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血塗られた大楽刀自  作者: 西季幽司
第二章「名家と名探偵」
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猫に宝石③

 副塾長の直毅が会ってくれると言うので、生長と浅井は副塾長室に向かった。

 大楽直毅は塾長室の額縁を巡って玲との間でトラブルになっていた。初の事情聴取となる。

「いよいよご対面ですね」と浅井は妙に興奮していた。

 副塾長室ドアをノックすると、「やあ、どうぞ」と目じりの下がった、人の良さそうな顔をした中年の男性が、二人を部屋へ招き入れた。

 下腹が突き出ており、肉付きが良いが、鼻筋が細く通っているところが、孝毅と似ている。直毅が執務する副塾長室は、塾長室を一回り小さくした大きさだったが、室内の調度は直毅の趣味なのか随分と凝ったアンティーク調の家具で埋められていた。

「お忙しいところ、すいません」

「何の、何の。刀自が殺害されたとあっては、わしも黙っておれんでな。何でも聞いて下され。コーヒーでよろしいか?」

 直毅は生長たちの返事も待たずに、卓上の電話機から内線電話をかけて、「コーヒーを三つ。うん、頼んだよ」と秘書に言って電話を切った。

 直毅に勧められて西欧風のクラシカル・アーム・ソファーに腰を降ろした。二人が腰を降ろすと細いソファーの脚が折れてしまいそうだった。

 浅井は腰かけながら、ぐるりと部屋の中を見回した。

 塾の職員、河村の話だと、被害者の玲との間で、高杉晋作の額縁を巡って争いになっていたと言う。それが部屋に飾られてあるはずだが、それらしい額縁はどこにもなかった。

 秘書がやって来て、コーヒーを配膳して出て行った。

「今日はどういったご用件でしょうか?」

「大楽さん。本家の奥様が亡くなられた日、あなたは外出されていて塾にいらっしゃらなかったとお聞きしました。何処に行っていたのでしょうか?」

 事前に直毅の予定は確認してあった。

「はは、アリバイの確認ですか。あの日は、外回りで近隣の高校を挨拶回りに出ていました。少子化で塾の経営が大変な時代です。部屋でふんぞり返っていたのでは、生徒は増えませんからね」

 直毅の言葉には、塾長室に籠りっきりの孝毅に向けた皮肉が込められているようだ。学生に対する生徒募集や担任の教師への宣伝活動は運営部の仕事だが、副塾長である直毅は近隣の高校の校長や教頭を訪ねて、毎日のように挨拶回りに出かけていた。

「あまり余計なことを約束して来ないでもらいたい」と運営部の人間からは、リップサービスの多い直毅の外出に批判的な意見が多いことに気が付いていないようだ。

「塾には出社されていないようですが、ご自宅から直接、訪問先の高校に向かわれたのですか?」

「わしを疑っている訳だな。困るな~君。あの日は・・・確か午前中に二か所、高校を訪問したと思う。まあ、その間、本家に立ち寄って刀自を殺害することができたかもしれん。一人で車を運転していたので移動中はアリバイを証明してくれる人間がおらんからね。でもね。わしじゃあない。あれを殺して、わしに一体、何の得があると言うんだ?」

 生長がズバリと切り込む。「大楽玲さんとの間で、高杉晋作の真筆の額縁をめぐって、トラブルになっていたそうじゃありませんか。その額縁がこの部屋に飾られてあると思っていたのですが、見当たりませんね」

 直毅が顔色を変えた。「トラブル? 別にトラブルになんか、なっちゃあいない! あの額縁は、わしが兄さんからもらったものだ。それをあの女が、いちゃもんをつけて、くすねようとしただけだ。まるで、わしが盗んだかのような言い草だった。死んだ人間のことを悪く言いたくないが、全くとんでもない女だったよ」

 直毅が吐き捨てるかのように言った。

「それで、その額縁は今、どちらに?」

「ここに置いておくと、わしが留守中に、あの女が勝手に持ち去りかねん。自宅に持ち帰って飾っておる。大体、あの手紙は高杉晋作がわが祖先、大楽源太郎に宛てたものだ。村田の人間にとやかく言われたくない。蔵六の手紙でも探しておれば良い。あの女には猫に宝石だ」

「・・・」

 村田家が先祖であると称する大村益次郎の通称は村田蔵六だ。猫に宝石と言ったが、それを言うなら猫に小判か豚に真珠だろうと浅井は思ったが、口に出さなかった。

「もうひとつだけ」と前置きしてから、三月四日のアリバイを直毅に尋ねた。

「三月四日? もう一カ月以上も前の話じゃないか。そんなの覚えておらん! その日に何かあったんだ?」

 直毅は不審そうな表情を浮かべた。見ようによっては不安そうな表情に見えた。

「秘書の方に確認してもらえませんか?」

「何か知らんが、まあ良い。ちょっと待て」

 直毅は内線電話で秘書を呼び寄せると、三月四日の日程を確認した。秘書は「三月四日は終日、塾にいたことになっています」と答えた。

「どなたかそれを証言して下さる方はいますか?」

「塾の職員、みなが、わしが塾にいたことを証言してくれるよ。来客もなかったようだし、一日、塾に居たようだな。それがどうかしたのか?」

「いえ、どこにいらっしゃったのか確かめておきたかっただけです」と生長は言葉を濁した。

 直毅は「ふん」と鼻を鳴らして、ソファーで体を伸ばすと言った。「大体、君。一か月前に何処で何をしていたか聞かれて、即答できる人間なんているはずないだろう? わしは記憶力が良い方だけど、太子だって筆を誤る」

「弘法も筆の誤り」と言いたかったのだろう。

 記憶力が良い例えとしてはちょっと違うような気がした。生長は軽く聞き流して、「ところで大楽さん、靴のサイズはいくつでしょうか?」と尋ねた。

 直毅はわざと生長たちの前で足を組みなおすと、「靴のサイズ? それが何か?」と尋ねた。見た感じ、生長と同じくらいの大きさだった。

「いえ、これも捜査の一環として知っておきたいだけです」

「ふん。秘密主義だな。まあ、わしは犯人ではないから構わないが、二十五・五センチだ。さて、そろそろ、よろしいですかな?」

 直毅は事情聴取に飽きた様子だった。

「お忙しいところ、誠にありがとうございました」と言ってソファーを立ち上がろうとした生長だったが、「ああ、すいません。もうひとつだけ――」と何かを思い出したようで、座りなおした。

 腰を浮かしかけていた浅井が慌てて腰を降ろした。名刑事のようだ。刑事ドラマの見過ぎだ。

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