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血塗られた大楽刀自  作者: 西季幽司
第二章「名家と名探偵」
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猫に宝石①

 大楽玲殺害の容疑者として夫の孝毅が浮かんでいたが、犯人と断定するには物証が足りなかった。玲は鋭利なナイフで滅多突きにされていたが、そのナイフが見つかっていない。現場に残されていた二十六・五センチの運動靴も見つかっていないし、玲の死因はシアン化カリウムだと特定されたが、そのシアン化カリウムも見つかっていなかった。

 物証を求めて捜査員の懸命な捜査が続いていた。

 四重の密室を潜り抜けることができたと思われる、もう一人の人物、家政婦の長沼についても捜査が行われた。犯行当日、長沼は朝七時半に通用門から屋敷に来ると、午前中はずっと母屋にいたと麻里子が証言した。雇い主の証言だが、アリバイがあった。

 玲殺害の動機もないし、長沼当人は「部屋の合鍵が何処にあるか、知りません」と証言している。疑いは残ったが、容疑は薄いと言えた。

 警視庁からの連絡で、三年半前に都内の豊島区で発生した殺人事件との間にも関連性が見られるということだった。近々、警視庁と山口県警の間で情報交換が行われることになっていた。埼玉県の事件とも関連が見られるようで、事件は益々、広がりを見せていた。

 大楽玲の殺人事件は稀代の殺人鬼による連続殺人の可能性が浮上して来た。

「警視庁との間で合同捜査ですね」

 若い浅井などは張り切っていたが、生長は経験から気苦労が多いことが分かっていた。正直、頭が痛かった。

 田中陽介の殺人事件と合同捜査本部が立ったことにより、田中陽介殺人事件の捜査班の一人が新たな容疑者を掴んできた。

 捜査線上に浮かんだのは、藤田(ふじた)(ひろ)(とし)という人物で、孝毅の浮気相手であった真衣の実兄だ。田中陽介が殺害された美祢市に住んでいた。

――あの女さえいなければ、妹は塾長夫人の座に納まることができるはずだ!

 藤田は飲むと親しい友人にそう愚痴っていたと言う。大楽怜を恨んでいた。

 二件の殺人事件に関連している可能性があった。

 藤田は美祢市で農家を営んでいる。藤田と田中の関係が洗われた。

 美祢市は山口県の中央部に広がる市で、同じ美祢市在住と言っても、藤田家は美祢駅近くの小郡寄りで、萩市に近い田中家とは十キロ以上、離れている。

 更に、同じ農家でも藤田家はほうれん草を手掛けており、トマト畑を経営していた田中家との間で接点は見いだせなかった。

 大楽家の事件との関連から田中陽介の事件を見直すことになった。生長と浅井が田中陽介の妻、敦子から事情聴取を行うことになり、美祢市へ向かった。

「やはり同一犯による犯行なのでしょうか?」と浅井が聞く。

「シアン化カリウムなんて、そうそう簡単に手に入るものじゃない。同一犯の犯行と考えて間違いないんじゃないかな」

「しかし、何故、美祢なのでしょう?」

「さあ、それは俺にも分からない」

 美祢市は山口市と隣接している。車を飛ばせば三十分程度だ。田中家を訪ねると、妻の敦子が在宅していた。

「藤田博敏という人物を知りませんか?」と尋ねてみたが、「藤田博敏さんですか? さあ・・・聞いたことがない名前です」と敦子が答えた。

「他人の恨みを買っていたようなことはありませんか?」と尋ねてみたが、「そんな・・・殺されるような恨みを買っていたはずはありません!」と声を震わせるだけだった。

 田中陽介と藤田博敏は見も知らぬ他人であったようだ。田中殺害の容疑は晴れないまでも薄らいでしまった。だが、大楽玲殺害に関しては、動機がある。生長と浅井は、藤田博敏を直撃すべく車を走らせた。

 農作業中だと言うことで、藤田は畑で事情聴取に応じると言う。

 大楽玲の事件について聞かれると、藤田は「テレビのニュースで見たし、妹から電話があったので、知っているよ」と答えた。

「妹さんから、どんな連絡があったのですか?」

「どんなって、何も。目障りだったあの女が、殺されたっていう連絡だよ。死んだ人間のことを悪く言いたくないが、正直、亡くなったと聞いて清々している」

「大楽玲さんを恨んでいたと言うことでしょうか?」

「恨んでいた。ちょっと違うような気がするが、まあ、そうとも言える。あの女さえ居なければ、妹は今頃、塾長夫人の座に納まって、幸せに暮らしていただろうからな。妹が言うには、あの女は、『あんたを幸せにするくらいなら死んだほうがまし。意地でも旦那と別れないから』と言って、離婚に同意しなかったらしい。本当に死んでしまうとは思わなかったがな」

 藤田はにやりと笑った。

「妹さんは大楽氏と結婚することが出来なかった。それを恨んでいたと言うことですね?」

 生長が念を押す。藤田は自分が疑われていることに気が付いていないのか、「大体、考えてもみなよ。あの女のお陰で、可愛い甥っ子は父無し子になっちまったんだ。あの女が離婚に同意さえしてくれていれば・・・あの女さえいなければ・・・」と玲への怒りをぶつけた。

 聞いている浅井もあきれてしまった。大楽玲殺害の動機があることは分かった。

「四月十三日の朝は、どちらにいらっしゃいましたか?」

「四月十三日? ああ、あの女が死んだ日か。おいおい、ちょっと待って。まさか、俺があの女を殺したと疑っている訳じゃないだろうな? 馬鹿を言わんでくれ。俺じゃない。十三日だろうが、何時だろうが、俺は毎朝、ここに来て畑仕事をやっていたよ」

 やっと事の重大さに気がついたようだ。藤田は焦りを顔に浮かべた。

「ここに居たことを証明できる人はいますか?」

「証明? こんな畑でか・・・ま、待てよ。十三日と言うと火曜日だよな。あの日は、朝っぱらに隣の林さんが訪ねて来て、車を貸してあげた日だ。林さんに確認してみてくれ。俺が朝、家に居たことを覚えているはずだ」

 藤田の説明では、隣家の林家は軽トラックを一台、所有しているが、よく故障するそうだ。林夫人は近くの町のスーパーにパートに出ていて、車が壊れると、旦那が夫人を町まで送って行くのに、藤田家の車を借りに来るという。

「律儀な人でね。車を貸すと何時もガソリン満タンにして返してくれる」

 畑まで歩かなければならないのが面倒だったが、ガソリンを入れて返してくれるので、藤田は林に頼まれると喜んで車を貸していた。

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