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血塗られた大楽刀自  作者: 西季幽司
プロローグ
3/21

ジュリエットの死③

 孝毅と玲は大学で知り合った。地元の国立大学に進んだ二人は運命の出会いをした。孝毅はひとつ年上、玲が大学一年生の時に知り合った。

 必須科目の「教育心理学」の講義で、二人はたまたま隣同士になった。とは言え、お互いに面識はなく、親しかった訳ではない。隣に男性が座ったことに、玲は(他に空いている席はいくらでもあるのに、何でわざわざ隣に座るのだろう?)と煩わしく思っただけだ。そして、孝毅の横顔の怜悧さに、ちょっとだけ、ときめきを感じた。

 細身で鼻筋が細く通っている。なかなかの男前だが、顔が細いのに、口が大きいので、顔の下半分、取り外しが出来そうに見えてしまう。

 講義に間、言葉を交わすことはなかった。講義が終わると、二人はそれぞれ講義室を後にした。

 玲は次の講義を取っていなかったので、学食にコーヒーを飲みに行った。

 当時、玲はテニス・サークルを辞めたばかりだった。大学に進学後、テニス・サークルに入って大学生活を満喫するつもりでいた。早速、テニス・サークルに入部すると、一つ上に美里(みさと)という美人でスタイルの良い先輩がいた。高校時代から県大会に何度も出場したことがあるテニス経験者で、かつ性格がさっぱりしていて、男性はもとより、女性からも人気があった。

 玲は美里に嫉妬した。

――美里は高校時代に暴走族の彼氏がいた。

――高校生の時に堕胎の経験がある。

 など、根も葉もない噂をばら撒いていると、噂の主が玲であることがバレてしまった。そして、玲はサークルで孤立した。

 育ちが良くて我儘なところがあったが、可愛らしい顔立ちにスレンダーでスタイルの良かった玲はサークル内で人気があった。寄り目なところが、玲をあどけなく見せていた。村田家は地元の名士だし、病院の一人娘とあって家柄は申し分ない。取り巻きが多かったのだが、潮が引くように友人たちが玲から遠ざかって行った。

 ほどなく玲はテニス・サークルを辞めた。講義の合間に、学食で一緒にコーヒーを飲んでくれる仲間を失っていた。

 一人でコーヒーを飲んでいると、携帯電話の鳴る音が聞こえた。

 自分の携帯電話とは違う着信音だ。だが、かなり近くで聞こえる。近くに座っていた学生が、玲のことをじろじろと見ている。何時まで経っても電話に出ない玲を、いぶかしく思っているのだ。

「知らないわよ。私の携帯電話じゃないのよ!」と叫びたかった。

 携帯電話は鳴り止まない。

――何か変だ。

 ということに、やっと気が付いた。

 着信音は、椅子の上に置いたバッグの中から聞こえて来ていた。慌ててバッグの中をまさぐると、見慣れぬ黒い携帯電話が出て来た。

 画面を見ると「滝田(たきだ)(やすし)」と言う見慣れぬ名前が表示されていた。

 電話に出るべきかどうか迷った。だが、学食で携帯電話を鳴らし続ける玲に向けられる視線の冷たさに耐えかねて、電話に出ようとした時、突然、電話が切れた。

 ほっとした。知らない間にバッグの中に携帯電話が紛れ込んでいたようだ。気味が悪かった。――とは言え、このまま他人の携帯電話を持ち帰る訳には行かない。

(どうしようか・・・)と迷っていると、また携帯電話が鳴り始めた。画面に、また「滝田康」と発信者の名前が表示されている。

「またか――」、「いい加減、電話に出ろよ」と周囲の視線が突き刺さってくる。仕方なく携帯電話に出た。

「もしもし――」

「あっ、あの、その、電話、僕の携帯電話ですよね?」若い男の声だった。

「誰の携帯電話か知りません。いつの間にか私のバッグの中に入っていました」

「そ、そうなんですか。さっき教育心理学の講義に出ていたんですけど、そこで携帯電話を落としてしまったみたいなんです」

 玲の脳裏に、先ほどの講義で隣に座った若い男の整った横顔が思い浮かんだ。

「ああ・・・それで・・・」

 どうやら、男が落とした携帯電話が、玲のバッグに迷い込んだようだ。

「すいません。今から僕の携帯を取りに行っても良いですか?」

「ええ、結構ですよ」玲の胸がときめいた。

「今、どこにいます?」

 玲は学食にいることを告げた。

 程なく隣に座った学生が、学食に飛び込んできた。玲は直ぐに気が付いたが、男の方は玲が分からないようだ。「ここよ~!」と手を上げるのも、恋人同士の待ち合わせに見えて恥ずかしかった。声をかけられなかった。

 男は手当たり次第、学食にいた女性に声をかけ始めた。玲は焦った。このまま知らぬ振りはできない。

「あの――!」玲が立ち上がった。

 止めておけば良かったが、案の定、学生たちの視線が集まった。当然のように、携帯電話を探していた学生も玲に視線を向けた。

「あなたでしたか!」つかつかと男が近寄ってきて言った。

「あの・・・これ・・・」玲が携帯電話を差し出す。

「良かった。無くしたかと思っていました」

 男がぺこぺこと頭を下げながら携帯電話を受け取った。

「・・・」若い男は玲より頭ひとつ背が高くて、手足が長かった。

 玲が押し黙ったままなので、男は「僕は経済学部二年の大楽孝毅です」と名乗った。

「あら、滝田さんじゃないんですね?」

 携帯電話に表示された名前は「滝田康」だった。

「ああ、携帯を無くしたので、友達の携帯を借りて電話をしました」

 紛失した自分の携帯電話に電話をしていたのだから、当然、知人の携帯電話から電話をかけていたはずだ。(ああ、そうか――)と自分の迂闊さに苦笑しながら、「教育学部一年の村田玲です」と名乗った。

「携帯電話を拾ってもらったお礼をしたいのです」と食事に誘われた。「学食なんかではなく、ちゃんとしたところで――」としつこく言われた。悪い気がしなかった。

「取り敢えず日を改めて――」とお互いに電話番号を交換した。

 これが孝毅と玲との出会いだった。

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