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血塗られた大楽刀自  作者: 西季幽司
第二章「名家と名探偵」
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塾長夫人の座①

 雨上がりの道を走る。

「家政婦のアリバイはどうだった?」と生長が尋ねる。

「長沼ですね。日頃、別館には香美ちゃんが一人でいますので、午前中に本館の用事を片付けてから、午後に別館に行って、掃除をしたり、夕食の準備をしたりしているそうです。でも、それも、香美ちゃんが一人の時だけで、前日に母親が戻って来たので、事件当日は別館に顔を出していないと言うことでした」

「そうか。日頃はあのお屋敷に香美ちゃん、一人なのだな」

「ええ。可哀そうに」

「本館と別館の間に隠し通路のようなものは無いよな?」

「ありませんね。別館と言っても完全に独立した建物になっているそうです」

「ふむ・・・」

 暫し、車内が無言になる。生長と浅井は村田家を目指して車を走らせていた。

「着いたみたいです」

 村田家は、大村益次郎の後胤を自称するだけあって、長い土塀に囲まれた歴史を感じさせる屋敷だった。門前に設置されたインターホンで案内を請うと、「今、門を開けますので、車で中まで入って下さい」と言われた。

 地元で名士の村田家だ。門前には事件の発生を受けて、マスコミが張り付いていた。生長たちの乗る車が警察車両だと感づいて、近づいて来るマスコミがいた。マスコミを避ける意味でも、屋敷の中まで車で乗り入れることができることは都合がよかった。

 リモートコントロールで開閉された門を潜ると、手入れの行き届いた庭があり、屋敷の門前には来訪者向けの駐車スペースまであった。

 平日の昼間だったが、村田家の当主、憲和が在宅していた。

 村田家は村田病院の近くにある。家政婦らしき女性の案内で、屋敷の応接間に通された。刑事が事情聴取に来ると聞いて、病院から戻って来訪を待ち構えていたようだ。

 豊かな白髪に小さな眼。口は大きいのだが、顎が張っていない。病院を経営する院長として威厳を見せたいのだろう。生長と浅井が姿を現すと、胸を張って、大ように「まあ、座って下さい」を言った。残念ながら小柄な体格のせいで、あまり威厳を感じない。

「飲み物はコーヒーでよろしいかな? おい、コーヒーをふたつ」

 憲和はコーヒーを注文して家政婦を追い払った。生長と浅井に着席を勧める。

「どうぞ、お構いなく」生長が応じるが、憲和は一刻も早く話を始めたいようで、二人が革張りのソファーに腰をかけるのが待ちきれない様子だった。

「犯人はあの男に決まっておる!」

 挨拶もそこそこに、憲和が口火を切った。

「あの男と言うのは?」と生長が訪ねると、憲和は焦れったそうに「玲の夫だった男だ。大楽孝毅だ」と吐き捨てるように言った。

「大楽孝毅さんですか?」

「ああ、そうだ。玲とあいつの仲が冷め切っていたことは、既に調べがついているんだろう?」

「ええ、まあ」生長が言葉を濁す。

 事件当日、二人が別居状態にあったこと、別居の原因が孝毅の浮気にあったことも分かっている。

「わしは玲にあんな男と別れて、家に戻ってこいと言っておった。それを、あいつが愚図愚図と引き伸ばしていたものだから、こんなことになったのだ。少子化で、今は塾の経営は楽ではないと聞く。金など欲しくはなかったが、誠意を見せるためにも、あいつから、たんまり慰謝料をふんだくってやれと玲に言っておった。あいつ、慰謝料を払いたくないものだから、玲を殺害しよった・・・」憲和は悔しそうに顔を歪めた。

「二人は慰謝料のことで、揉めていたのですか?」

「そうよ。そうでなければ、玲がいつまでもあんな家におる理由はない。それにあの男、噂じゃ、今度は塾の女講師と良い仲になって、玲のことが邪魔になっておったようだ」

「塾の女講師?」

「そうだ。名前までは知らんが、東京から来たという若い女講師だ。テレビなんかにもちょくちょく出ているらしい――」

 野口綾子のことだ。

「それにな。あの家の大刀自も怪しいものだ」

「大刀自ですか?」

「孝毅の母親、大楽家の女主のことよ。大刀自なんて大仰な呼び方で、周りから呼ばれておる。大刀自と玲とはうまく行っておったとは言い難い。大刀自は良い年かもしれんが、若い家政婦がおったはずだ。家政婦に命令して、玲を殺害しおったのよ。そうに違いない」

「・・・」単なる想像でものを言っているだけのようだ。

 生長の反応が悪いと見ると、憲和は「あの家は教育者面しておるが、殺人鬼を育成したような家だぞ」と畳み掛けるように言った。

「殺人鬼!?」

「殺人鬼」とは穏やかでない。

「何だ、知らないのか? 我が家の先祖にして、維新の元勲、大村益次郎を暗殺したのは大楽塾の狂った塾生だったのよ」

「ああ――」何かと思えば明治維新の頃の話だ。

 暗殺者のことまでは知らないが、生長も当然、郷土の英雄、大村益次郎が暗殺されたことくらいは知っていた。

「君、ああ――じゃないよ。とにかくあの男、いや大楽家の人間を、一人残らず調べてくれ。きっと連中の中に、玲を殺害した犯人がいるはずだ」

 言われなくてもやっている。

 話が済むと、憲和は「邪魔だ」とばかりに生長と浅井を村田家から追い出そうとした。憲和は大楽家の人間が玲を殺害したと言いたかっただけのようだった。

 村田家の玄関で、青年と鉢合わせた。

 村田家の跡取り息子の和正だ。母親に似たのか背が高い。細長い顔は父親似だが、眼が大きく、鼻筋が通っており、なかなかのイケメンだ。夜勤明けで病院から戻って来たばかりだった。目が真っ赤に充血していた。家に戻ると刑事が来ていたのを知って、父親との話が終わるのを待っていたようだ。

「村田和正と言います。大楽玲の弟です」青年は丁寧に名乗った。

「弟さんですか。この度はご愁傷様です。お姉さんを恨んでいた人物に、心当たりはありませんか?」生長が水を向けると、「心当たりがあります」と和正が答えた。

 そして、大楽裕と玲との間のトラブルについて語った。

 たった今、裕から事情聴取をして来たばかりだ。和正の話に何か新しい情報は無いかと、生長と浅井は辛抱強く話を聞いた。和正自身、高校時代の友人から聞いた話に過ぎず、目新しい情報は無かった。

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