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血塗られた大楽刀自  作者: 西季幽司
第三章「美しき容疑者」
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悲しい過去③

 須磨秀信すまひでのぶは「警視庁刑事部特別捜査係」の係長を勤める警察官だ。

「サタデー・ホットライン」の国際経済専門のコメンテーターとして登場し、犯罪事件のコメントで一躍、脚光を浴びるようになると、世間では警察が圭亮の推理を聞いて、捜査を行っているかのような印象を抱いてしまった。

 ある日、圭亮のマンションを一人の男が訪ねて来た。

 圭亮のマンションを尋ねて来た男は、「警視庁刑事部特別捜査係の須磨秀信」と名乗った。

「鬼牟田さん、世間で言われているように、我々はテレビでのあなたの発言をもとに捜査を進めている訳ではありません。そういう噂が立つこと自体、迷惑千番です」

 開口一番、須磨が宣言するかのように言った。

「日本の警察は優秀ですから、当然、そうでしょう。捜査の過程を公にすることはできませんので、たまたま僕の話の方が、先にテレビで流れてしまっただけだと思います。それを見て視聴者は、誤解をしているだけです」圭亮が緊張しながら答えた。

 須磨が満足そうに頷く。「実は、今日は、鬼牟田さんにお願いがあって参りました」

「はい、何でしょう?」

 圭亮は何かの罪で、捕まるのではないかと、びくびくしていた。

「何か事件に関して重要なことを思いつかれた時は、テレビで発言する前に、直接、私に伝えてもらいのです。場合によっては、こちらから必要な情報をお伝えして、ご意見を求めることがあるかもしれません。とにかく、事件について思い付いたことがあれば、先ずは私に伝えてもらいたいのです。そして、それを定めた秘密保持契約にご署名を頂きたいのですが、いかがでしょうか?」

 須磨の口調には抑揚がない。まるで台詞を棒読みにしているかのようだ。

「秘密保持契約ですか!?」

 須磨は圭亮に警察のコンサルタントにならないかと言っているようだ。捕まえに来た訳ではなさそうだ。圭亮はほっと胸を撫で下ろした。

「ご了解頂ければ、後日、秘密保持契約を郵送致します。ご署名の後、送り返して頂けば結構です。今日はそのお願いに参りました」

「それは面白そうですねぇ~警察のコンサルタントになるみたいで――でも、僕はもうテレビでコメンテーターをやっています。番組でコメントをしなければなりません。警察と秘密保持契約を結んでしまうと、番組で話すことがなくなってしまいます。秘密保持契約を結ぶことは、ちょっと難しいかもしれません。すいません」

「そうですか――」

 須磨の表情が曇ったのを見て、小心者の圭亮が慌てて言った。「で、でも、一般市民として、当然、警察への協力は惜しみません。何か思いついたことがあれば、一般市民として、須磨さんにご連絡を差し上げるということでいかがでしょうか?」

「一筆、頂きたかったところですが、まあ、それでも結構です。テレビでの発言は影響が大きいので、まるで鬼牟田さんの発言を聞いて、我々が動いていると思われるのは、こちらとしては非常に困ります」

「はい。分かりました」圭亮が殊勝に答える。だが、圭亮に罪は無い。

「何かあれば直ぐに連絡を下さい」

 須磨は名刺を残して、圭亮のマンションを後にした。

 こうして圭亮と須磨との間で、奇妙な契約が成立した。以来、須磨と圭亮は相互依存の関係を続けている。須磨は圭亮の取材に便宜を図ってくれることがある。その代わりに、圭亮は取材を通して得た自らの推理を、警察関係者や須磨にフィードバックしている。

 圭亮の推理を参考にして、捜査が行われ、事件が解決すると、須磨は事件解決に協力してくれたことへの配慮から、捜査結果を教えてくれる。圭亮はそれを、テレビを通して世間に伝えることができる。

 但し、圭亮がテレビを通して発信できる情報は、須磨により厳しく管理されている。須磨は圭亮を通して、世論を操作しようとしているかのように見えた。

 須磨と圭亮はウィン・ウィンの関係にあった。

 須磨の了解を得ておくと、毎度、現地の警察署にきっちりと根回しをしておいてくれる。地元の刑事から捜査情報を開示してもらえることがあったりして、圭亮の推理に役立つことが多かった。

 ただ、圭亮は須磨を苦手にしている。

 愛想がなく抑揚のない話し方をする須磨は、常に不機嫌なように見えてしまい、人一倍、気を遣う性格の圭亮は須磨と話していると疲れ切ってしまうのだ。

 携帯電話を前に、うろうろと歩き回る圭亮の姿が想像できた。

 結局、圭亮から返事があったのは、六時間後だった。

――どれだけ迷ったんだよ!

 圭亮からの電話を取りながら、西脇はそう罵りたい心境だったことだろう。

「先生。どうでした?須磨さんの了解、取れましたか?」

「はい。取れました!」

 ストレスから解放されたのか、声が明るかった。「直ぐに山口県警と連絡を取ってくれると言うことでした。また、生長さん、浅井さんと会えるかもしれません」

「会えますよ。お二人は一課の刑事さんですから、きっと、大楽家の事件も担当しています」

「ですよね~」と圭亮はご機嫌だ。

「須磨さんが連絡を取ってくれるなら、大丈夫ですね」

「はい」

 須磨が請け負ってくれると百人力だ。とにかく、そつのない須磨は、請け負ってくれた約束はきちんと果たしてくれる。中国の歴史に造詣の深い圭亮は、いったん承諾したら、約束は必ず守ってくれる須磨のことを、まるで「季布」のようだと思っていた。

 季布は中国の秦末から前漢初期、項羽と劉邦が覇権を争った楚漢戦争時代に活躍した武将であり、項羽に仕え劉邦を苦しめた。漢の天下となり千金の賞金をかけられお尋ね者となったが、後に劉邦に許され、漢王朝にて重用された。

 季布は子供の頃から信義の厚い人物として知られており、「黄金百斤を得るは、季布の一諾を得るに如かず」と言われた。いったん季布が承知し、引き受けたことは確実に実行してくれるので、黄金百斤を得るより、季布の承諾を得る方が、価値があると言う意味だ。

 それだけ義理固かった人物だ。須磨のそつのなさは季布に負けていないだろう。

「さあ、何時、出発します」

 須磨の了解が出た途端、急に乗り気になったようだ。それはそれで、ちょっと腹が立った。

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