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血塗られた大楽刀自  作者: 西季幽司
プロローグ
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ジュリエットの死①

「ロミオとジュリエット」をやってみたい――という思いから生まれた作品。敵対する両家をどうするかと考えた時に、暗殺された有名人と暗殺者の子孫という構図が浮かんだ。坂本龍馬、大村益次郎、大久保利通などなど、明治時代の初期には志、半ばで非業の死を遂げた偉人が多い。そこで、個人的にお気に入りの大村益次郎を選んだ。

 一昨日は雨だった。天気が良いと、初夏の陽気を感じが、雨が降ると肌寒さを覚えた。

 大楽(だいらく)香美(こうみ)は家を出ると、背後から冷たい風が吹いてきた気がして母屋を振り返った。母屋が牙をむいて襲い掛かってくる獅子のように見えた。

 香美は八歳。くるくると巻いた癖毛を伸ばし、母親譲りの黒目勝ちな寄り目が、香美を人形のように見せていた。

 昨日から母の(れい)が家に戻って来ている。香美のために、早起きをして朝食を作ってくれるような母親ではない。まだ寝ているはずだ。

 長沼が準備してくれた食パンとチーズをトーストで焼いて、ミルクを温めて朝食を済ませた。結局、香美が出かける時間になっても、玲は起きて来なかった。

 玲がいない時は、「香美ちゃんがかわいそうだ」と、麻里子が家政婦の長沼を派遣してくれる。麻里子は祖母だ。長沼は掃除に洗濯と、香美の面倒を見てくれる。夕食は麻里子と一緒に取ることが日課になっていた。

 ところが玲が戻ってくると、「母親なのだから、あの女が面倒を見るべきだ」と言って、長沼を寄こしてくれなくなる。当然、夕食にも呼ばれない。また暫く、身の回りのことは自分で何とかしなければならない。

 大楽家は幕末に長州藩で活躍した志士、大楽源太郎の子孫を称している。

 源太郎は萩城下で、萩藩重臣の子として生まれた。長ずるに及んで久坂玄瑞、高杉晋作らと共に尊皇攘夷運動に奔走した。元治元年(一八六四年)に起こった禁門の変においては、書記として参陣し、長州藩兵として会津・桑名藩兵を相手に奮戦した。

 長州藩は筑前藩が守る中立売門を突破して京都御所内に侵入するなど武威を振るったが、薩摩藩兵が会津・桑名藩兵の援軍として駆けつけると形勢が逆転した。長州藩は朝敵となり敗走、源太郎も京を落ち延び山口へと逃れた。

 慶応元年(一八六五年)、禁門の変での敗戦を受け、第一次長州征伐が始まると、長州藩では幕府への恭順止むなしとする保守派が台頭する。改革派の首魁、周布政之助を自害に追い込み、奇兵隊はじめ諸隊を解散、益田親施、福原元僴、国司親相の三家老を切腹させて幕府へ恭順の意を示した。

 保守派の専横を見た高杉晋作は、逃亡先の福岡から下関へ帰還すると伊藤博文率いる力士隊、石川小五郎率いる遊撃隊ら長州藩諸隊を率いて功山寺で挙兵、保守派の首魁、椋梨藤太を排斥して藩の実権を握った。

 源太郎も晋作の決起に呼応して忠憤隊を組織している。

 やがて第二次長州征伐が始まる。第二次長州征伐は四境戦争とも呼ばれているが、長州藩は大島口、芸州口、石州口、小倉口の藩境で幕府軍と激突した。長州軍は四つの藩境で連戦連勝を続け、幕府軍を退けた。

 慶応二年(一八六六年)に、源太郎は故郷の吉敷郡台道村に戻り、私塾「敬神堂」を開設、後の内閣総理大臣寺内正毅始め多くの門人を育てた。

 大楽源太郎の子孫を自称する大楽(だいらく)(こう)()は、この敬神堂を元にした「大楽塾」という私塾を開いた――と宣伝している。大楽家自体、大楽源太郎の直系の子孫がどうか怪しいものだった。大楽塾は敬神堂とは直接関係はないものと思われる。

 私塾は受験の過熱化と共に、予備校へと発展して行く。

 大楽塾は山口県山口市を本拠とする大学受験予備校だ。九州、中国地区の有名国公立大学で高い合格率を誇っている。もとは山口市内で子供たちを相手に勉強を教える私塾に過ぎなかったが、大学受験予備校の経営に乗り出した。

 弘毅の後を継いだ(はる)()は大楽塾を更に発展させ、山口県内はもとより、博多や小倉、広島にまで予備校チェーンを展開する中堅どころの予備校に育て上げた。

 その春毅は一年前に病を得て、急逝した。今は春毅の一子、(たか)()が後を継いでいる。

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