猫に宝石④
「まだ何か?」
「はい。塾の関係者の中に、ここ三年以内に、東京都内から引っ越して来た人はいませんか?」
生長の質問に浅井は、なるほどと感心した。
美祢の事件、大楽玲の事件、そして豊島区の事件が同一犯の仕業なら、塾の関係者の中に、三年前に東京に住んでいた人物がいるはずだ。
「三年以内? なんだろうね、君。相変わらず、なぞなぞみたいなことを言うねえ~真っ先に思い浮かぶのは野口先生だな。兄が死ぬ直前に引っ張ってきた人ですからね。こちらに来て一年ちょっとで、その前は東京にいたはずだ・・・うん⁉ まてよ――」直毅は視線を宙に彷徨わせて、記憶をまさぐった。「確か、運営部の河村君がうちへ来る前、都内に住んでいたと言っていたような気がするな」
「河村さんですか?」
生長は長身で色黒、神経質そうな男の顔を思い浮かべた。額縁の件を生長たちに教えてくれた人物だ。
「彼も兄がどこからか連れてきた人間だ。彼、昔のことはあまり話したがらないが、都内で小さな会社の社長をやっていたそうだ。昔はね、なかなか羽振りが良かったという話を聞いたことがある」
「会社を経営していたのですか?」
「そう聞いた。詳しいことは知らんがね。うちの人事に問い合わせてもらえば、分かるはずだ。河村君の他に、東京から来た人間がいるかどうかもな」
直毅が面倒くさそうに言った。
潮時と見て「分かりました。そうさせて頂きます」と二人はソファーを立った。
「靴のサイズは空振りでしたね」
部屋を出たところで浅井が言った。「まあな」と生長が頷く。
「チョウさん。刑事ドラマの見過ぎじゃないですか?」と軽くなじると、「刑事ドラマ⁉ そんなもん、見ている暇なんてあるかよ」と生長が憤慨する。
「そうですね。チョウさんは特撮ドラマ専門ですからね。中年のオタク。はは」
「中年オタクで悪いか!」
「この間、ふと思ったんですけどね。特撮ドラマのヒーローって、怪獣と戦う時、体の大きさを自由に変えられるじゃないですか。等身大からビルの大きさまで。だったら、怪獣の何倍も大きくなって、怪獣を踏みつぶしてやれば良いんじゃないですか?」
「それはね。巨大化するにも、限度があるんだよ。目いっぱい大きくなって怪獣サイズなの。お前ね、夢の無いことを言うなよ~」
「はは。すいません」
大楽塾の人事部で調べてもらったところ、生徒を除く塾の職員の中で、ここ三年の間に関東地区から移ってきた人間は直毅の言った通り、講師の野口綾子と運営部の河村信次郎の二人しかいなかった。
野口綾子は大楽塾の講師となって一年で、河村は二年前に雇われていた。履歴書によると、野口綾子は国分寺から転出して来ており、河村は本籍が豊島区になっていた。
「生長さん。河村は豊島区に住んでいたようですよ」
「豊島区の事件と関連性が出て来たな」
「後は美祢ですね」
生長と浅井は河村から話を聞くために運営部に足を運んだ。
河村は塾の関係者で、情報提供者であったが、大楽怜の事件当日、河村は塾にいたと言っていた。大楽玲との利害関係が無かったので、アリバイを重視していなかったが、豊島区から越して来たとなると話は別だ。美祢の事件ではアリバイも確認していない。
だが、河村は今週いっぱい、徳山校に出張ということで不在だった。河村は下関、山口、徳山、岩国にある大楽塾の予備校の運営を統括する役目を担っている。もともと、出張が多い仕事だった。
河村の出張記録を調べてもらった。河村は美祢の事件が起こった三月四日に塾にいたことになっていた。大楽玲殺害日にも塾にいたようだが、外出したようだった。
「具体的なスケジュールに関しては、河村さんご本人に聞いてみないと、ちょっと分かりません」河村の部下だという若い女の子が申し訳なさそうに答えた。
そして、思いついたように、「ああ、そうだ。外出する時は、何時も塾の法人車を利用しています。車の出庫記録を見れば、外出したかどうか分かると思います」と言った。
出庫記録は総務部にあるという。今度は総務部に行き、大楽塾法人車の出庫記録を見せてもらった。
三月四日の出庫記録に河村の名前は無かったが、四月十三日、大楽玲殺害日には出庫記録に河村の名前があった。しかも河村の名前の前には、大楽裕の名前が記録されていた。大楽裕は玲殺害当日、外回りのために近所の高校に外出して、喫茶店でサボっていたと証言している。社有車の出庫記録が残っている以上、その証言は正しいのかもしれない。
「どういうことでしょう?」浅井が尋ねる。
「大楽玲が殺害された時、河村は塾にいなかったことになるな」
「車を借りたというだけで、塾にいなかった訳ではないと思います」
「はは。鋭いね。うんうん」と生長が嬉しそうに頷く。
運営部の若い女性は、法人車を借りなくても、個人の車で外出して、後でガソリン代を請求する職員もいるということで、法人車の貸し出しを受けていないからと言って、外出していないとは言い切れないと教えてくれた。
結局、法人車の貸し出し記録だけでは、外出したかどうかを証明するには不十分なようだ。
野口綾子が居るかどうか聞いてみたが、今日は講義がなく、塾に顔を出さないと言うことだった。運営部で綾子の講義日程や記録が分かると言うので、三月四日、美祢の事件が起こった日の講義記録を調べてもらった。人気講師である綾子は山口校以外に新設の広島校、博多校、小倉校の講義を掛け持ちしている。
美祢の事件が起きた三月四日は、小倉校で教壇に立っていた。講義は午前中で午後から移動となっており、帰途に美祢に立ち寄った可能性は排除できなかった。
浅井が次に綾子が塾に顔を出す日をメモ帳に書き留めておいた。




