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血塗られた大楽刀自  作者: 西季幽司
プロローグ
4/21

ジュリエットの死④

 玲は孝毅との出会いを運命だと思った。神様のいたずらが、二人を引き合せてくれたのだと感激した。

「どうだ?上手くいっただろう」首尾よく玲の電話番号を手に入れた孝毅は、借りていた携帯電話を返しに行った時、滝田にそう言われた。

「ああ、上手くいったよ。今度、飯でもおごるよ」

 孝毅は以前から玲に目を付けていたのだ。何とか玲を口説きたいと、悪友の滝田に相談したところ、秘策を授けてくれた。玲が一人で講義に出ている時に隣に座り、携帯電話をバッグの中に忍ばせておくというものだった。そもそも経済学部の孝毅が、「教育心理学」の講義を受講する必要などなかった。

 偶然、携帯電話がバッグに紛れ込み、それを拾ってくれたお礼として、食事に誘うという単純な作戦だった。ちょっとした賭けだったが、お嬢様育ちの玲は簡単に引っ掛かった。

 数日後、食事に行った二人は、急速に親しくなって行った。若い二人だ。恋に落ちるまで時間はかからなかった。

 二人は確実に愛情を深めて行った。

 大楽塾の御曹司である孝毅と村田病院の一人娘である玲は、育った環境が似通っていた為か、妙に気が合った。お嬢様育ちで浮世離れした感のある玲は、大楽塾の跡取り息子として、世俗を超越した感のある孝毅と、お似合いの相手だった。

 ある意味、二人は周囲から浮いた存在だった。こうして、二人は順調に逢瀬を重ねて行ったのだが、二人の交際に、両家の親は大反対した。

 村田家は大楽家を不倶戴天の敵と見なしていた。

 村田家は直系ではないが、大村益次郎の末裔を称している。一方、大楽家は大楽源太郎の子孫を称していた。大村益次郎は大楽源太郎が開いた敬神堂の塾生をはじめとする八名の刺客に襲われ命を落としたのだ。

 軍隊の洋式化を推進する大村は「国民皆兵」を唱え、士族の反発を招いた。

 明治二年(一八六九年)、戊辰戦争が終結すると、大村は軍務官副知事に就任し、新政府の軍制改革の中核を担った。ところが大村の改革はあまりに急進的であったようだ。

 九月、大村は軍事施設視察のため京に向かった。そして、京都三条木屋町上ルの旅館で会食中に、八名の刺客の襲撃を受け、瀕死の重傷を負った。懸命の介護により一命をとりとめたが、襲撃の際の傷がもとで敗血症を発症し、十一月に大村益次郎はこの世を去った。享年、四十六歳だった。

 公にしていないが、村田病院では密かに病院関係者が大楽塾へ出入りすることを禁止していた。大楽塾は病院関係者の子弟は勿論、患者の子弟に至るまで、塾生として取り込めておらず、「営業妨害だ」と村田家のことを深く恨んでいた。

「カビの生えたような家同士の因縁で、どうして俺たちが結婚できないんだ!」

「そうよ。これじゃあ、まるでロミオとジュリエットだわ。あなたがモンタギュー家のロミオで、私がキャピレット家のジュリエットなのよ。全く、どうかしている!」

 障害があればあるほど、若い二人は盛り上がった。自らを悲劇のヒロインに例え、不幸な境遇に陶酔した。

 そして、二人は両親の反対を強行突破してしまう。

 玲が身ごもったのだ。共に地元の名家だ。悪い噂は直ぐに広まってしまう。特に、村田家は病院を営んでいる。望まない子供を妊娠したからと言って、娘に堕胎を強要したなどということが、世間の口の端に登るようなことがあれば、病院の評判はガタ落ちになってしまう。それだけは避けなければならない。

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