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血塗られた大楽刀自  作者: 西季幽司
第二章「名家と名探偵」
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鬼牟田圭亮①

――痛い! 痛い! あなた! 誰なの?

 体中が痛い。それに、気持ちが悪い。胸の奥から止めどなく嘔吐感が押し寄せて来る。焼けるようだ。

「うげっ!」

 ベッドの上で大量に嘔吐した。

 部屋はホテルの部屋のように、調度は立派だが、生活感が無かった。そのベッドに一人で寝ていた。

――許さない。許さない。私に何か飲ませたのね。

 寝ている間に、口に液体を入れられた。

 ああ~体が痙攣を始めて来た。

 意識が遠のいて行く。

――ちくしょう! 許さない。絶対に許さないからっ!


 そう叫んだとことで、西脇は目を覚ました。

 まただ。夢を見た。昨夜はまた夜中過ぎまで仕事をしていた。家に帰るのが面倒でテレビ局に泊まった。仮眠室で夢を見たのだ。毎度、支離滅裂な夢を見るが、今回は何となく夢の意味が分かった様な気がした。

 今、世間を騒がせている大楽家の事件だ。きっとそうに違いない。兼重先生と事件の話をしたことから夢を見たのかもしれないが、死者から催促されているような気がした。早く、事件を解決してくれと。

 また圭亮が喜びそうだ。

 (おに)牟田(むた)(けい)(すけ)はキー局のひとつ、サクラ・テレビが土曜日の午前中に放送しているニュース番組「サタデー・ホットライン」のコメンテーターの一人だ。

 英語と中国語に堪能で、大手商社の物流部門で、アジアを中心に十年以上に亘る海外駐在の経験を有している。上海での駐在が一段落し、日本に帰国したばかりの頃、出版社に勤務する学生時代の後輩から、海外ビジネスの経験を生かして本を出版しないかと持ち掛けられた。

「僕に本なんて無理だよ」と断ったが、圭亮は無類のお人よしだ。押しに弱い。あっさりと押し切られ、「アジアの中の日本」という本を出版した。これが思いの外に話題になった。

 サタデー・ホットラインのプロデューサー、西脇がこれに目をつけた。

 西脇は国際経済のコメンテーターとして、新しい人材を探していた。番組には大学教授を勤める国際経済のコメンテーターがいたのだが、高齢でコメントが時勢に合わなくなって来ていると感じていた。

 何度も足を運び、「僕にテレビはちょっと・・・」と尻込みする圭亮をかき口説いた。圭亮は押しに弱い。西脇の熱意に根負けした圭亮は「劉備に三顧の礼で迎えられた諸葛孔明の気分です」と、番組出演を承諾した。

 期待通り、経済関係のニュースの終わりにコメントを求められた圭亮は、海外経験を生かした鋭いコメントを連発して周囲を唸らせた。

 最初、圭亮は経済関連ニュースで、コメントを述べるだけだった。ある時、番組で総合司会を勤める宮崎譲(みやざきゆずる)アナウンサーが、気まぐれに殺人事件のコメントを求めたところ、圭亮が披露した推理がものの見事に事件の核心をついていた。

 以来、圭亮は番組内で、「現代の名探偵」、「サタデー・ホットラインの金田一耕助」として売り出されることになった。

 その推理手法は独特で、圭亮は自らの推理手法を「俯瞰的演繹法」と名付けている。

 事件の概要を俯瞰的に眺めることで本質を掴み、後は小さな推論を積み重ねて結論を導き出すというのだ。事件の鍵となる事柄を見つけだすと、圭亮の頭脳は俯瞰的演繹法を駆使して結論を導き出そうと、暴走を始めてしまう。傍目には、ぼうっとしているように見えるが、頭の中では数多の推論が音を立てぶつかり合い、時に結合し、やがて、ひとつの結論が生み出されて行く。

――視界がぱあっと開けるような感じです。

 圭亮は結論に辿り着いた時の様子をそう例える。

 自分がシャーロック・ホームズのような人並み外れた観察眼など持ち合わせていないことを圭亮自身、よく分かっている。洋服に付いた糸くず一本から、その人物の日常を推理することなどできないし、そもそも糸くずが付いていることすら気が付かないだろう。鋭い観察眼は持ち合わせていないが、代わりに海外での長い勤務経験から、物事を俯瞰的に見る能力に長けていた。

 生来の才能でもあるようで、物事を俯瞰的に眺めることができる人間は意外に多くない。一流のサッカー選手はプレー中に味方や相手の位置を俯瞰的に把握することができるというが、その能力に近いのかもしれない。

 メタ認知と呼ばれる能力だ。

 物事を俯瞰的に見る力と、後は人よりも逞しい想像力が圭亮の推理の原動力だった。圭亮の推理はサタデー・ホットラインが視聴率で裏番組をリードする原動力になっていた。

 西脇は椅子に腰を降ろすと、「ふむ」と考え込んだ。

――兼重准教授から聞いた話をどう料理するか?

 考えているのだ。兼重千尋はサクラ・テレビからほんのワン・ブロック離れたところにある招知大学で犯罪学の教鞭をとっている准教授だ。過去に何度か古い犯罪事件の記録について、問い合わせをしたことがあった。

 旧知の間柄だ。

「是非、鬼牟田先生のご意見をお伺いしたいのですがダメでしょうか?」と兼重は言っていた。無論、圭亮の意見を聞くことに異論はない。

 西脇が頭を悩ませているのは、この手持ちのネタで報道局長と掛け合い、圭亮と共に現地取材を敢行できるだろうかということだった。番組で名探偵と持ち上げている圭亮が現地に出向き、真犯人をあぶり出す。それを番組で放送出来れば、話題になるに違いない。

 実際、過去に圭亮が現地に取材に赴き、事件解決に繋がった事件がある。無論、それを番組で仔細に報道することで評判を取り、高視聴率を稼ぎだした。

 夢よ、もう一度だ。

 現時点では地元の有力者である塾長夫人が殺害された事件に過ぎない。だが、兼重の見立てによれば、この事件は都内に端を発する連続殺人事件であるかもしれないのだ。そうなれば、世間を震撼させる大事件だ。

 そこをどう報道局長に伝えれば良いか戦略を練る必要がある。西脇はベッドから這い出すと、洗面所に向かった。

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