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第五話 刺客














 「いらっしゃい!」


 店に入ってきたのは、常連の薬屋のおじちゃんだった。


 「厚朴(コウボク)を卸したいんだ。入ってるかい」

 「こないだ入ったばかりよ。今日李娜(りーな)は?」

 「今日はばあさんの方に居るんじゃないかな」


 おじちゃんは最近離婚した。熟年離婚というやつだ。


 「いくらだい?」

 「一斗で銀八よ」

 「宋果ちゃん、そりゃ高過ぎるよ!」

 「じゃあ銀五でどう?」

 「それならまあ…」

 「まいどあり」


 銀三で仕入れた商品を銀二枚上乗せで売ってやった。こういうのがたまんないのよ。


 「…宋果、お前すごい顔してるよ」


 三番目の兄さん、琳戍(りんじゅ)が不気味そうに言う。


 「悪魔みたい」

 「失礼だなあ」


 初めに無理難題、その後少し(ランク)を下げた要望を提示することで、相手に高い条件を呑ませるというのは、基本的な交渉術だ。

 決まった時が気持ちいいんだ、これが。


 新年二日目。


 今日は午前中ずっと店番である。


 陽の位置を見る。そろそろ交代の時間か。


 「宋果、僕は先に失礼するよ。その火かき棒も家に戻しといてくれ」

 「ん、私もすぐ行く」


 私は昨日の不審な男が気になっていた。

 実は今朝、その男について蕭衍にふと尋ねたのだった。すると蕭衍は、



 『しばらくは周りに不審な動きをする者がいないか、注意してくれ。それと…あの方について訊かれても、絶対に何も答えるな』

 『武邑が生きてるってばれたの?』

 『…殺されたのが身代わりの君主であったとばれたのやもしれん』



 同じ男を見かけたら教えてくれ、と言われた。


 ということはあの男は刺客…?武邑の命を狙っているのだろうか。

 武邑が皇帝でも、どんなぽんこつだったとしても、殺していい理由にはならない。あれはあれで結構良いやつなのだ。多分。


 それに、私のおやつはどうなる。


 年糕の報酬として昨日武邑にもらった角砂糖をまとめて懐にしまった。そして琳戍兄さんが熊の手代わりに使っていた火かき棒を手に取る。火かき棒を熊の手代わりに使うなよ。


 さて、午後はまた奴らとの約束がある。


 私は裏通りに入った。


 すると。


 「皇帝は何処だ」


 突然腕を掴まれた。


 刺客!


 「き…」


 私は火かき棒を振り上げ…


 「きゃあああああああ!!!!」


 背後の男に振り下ろした。


 スコーンと固い音がして、男はぶっ倒れた。


 「どうかしたか!?」


 向こうから蕭衍が走ってくる。小屋の入り口からは武邑が顔を覗かせている。


 「これは…」


 倒れた男の顔を見て、蕭衍は青ざめた。


 「ち、陳栄(ちんえい)殿――!?」


 …あれ?

 知り合い?








 「驚かせてしまい、申し訳ない…」


 刺客、改め陳栄は、包帯を巻いた頭を下げた。


 「いや…こちらこそ早まってしまい…」


 すみませんでした、と私も深く頭を下げる。


 「いやはや、まさか陳栄殿であるとは…」


 蕭衍も頭を掻いている。


 「あのう、陳栄さんって」

 「私の元臣下だ」


 ずっと奥でじっとしていた武邑が答えた。


 というのも、手当ても茶を沸かすことも出来ず、することがなかっただけである。

 蕭衍は護衛だけに、怪我の手当てくらいは出来るらしい。


 私はじっと武邑を見つめる。


 そういえばこの人、出会ってから何にもめぼしいことしてない。ぼったくられかけて餅を食べただけでは?


 うーん。本当にこの人、元皇帝なのかしら。

 私は先日のぼったくり雑貨屋事件での武邑を思い出す。

 あんなに騙されやすくて、今までどうやって政治をしてきたんだろう。政治も所詮は人間同士の駆け引きなのではないだろうか。


 「そなたも死んだかと思っていた。無事だったのだな。今は何処に?」


 武邑は静かに口を開いた。


 「我が君こそ、ご無事で何よりです。またお会いできたこと、大変嬉しゅうございます」


 陳栄は目元に涙を浮かべた。


 「私は今、王宮におります」

 「何と!」


 蕭衍は立ち上がった。


 「それは如何様にして?」


 武邑が尋ねる。


 「はい、私はあの謀反の最中(さなか)、一命だけは取り留めたのです」


 陳栄は静かに語り始めた。


 「しかし現政権は『我らに忠誠を誓うならまた官職に付けてやろう』と…」

 「寝返ったのではないか!」

 「違います!決してそうではありません!御心は我が君の元にございます!」


 必死に弁明する陳栄。

 蕭衍は今にも斬りかからんとする勢いだ。


 「蕭衍」


 響く声。

 武邑の言葉に蕭衍は剣の鞘から手を離す。


 「続けるがよい」


 そう言う武邑の顔は引き締まっていた。つい昨日までの腑抜けた男の面影はなかった。


 「はい。現政権は謀反で生き残った我ら臣下にこう言ったのです。『我ら現政権に忠誠を誓うならまた官職に付けてやろう』と」


 陳栄はそこで目を伏せた。


 「反発する者もありましたが、大半の者は…官職が貰えるなら、と言って現政権に寝返りました。もちろん私はそんな提案、絶対に受け入れないつもりでした!しかしながら、とあることを思いついたのです」


 官職が貰えると言われれば、寝返るのも当然ではないのだろうか。


 私は状況を想像して思った。

 急に仕事を失えば、養う家族共々路頭に迷ってしまう。雇主が変わるだけで仕事内容は変わらない、報酬も出るというのであれば、これ以上においしい話はないと思うのだが。


 何でも損得勘定してしまう私には『忠誠心』というものは一生理解できないのかもしれない。


 「このまま現政権で官職に就けば、その内部事情を探ることができる。それを頂国忠臣の生き残りに流せば、下剋上の有益な手立てになる」


 陳栄は膝の上で震える拳を握りしめる。



 「我が君」



 陳栄は、真っ直ぐ武邑の目を見て言った。


 「我が君に、まだ帝王の御心があるのならば――」 

 







 「王国を奪還して頂きたく存じます」



























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