七.准教授・兼重千尋②
兼重千尋は招知大学で犯罪学の教鞭を取る准教授だ。招知大学の法学部犯罪学科で犯罪社会学を教えている。
犯罪の原因を遺伝子に起因するものであるとする犯罪生物学に対して、社会的な環境に起因するものであるとしたのが刑事犯罪学だが、犯罪社会学はそのどちらでもなく、二つの学説の良いとこ取りをし、更に最新の行動科学を駆使して犯罪原因の特定を試みる学問といえた。
年は三十過ぎ。すこぶる美人だ。犯罪学の准教授と言う肩書と千尋と言う名前から、初対面の人間は一応に兼重が女であることに驚いた顔をするようだ。
指導教授である大田道久教授は、兼重を「犯罪学会の新しい星だ」と言ってはばからない。兼重が女性であることも「欧米では犯罪学を専攻する女性は珍しくない」と言って、まるで意に介していなかった。
その兼重准教授から電話があった。
兼重は犯罪データ・ベースと言われるくらい、過去の凶悪事件を記憶している。実際、過去の重大犯罪事件のデータ・ベース化を行っており、警視庁から問い合わせを受けることがあるらしい。
報道局長が大田教授と顔見知りで、紹介を受け、西脇も過去に何度か兼重から情報提供を受けたことがあった。
「気になることがあるのです」と開口一番、兼重が言った。
「山口県で起きた殺人事件について調べていて、奇妙な符号に気がついたのです」
「例の大楽家の殺人事件ですね。大楽塾と言えば、西日本では結構な大手の予備校ですからね。うちの番組でも大々的に取り上げる予定です」
「大楽塾の事件とは無関係なのかもしれませんが・・・」と兼重が言いかけるのを遮って、「分かりました。電話では何ですから、お伺いします。詳しい話を聞かせてください」と会って話を聞く約束をした。
昨日のことだ。
招知大学はサクラ・テレビから、ほんのワン・ブロック離れたところにある。都心の大学とあって大学の校舎と言うより、近代的なオフォス・ビルに見える。入口に「招知大学」の目立つ看板が出ていないと、大学だと気が付かないだろう。
八重歯の可愛らしい受付の女性に「犯罪学の兼重准教授と約束があります」と伝えると、「犯罪学の兼重准教授ですね。八階にオフィスがございます。左手奥の中層階行きのエレベーターで八階までお願いします」と答えた。
中層階行きのエレベーターで、八階に向かった。
八階で降りると、エレベーターホールを中心に卵型に教授室が並んでいる。エレベーターを降りて直ぐの場所に、フロア・マップが設置されていて、どの部屋にどの教授がいるのか一目で分かるようになっていた。
「確か・・・右手、奥から三番目の部屋だったような・・・」
西脇は方向音痴だ。一度、来たくらいでは覚えない。八階をぐるぐると二週回ってから、兼重のオフィスにたどり着いた。
ドアをノックすると、「どうぞ」と直ぐに返事があった。鈴を転がすような声音だ。
「兼重准教授、お久しぶりです」
「西脇さん。すみません。わざわざご足労頂きまして」
兼重千尋准教授が顔をのぞかせた。三十路過ぎだろう。スーツをパリッと着こなし、長い髪をクリップで無造作に後ろに束ねている。化粧気はないが清潔感で溢れている。しかも飛び切りの美人だ。大きな瞳が、濡れているように輝いていた。スタイルも良いし、これで普通に化粧をして町を歩いたら、すれ違う男たちが皆、振り返ることだろう。
「いえいえ。うちから目と鼻の先ですから、そんな。ご足労と言うほどのことは」
「どうぞ」と教授室に招き入れられ、「お飲み物は?」と聞かれた。
窓際には兼重准教授の机が、都会の街並みを背景に据えられている。部屋の壁一面が本棚になっており、蔵書の数々が本棚一杯に並んでいた。兼重の几帳面な性格を表すかのように、溢れんばかりの蔵書が綺麗に並べられてあった。
部屋の中央に応接セットが置かれてある。
「必要ありませんので、本題に入りましょう」と西脇はソファーに腰を降ろした。
「では、お茶でも」と兼重自ら、お茶を煎れてくれた。
「お電話では、何か、気になることを見つけたとか?」
「はい」と兼重は窓際の机まで歩いて行くと、一冊のファイルを手に取ると、「大楽家の事件を調べていて、この事件が妙に気になったのです」と、ある事件の話を始めた。




