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血塗られた大楽刀自  作者: 西季幽司
事件関係者人物ファイル
20/21

七.准教授・兼重千尋③

 事件の被害者の名前は田中陽介(たなかようすけ)、五十七歳。美祢市で農業を営んでおり、妻の敦子(あつこ)と昼食と取った後、「畑に行く」と言って一人で家を出たきり、戻って来なかった。

 夕方になっても戻って来ない夫を心配した敦子が畑に探しに行ったが、陽介の姿はなかった。日が暮れて来たので、陽介の捜索は一旦、あきらめた。

 敦子は近隣の農家を回り、助けを求めた。相談を受けた近隣の住人は、夜明けを待って田中家に集まってきた。

「敦っちゃんは家で待機しておいてくれ。ひょっこり陽介さんが、戻って来るかもしれんからな」住人の一人が敦子に言った。敦子は家に残った。

 二人一組で三手に別れ、田中家のトマト畑から陽介の捜索が始まった。捜索が始まって間もなく、トマト畑からほど近い林の中で陽介の遺体が発見された。

 知らせを聞いて駆けつけた敦子は、夫の変わり果てた姿を見て悲鳴を上げた。

 陽介はナイロン・ロープで両腕を後ろ手に縛られていた。足首もロープできつく縛られ、身動きが取れないようになっていた。そして、陽介が来ていたシャツの背中には、赤い血の染みが広がっていた。

「直ぐに救急車が呼ばれましたが、被害者は既に絶命していました」

 西脇の前で、ソファーに座った兼重が長くて細い足を組む。それを見た西脇はドキリとした様子だった。

 背中に傷跡が見られたが、死因はシアン化カリウムによる中毒死だった。致死量を超えるシアン化カリウムを摂取したことが直接の死因だった。背中の傷は生前に付けられたもので、先の尖った細長い棒状のもので付けられた傷であることが分かった。科捜研に傷痕から凶器を特定してもらったところ、クロスボウであることが分かった。

 トマト畑のハウスの一部が押し潰されていた。どうやら、畑にいるところをクロスボウで射られ、昏倒したようだ。遺体が発見された場所まで、十数メートルの距離があった。陽介は背中にクロスボウの矢を受けながら、林まで歩いて行ったのかもしれない。

「犯人の攻撃から逃れようとしたのでしょう」

 何故、犯人がクロスボウとシアン化カリウムの二種類の凶器を用いて陽介を殺害したのか不明だった。陽介に強い恨みを持つ者の仕業であると思われた。

 死亡推定時刻は遺体発見前日の午後二時から四時の間と推定されている。

 殺害現場から犯人が残したと見られる下足痕が見つかっている。靴跡から運動靴であることが分かったが、大量生産、大量消費された、どこででも売っている市販品だった。犯人の身元を特定する手掛かりにはならなかった。靴のサイズは二十六.五センチ、比較的大柄で足の大きな人物だった。

 田中陽介の交友関係が徹底的に洗われた。

 だが、陽介は温厚な性格で争いごとを好まない人物で、陽介に殺意を持っていそうな人間やトラブルを抱えていた人間は皆無だった。

 近くでシアン化カリウムを扱っている工場や研究施設もなく、シアン化カリウムの出どころも不明のままだった。

 捜査は暗礁に乗り上げた。

「ざっと以上が田中陽介さんの事件の概要です」

 兼重の言葉に、西脇ははっと我に返った。話の途中から、西脇の脳裏では、

――夢だ。今朝、見た夢だ。今日、俺が兼重先生と会うことを知り、亡くなった田中さんが夢の中に現れたのかもしれない。

 という思いが、ずっと渦巻いていた。

「どうかしましたか?」と兼重に聞かれたので、「いえ。何でもありません」と誤魔化した。流石に、大学の准教授にするような話ではない。

 代わりに、「それで、その事件が大楽家の事件とどう係わっているのですか?」と兼重に尋ねた。

 それには答えず、「この事件の捜査ファイルに目を通している内に、過去に似たような殺人事件の記録を見たような気がしたのです。深層意識が、過去に見た事件と類似していると告げているのだが、具体的に何時、どこで発生した事件なのか思い出すことができなくて、いらいらしてしまいました」と兼重が言った。

 思い出せそうで思い出せない。小骨が喉に引っ掛かっているような感じだ。

「分かります。僕なんて、しょっちゅうです。最近、物忘れがひどくて」

「ほほ」と兼重は上品に笑うと、「コーヒーでも飲んで、一息入れてから、もう一度、思い出してみようと気分を切り替えた途端、三年半前に都内で起きた殺人事件だとひらめいたのです。都内と山口、離れ過ぎているので、二つの事件が結びつかきませんでした」

 兼重はソファーから立ち上がると、つかつかと歩いて行き、机の横のキャビネットから別のファイルを抜き出し、小脇に抱えて戻って来た。

「三年半前、豊島区の廃屋で男性の遺体が発見されました」

 兼重が事件の概要を教えてくれた。

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