第六話 波乱の予感
王国の奪還?
でも武邑はそれを望んでいないんじゃ…。
何と答えるのだろうか。
私と蕭衍は唾を飲む。
「いやだ」
「…はい?」
「嫌だ」
断固拒否。
「私は内通者となって、あなた様に現政権の情報をお伝えすることができます!お望みとあらば…」
「私は庶民として穏やかに生きるのだ」
「…はい?」
陳栄は理解できないというように目を丸くした。
「今の政権は不満か?」
「もちろんです!叛逆者の政権など…」
「民の生活は、我の治世以上に苦しく見えるか」
陳栄は言葉を詰まらせた。
「我の治世も、今の治世もそう変わらん。我は民が幸せであれば王座など、いらぬ」
武邑はそう、言い切った。
陳栄は魂が抜けたように肩を落とした。
何だか可哀想だが、『穏やか市井生活』を望む武邑には馬耳東風なのだろう。
「そうですね…承知致しました。失礼致します」
陳栄はしょげしょげと帰っていった。
「よかったの?帰らせて」
「ああ」
武邑は何事もなかったように言うが、何だか素っ気なさ過ぎる気もする。
忠臣、陳栄はあっけなく退場していった。武邑に下剋上の意思がないことが大分堪えたようである。
あまりに落ち込んでいたので、少し心配だ。
「あれでも王宮を出てからの我の居場所を部下に調べさせていたようだったから、悪いことをしたな」
そう、昨日の不審な男は陳栄の部下だったのだ。
「あの人も可哀想だね。武邑のためにせっかく危険を犯してこんなとこまで来たのに、さっさと追い返されて」
武邑への皮肉のつもりだった。
陳英はわざわざ王宮に残り、間諜までする気だった。ご苦労なことだ。
「…何より可哀想なのはそなたに殴られたことではないか?」
…それは言わないでほしい。
武邑のツッコミを無視して私はしれっと違う話題を振った。
「そういえば蕭衍は?」
さっきまで一緒にいたのに、いつの間にやら居なくなっている。
「職探しに行ったのだ。先程はちょうど出掛けにそなたの悲鳴が聞こえたものだから」
ああ。昨日私が言ったから。
「付け焼き刃で職が見つかるかな…」
「どうした」
「いや、何でもない」
あの体格だし、土方の兄ちゃんや飯店の用心棒としてなら雇ってもらえるだろう。あとは長期になるけど、隊商の護衛とか。
ただ、彼にそう言う発想があるかは分からない。
飲み屋の接客になんてなろうものなら、半日でクビになるだろう。酔っ払い相手に短気はいけない。
「で、今日はどうする」
「何が」
武邑は私を見て微笑んでいる。
つくづく顔がいいなあ、と思う。しかし、なよなよしいので男として見られているのかは甚だ疑問だ。
…皇帝って後宮に奥さんが沢山いるんだよね。この優男がそんなに何人も相手できるんだろうか。
いやいや、変なことは考えないでおこう。
「…指南の話?」
「今日は何を教えてくれるのだろうか」
期待した眼差しを向ける武邑。
ちょっと考え込む。
そういえば、最初に見た時、斧と薪を物珍しそうに見ていたな。
「薪割りできる?」
首を振った。
「こうやってしっかり斧を持って…」
私は薪割り台の前に仁王立ちになり、思いっきり斧を振るった。
丸太は一発で、きれいに真っ二つになった。
「おお」
皇帝は拍手をする。
なんか拍手が上品。音鳴ってなくない?
「やってみて」
私は新しい丸太を薪割り台に置き、武邑に斧と皮の手袋を手渡す。
初心者は脇が開きがちだ。先に注意しようとすると、武邑はすっと斧を構えた。
あれ。
武邑は脇を締め、背筋をぴんと伸ばして立っていた。
「如何だろうか」
「良い感じね」
文句なし。完璧な構えだ。
「そのまま真っ直ぐ振り下ろして」
私は少し離れた所で見守る。
武邑は言われた通りに斧を振り下ろした。
斧は丸太にかすって、薪割り台に刺さる。
「狙うのが難しいな」
「重いからね。変に狙わない方がいいよ。振り下ろすだけで」
武邑はもう一つ丸太を置き、構える。
斧を振り下ろすと、今度は丸太に刺さった。
「割れない」
「振り下ろす瞬間、膝を曲げて腰を落とす」
刺さった斧を取ってもう一度私が斧を振ると、きれいに割れた。
「ま、練習だね。でも勘がいいよ。やったことないんじゃないの」
「初めてだよ。ああでも、剣の心得くらいはある」
武邑は人の良さそうな笑みを浮かべた。
なるほど。それであの構えか。
私は側から鉈と小振りな丸太を取ってきた。
「何をするのだ?」
「この大きな丸太じゃ燃えないでしょ」
私は半分になった丸太に鉈を突き刺した。
「こうやって…」
鉈を小振りな丸太で叩く。すると、少しずつ鉈が降りていき、丸太は四分の一になった。
「なるほど、斧だと割りにくいのだな」
「初心者はこれが一番だね」
武邑も鉈で試している。真剣だが、手つきが拙い。
「…あなたさ、」
ふと尋ねた。
「何でそんなに王様に戻りたくないの?」
「…」
武邑は答えなかった。
私は顔色を伺った。
地雷だったか?
思っていたより何か複雑な事情でもあるのだろうか。聞いてはいけなかったかという思いとともに、野次馬根性が疼いた。
「で、おやつは?」
報酬は忘れない。絶対。
「そうだ、今日は蕭衍が菓子を買い忘れたと言っていた。すまぬがこれで我慢してくれ」
そう言って小屋から出してきたモノに、私は目を輝かせた。
「まいどありー」
飴を買った。
薪割りの報酬は現金支給だった。蕭衍がおやつを買い忘れたのだ。
右手に飴、左手に揚げ饅頭と月餅。
これだけ買ってもまだお釣りがくる。
残りはとりあえず貯蓄に回すか。兄弟に見つからないところに隠さねば。
「ん?」
向こうから見慣れた人影が走ってくる。
薬屋のおじちゃんだ。
「おじちゃん、どうしたの?」
「あ、そ、宋果ちゃん」
かなり慌てている。
「李娜を見ていないかい?」
「今日は見てない。李娜がどうかしたの?」
胸騒ぎがした。
「昨日からどこにもいないんだ」
どこにもいない。
李娜が、行方不明?
「心当たりは?」
「ばあさんから書簡が来て、今から行くんだけど…」
「私も行く」
早く見つけなければ。この寒い時期に川に落ちたりでもしたら。
嫌な予感がした。
私達はおばちゃんの家へ急いだ。
10分程走っただろうか。おばちゃんの家が見えてきた。
「ばあさん!」
「おばちゃん--」
家に入るとおばちゃんとその娘夫婦がいた。
「父さん…」
三人は机の上に手紙を広げて見ていた。
そこに書かれていたのは。
『お宅の娘は預かった。返して欲しくば銀500枚を用意しろ』
この文面は。
背筋が凍った。
「李娜が…誘拐?」
波乱の五日間の幕開けだった。




