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血塗られた大楽刀自  作者: 西季幽司
第一章「容疑者はロミオ」
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大楽香美・その二

 香美は「何故!?」と絶句した。

「香美ちゃんはね、あちらのお祖母ちゃんと暮らすのよ」

 夕食の席で祖母の麻里子が、同じ言葉を繰り返した。

 母親を失った香美は大楽家を出て、今後は村田家で暮らすことになる――と麻里子が香美に告げていた。

「何故? お母さんがいなくなったんだから、お父さんがおうちに戻ってくるんじゃないの?」

 母の玲がいなくなったからには、父の孝毅が大楽家に戻って来るものだと香美は思っていたのだ。

「そうね~その内、あの子もここに戻って来るでしょうけどね。あの子もまだ若いから。あの年でコブ付きになるのは早いのよね~」

 香美にその言葉の意味は分からなかっただろうが、父親が戻って来ないということは理解できた。孝毅は当分、大楽家に戻って来る気がないようだ。気楽な一人暮らしが気に入っていて、何かと小うるさい母親のいる家に戻って来たくないのだろう。

 麻里子は麻里子で、香美が孝毅にとって荷物になってしまうのを避けたいようだ。

「嫌だ・・・」

「香美ちゃん、あちらさんに引っ越すのよ。良かったわね。村田家はうちに負けない立派なおうちだし、掃除が行き届いているでしょうからね。綺麗で良いわね~大丈夫よ、お祖母ちゃんが、ちゃんと話をつけてあるから、あなたは何も心配することはないのよ」

 麻里子は家政婦の長沼を通して、村田家の当主、憲和に香美の引き取りを要求していた。

 憲和は当初、「父親が健在なのに、何故、うちで香美を引き取らなきゃあならんのだ!」と息巻いていた。だが、妻の時恵から「男手ひとつだと、あちらさんも何かと大変でしょう。香美ちゃんが可愛そうだし。しかも、あちらのお祖母さんはあんな人だから、苛められでもしたらと考えると、あの子がもう不憫で不憫で・・・」と言われてみると、今度は反対に「あんな家に可愛い孫を置いておけるか! 香美はうちで引き取る!」と言い始めた。

「香美をあんなごみ溜めのような家に住まわせて置けるか!」

 香美の引き取りに前向きになった。もっとも、ごみ溜めのような家にしたのは、娘の玲だ。憲和が言えた義理ではない。

 こうして香美の意志とは関係なく、養い親が決まってしまった。

「嫌よ――!」香美が叫ぶ。

「あら、香美ちゃん。香美ちゃんは、お祖母ちゃんと一緒に暮らしたいのね~そりゃあ、そうよね。ずっと、私がお母さん代わりだったもの。香美ちゃんのお母さんは、何もできない人でしたからね。それなのに、文句ばかり言っていた。そんな人だったから・・・」

「香美、ここで、お父さんと一緒に暮らしたい!」

 香美は麻里子の言葉を遮って、必至の抵抗を試みた。だが、麻里子は「ダメよ!」と言下に香美の願いを退けた。

「香美ちゃんは村田の血を引いているのだから、村田の家に戻るのが、一番、良いの。ここに置いてあげる訳には行きません。ここには孝毅の血を引いた跡継ぎ息子が、香美ちゃんの代わりに来ます。香美ちゃんの居場所はここにはないのよ」

 孝毅が塾の事務員に孕ませた婚外子が、大楽家の跡取りとしてこの家に来るというのだ。麻里子にしてみれば、村田家への恨みが骨髄にまで染み込んでいる。村田の血を引く香美よりも、不倫の子の方が、男の子である分、まだましだと考えているのだろう。

 いずれ孝毅が然るべき相手と再婚して、男の子が生まれれば、不倫の子もまた大楽家から放り出される運命にあった。

「お父さんのところに行きたい!」

 根無し草のような頼りない男だったが、香美にとっては優しい父親だった。香美はぽろぽろと涙を零しながら訴えた。だが、麻里子は香美の涙を見てもまるで表情を変えなかった。孫が可愛くない訳ではないだろうが、村田の血を引く香美を、大楽家で育てる義理はないという考えで凝り固まっていた。

「ふん。三日も経てば、私たちのことは忘れるわ。今週の土曜日にお引越しよ」

 猫は三年の恩を三日で忘れると言う。香美を猫扱いだ。麻里子は、話は済んだとばかりに席を立った。

 長沼が香美を気の毒そうに見ていた。だが、長沼にはどうすることもできない。それに村田家は大楽家以上の資産家だ。村田家に引き取られることが、香美にとって悪い話でないことは明らかだった。

 長沼は香美の肩に優しく手を置いてから、食事が終わった麻里子の食器を持って台所に消えて行った。

 香美は大楽家の食卓で、一人、肩を震わせて泣いた。

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