とまた生長が忌々しそうに言った。
知人の女性が、歩道を歩いている時に、自転車に撥ねられた。最近は歩行者と自転車の事故が多い。自転車に撥ねられ、溝に落ちて足首を骨折してしまった。瞳はそれを伝え聞いて、見舞いにやって来たのだ。
「瞳のやつ、変ねえ~どうして私が事故に遭ったことになったのかしらと言っていたぞ」
「・・・」
「事故のこと、誰に聞いた?」
「さあ・・・」
「瞳に聞いたら、お見舞いに花束を買って行こうと思って、直美ちゃんのところに寄ったと言っていた。お見舞い用の花束をお願いと頼んだら、腕によりをかけて花束を作ってくれたそうだ」
直美は市内の花屋に勤めている。
「へえ~」
生長は「ふむ」と腕を組んだ。
「お前、刑事を欺けると思っているのか?」
「うへっ!」
「お前たち、一体、何時から、仲良くなったんだ? ああ、そうか。この間、直美ちゃんが、俺を訪ねて県警に来ていたからな。その時からか」
流石、優秀な刑事だ。
「それで、被害届を出したのですか?」
「被害届?」
「その入院した女性ですよ」
「相手の人と話がついているそうだ」
「ふ~ん。でも、良かったですね。ちゃんと会えて。会えないんじゃないかって心配したんですよ。まあ、でも、チョウさんのことだから、警察権力を振りかざしてでも、探し当てるだろうなとは思っていました」
「おいっ! わしは警察権力を振りかざしたりなんてしないぞ。受付の女性が、瞳が通っていたヨガ教室の生徒だったらしくて、顔見知りだった――って、お前、ついに犯行を認めたな!」
どうやら瞳はいまだに生長を名乗ったまま、ヨガ教室に通っているようだ。そのことは生長を喜ばせただろう。
「犯罪ですか⁉ それで、そのまま帰って来たのですか?」
「えっ! いや・・・まあ・・・飯くらい、食べて行く時間が、あるでしょうって言われて・・・」
「おやっ? 素直に自白しますね」
「犯罪かっ!」
二人のじゃれ合いが続く。




