モンタギュー家の家宝①
大楽塾の門前には大勢のマスコミが張り付いていた。
大雨だ。合羽を着こんで、カメラにはビニール・シートが掛けてある。ご苦労なことだ。車で乗り付けると、勘の良いマスコミの人間が、警察車両に気が付いて、わらわらと駆け寄って来た。 浅井は、車ごと塾へと乗り入れて、マスコミを振り切った。
大楽孝毅は塾にいた。
――と言うか、ちゃんと仕事をしているのか疑いたくなるほど、何時も塾長室にいる。面会を申し込むと、「私も忙しいんですけどね」と皮肉を言いながら、二人を塾長室に迎い入れた。
窓際に高級そうな机が据えられ、壁が一面ガラス張りになっている。部屋の中央には、十人以上が腰かけられる立派な応接セットが据えられていた。広々として部屋の隅には、映画やドラマでよく見るゴルフのパター練習用マットが据えられ、ゴルフバッグが三セット、並べてあった。
棚には高級そうなウイスキーが並んでおり、絵に描いたような成金趣味の部屋だった。
孝毅が生長と浅井に着席を勧めた。
生長が口を切る。「大楽さん、この度はご愁傷様でした」
「ああ、ありがとうございます。こんなことになって、本当に参っています」と孝毅は言ったが、憔悴した様子は見られなかった。
見方によっては、晴れ晴れとした表情に見えた。
「先ずは、事件当日のアリバイから確認させて下さい。奥さんの死亡推定時刻は午前八時から十時の間と推測されています。その間、どこで何をしていましたか?」
「アリバイ? 僕のですか? えっ、まさか、僕のこと疑っているのですか?」
心底、驚いた表情だった。演技だとすると、大した役者だ。
「関係者全員からお聞きしています」
「そうですか・・・あの日は、朝からここにいました」
「そのことを、証明してくれる人はいますか?」
「どうだろう? 朝、出勤してきてから、誰とも会わなかったからなぁ・・・ああ、そうだ。あの日は午前中に野口さんとここで会いましたよ」
「野口さん?」
「ご存じありませんか? うちの講師の野口綾子さんです。結構、テレビなんかに出ていて、有名人なんですけどね」
生長の隣で浅井は「うん、うん」と大きく頷いた。生長は知らないようだが、美人講師として有名なことを浅井は知っていた。
「分かりました。それで、何時に塾に来て、何時に野口さんと会ったのですか?」
「さあ・・・塾に来たのは九時くらいじゃないかな。それから、暫くして彼女と会ったよ」
「具体的な時間は分かりませんか?」
「ああ、ちょっと待ってください」
孝毅はソファーから立ち上がると、机の上のパソコンを操作した。パソコンでスケジュールの管理をしているのだろう。「十時からですね。彼女と会うことになっていたのは。約束の時間の少し前に彼女がやって来ました」
「十時からですか。先ほども申し上げましたが、死亡推定時刻は朝の八時から十時の間です。あなたには死亡推定時刻のアリバイがないことになりますね」
「そうかもしれません。ですが、僕は家内を殺してなんかいませんよ」孝毅が他人事のように言いながら、ソファーに戻って来て座った。
「そうですか? 塾長室をこっそり抜け出して屋敷に戻り、奥さんを殺害してから、戻って来たのではありませんか?」
「馬鹿馬鹿しい・・・誰が何と言おうと、僕はここにいました。僕が家内を殺害したと言うなら、その証拠を見せて下さい」
生長が話題を変えて尋ねた。「大楽さん。あの日、あなたはお屋敷から出勤していませんね。お屋敷の防犯カメラの映像には、正午過ぎにお屋敷に入って行くあなたの姿しか記録されていませんでした。あなた、何処から出勤して来たのですか?」
「ああ・・・」孝毅は気まずそうな表情を浮かべると、「実はね。僕たち、別居していたんです。まあ、調べれば直ぐに分かると思いますが、市内にマンションを借りて、そこから通っています。あの屋敷には住んでいないのです」
「別居されていて、あの屋敷には住んでおられない。ところで、お屋敷には塾に通じる門の他に、アパートに抜けることが出来る通用門がありますよね? お屋敷に入るには、暗証番号が必要だとか。大楽さん。お屋敷に住んでいなくても、暗証番号はご存じですよね?」
「ええ、そりゃあ、当然、知っていますよ。あのドアはね。香美がアパートの公園に何時でも遊びに行けるように、後から取り付けたものですからね。ただでさえ、家の鍵に門の鍵、塾の鍵でしょう。これ以上、鍵を増やしたくなくて、暗証番号式にしました。暗証番号は僕が設定しました。当然、知っています」
「あのドアを使えば、防犯カメラに映ることなく、お屋敷に入ることが出来ますよね?」
「ええ、まあ、そうです。だから、何です?」
孝毅が不安気な表情を浮かべる。探るような眼で生長と浅井を見つめた。




