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血塗られた大楽刀自  作者: 西季幽司
第一章「容疑者はロミオ」
31/37

嫌われ者のジュリエット①

 河村の話を要約するとこうであった。

 大楽源太郎は、若くして京に出て梅田雲浜(うめだうんぴん)頼三樹三郎(らいみきさぶろう)などの儒学者と交わり、尊皇攘夷の薫陶を受けた。安政の大獄で梅田雲浜、頼三樹三郎が幕府に捕えられると、源太郎も長州藩により帰藩を命じられ蟄居の身となった。

 源太郎は藩を脱藩、元凶である大老、井伊直弼の襲撃を企図するが、未然に発覚して再び禁固刑に処せられる。放免の後、源太郎は久坂玄瑞や高杉晋作と共に尊皇攘夷運動に奔走し、佐幕派と見られた画家の冷泉為恭(れいぜいためちか)を暗殺し、禁門の変にも参陣している。

 禁門の変後、長州藩の実権は佐幕派に握られてしまうが、高杉晋作が下関の功山寺で挙兵、源太郎も晋作の依頼を受け、忠憤隊を組織して挙兵に加わった。

 大楽家に残された高杉晋作の書簡は、この功山寺挙兵の際に、晋作より発せられた檄文と源太郎が組織した忠憤隊の呼応に対する礼状だった。

 歴史的な資料価値のある逸品だ。

 高杉晋作の真筆を巡って、大楽玲と直樹はトラブルになっていたという。

「市場に出回れば数千万円の値がつく代物だという人もいます」河村は一段と声を落として言った。

「その額縁が原因で大楽玲さんは大楽直毅さんと揉めていたということですね。一体、何があったのですか?」

「もともと額縁は塾長室に飾られていました」

「もともと――?」

「ええ。先代が亡くなられて暫くすると、何時の間にか額縁が塾長室から消えて無くなっていて、副塾長室に飾られていたのです」

「副塾長が先代死去のどさくさに紛れて、額縁を勝手に塾長室から持ち出して、副塾長室に飾ったということですか?」

「今となっては、先代が亡くなっていますので、真相は藪の中のです。副塾長が言うには、先代が入院され、見舞いに行った際に、先代より『額縁をよろしく頼む』と頼まれ、譲り受けたと言うことでした」

「譲り受けた?」

「副塾長はそう言っています。塾長の孝毅さんは古い書簡などに興味はありませんから、値打ちものだと分かれば売り払いかねません。高杉晋作より大楽源太郎に宛てた書簡は、大楽家に代々、伝わる家宝です。『孝毅では心配だ。お前が責任をもって、きちんと保管しておいて欲しい』と先代から頼まれ、譲り受けたと副塾長は言っています」

「そうであれば、何故、大楽夫人との間で揉め事になったのですか?」

「孝毅さんはあんな性格ですから――」と河村が前置きしたが、河村のいう「あんな性格」の意味がもうひとつ理解できなかった。

 河村が話を続ける。「副塾長が塾長室から額縁を持ち出したことが分かっても、孝毅さんは気にしませんでした。古い書簡に興味なんて無かったのでしょう。ところが奥様が何処からかその話をお聞きになり、副塾長に対して額縁の返却をお求めになられました」

「奥さんがですか?」

「ええ。奥様は『旦那様に譲られたものを勝手に持ち出されては困ります。即刻、返却して下さい』と副塾長に訴えました。あくまで旦那様が大楽家の主筋、高杉晋作の真筆はそれを証明するものだと考えられたようです。

 最初、旦那様を焚き付けて、額縁の返還を副塾長に要求させようとしましたが、面倒だと塾長が無視すると、今度は奥様自身が塾に乗り込んで来て、額縁の返還を直接、副塾長に求めました。

 副塾長は『これは兄にもらったものだ』と額縁の返還には応じませんでした。すると奥様は副塾長が家宝を横領したと言いふらし、実家を通じて、県会議員にまで額縁の返還を訴え出たのです。これには副塾長も驚いたようです。

 それでものらりくらりと額縁の返還に応じないでいると、今度は裁判所に訴え出ると副塾長に通達して来ました。副塾長は追い詰められていました。

 もともとご子息の件もあって、お二人は犬猿の仲でしたが、奥様がそこまで強引な手を打つとは思っていなかったようです」

「ご子息の件? 大楽直樹氏のお子さんについても、トラブルがあったのですか?」

「ええ。実は――」と河村は大楽裕が玲の留守中、屋敷をラブホテル代わりに利用していた一件を伝えた。そして、怜が強硬に裕の処分を訴えていて、塾長である孝毅が苦慮していることまで打ち明けた。

「ははあ~それで、被害者は寝室ではなく、客間に寝ていて襲われたのですね・・・」

 夫の孝毅と別居状態にあったので、玲は客間に寝ていたのだと思っていたが、寝室をラブホテル代わりに使われて、ベッドに寝るのが嫌だったようだ。

「ちょっと待って下さいよ。と言うことは、普段、別館の玄関には鍵が掛かっていなかったと言うことですか?」

「さあ、私も詳しいことは存じませんが、そうなのではないでしょうか? まあ、裕さんの一件があったので、鍵を掛けるようになったのかもしれませんけど」

「ああ、なるほど――」

 今回の事件は大楽家の内部事情に詳しい人物の犯行だ。

 大楽孝毅が怪しいのだが、叔父の直毅も十分、怪しい。高杉晋作の真筆を巡って、玲とトラブルになっていた。更に、大楽裕という、一族の人間で被害者に恨みを持つ人物が浮かび上がって来た。塾をクビになりかけていて、玲を恨んでいた。

「そんな矢先に刀自が亡くなられたものですから、副塾長はほっと胸をなで下ろしていると思います」

 河村はそう言って、にやりと笑った。

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