第四話 正月
ついに迎えたお正月。隣にいるのは、元皇帝。
「何で私が年糕を作らなきゃなんないのよ」
美味しいおやつをくれる代わりに、庶民の暮らしを教えてくれというのではなかっただろうか。
『庶民の正月料理を教えて欲しい』と言われて作ってみたのだが…。
これでは私がおやつを与えている。
「美味だ…うん、美味だな」
何度も頷きながら、心底美味しそうに餅を頬張っている。
「うん、庶民らしい地味な味付けで美味い!」
「そんなこと言うなら食べさせないわよ」
私は皿を取り上げた。
武邑は情けない顔で謝りながら皿に手を伸ばす。
「食べたことないくらいさっぱりしていて美味だと言いたかったのだ…」
それ、褒めてないから。
「うちの年糕はどうせ薄味ですよ」
酒もみりんも、王宮と違ってどばどばとは使えない。
まあ言い方はともかく、武邑は貶している訳ではないと分かったので、皿を机に戻す。
…いや無自覚の方がタチ悪くないか?
ちょっともやもやしつつ二人で餅を頬張る。
そこへ蕭衍が入ってきた。
「あ、おはよう」
「おはようございます」
蕭衍は綿入りの羽織に革の手袋をして、右手に炭を持っている。先日は薪をそのまま火鉢に焚べようとしていたので炭の作り方を教えてやったら、早速やってみたらしい。
それを火鉢に焚べた。
「蕭衍、この年糕はなかなかいけるぞ」
武邑が蕭衍に私の年糕を勧める。
一口かじる。
「これは、異様にさっぱりしていて美味しいですね」
「だろう」
「二人とももう食べんでよろしい!」
私は深いため息を吐いた。
こいつら、ほんとに不安…。
「お正月もひと段落したら、仕事探さなくちゃね」
出されたお茶を飲んで呟くと、蕭衍は答えた。
「庶民一人なら一生遊んで暮らせる金があるぞ」
そう言って何処からか重そうな袋を取り出した。紐を解くと、
「うわあ…」
金貨に銀貨がわんさか入っていた。
目が眩むほどの大金。
しかし。
「でもこれじゃ、一生遊んでは無理ね」
「ふっ、馬鹿な。概算ではあるが、ちゃんと計算したぞ」
「あんた、税金のこと考えた?」
「あ」
やはりお役人。しかも護衛じゃ税金まで気が回らないか。
「…これだけあれば何年暮らせる」
「男二人でざっと…」
私は頭の中で算盤を弾く。
「10年ってとこね」
「10年…!?」
「だって税金はなくならなかったし、ここ二、三年で物価も上がってるからね。それでもぎりぎりよ」
とんだ大金ではあるが、一生分はとても賄えない。
「まさか働かないつもりでいたの?」
「そういえば何も考えていなかったな」
武邑は呑気に答えた。蕭衍は言葉を失っている。
「直ぐに職を探して参ります」
「人の話聞いてた?お正月から正規で雇ってくれるとこなんてないって」
私と蕭衍は睨み合う。
「二人とも落ち着け。仕事は明日にして、今日はゆっくりすれば良いだろう?」
大きくないのによく響く声だった。
今にも取っ組み合いを始めそうだった私達は、渋々臨戦態勢を解いた。
「あ、でも私はこれから仕事あるから」
「は?」
蕭衍が間抜けな声を漏らした。
「やってる店はないと言ったではないか!」
「お店がやってないとは言ってない」
「元旦から仕事とは大変だな」
ぎゃーぎゃーうるさい護衛を横目に、私は逃げるようにして小屋を出た。
『毎日小遣いをくれる代わりに市井生活を指南する』なんて。
やっぱり、割に合わない約束しちゃったかな…。
店先に行こうと表通りへ出たところで、一人の男に話しかけられた。
「おい、そこの娘」
「はい?」
ここらでは見ない顔だ。
身なりは普通。しかし何となく、ただの町人とは違う気がした。
「ここら辺に、妙に身なりの良い男はいなかったか?」
「はあ」
隣人の顔が浮かんだ。
まさか…な。
「知らないけど」
「そうか」
男は去っていった。
誰を、探しているんだろう。
「宋果、早く入ってくれー」
「はあい」
私は不穏な陰を見送りながら、店に入った。




