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第三話 打算のない市井













 『庶民の暮らしを教える』とは言ったものの、私は一体何をすれば良いのだろうか。


 あの二人には基本的な生活能力がない。まずはそこから教えるべきだろう。


 掃除に洗濯、食事の用意。

 職の見つけ方。


 職…か。


 実は半年前の謀反、庶民の中でも大きな影響を受けた者がいる。

 下女として奉公に出ていた者だ。   

 半年前から、市井は就活者で溢れかえっていた。何せ、先日の謀反で王宮約1万の下女下男が職を失ったのだから。

 もちろん、約1万の人間を雇える口はない。

 だからこそ、路頭に迷って乞食とならざるを得ない者が出るのもまた必然だった。


 つまり何が言いたいかというと、このご時世、新参者が職を見つけるのは簡単ではない。


 ちなみにうちは誰一人出仕していないのでこちらも関係ない。まあまあ老舗の商家の出であり、土地があるから生活にも困らない。


 ゆえにこれも私には関係ない話。


 そのはずだった。


 「そーうかっ」

 「ぐへ」


 突然鳩尾に頭突きを食らった。この尺度(サイズ)感は。


 「李娜(りーな)…」


 知り合いのチビ、李娜だった。常連の薬屋の孫娘だ。

 名前を呼ぶとにぱっと笑った。可愛いので、急に抱きつくのやめてとは言えない。


 「そーかおはよう!」

 「おはようってもう昼じゃん。おじちゃんは?」

 「今日は私ひとりでおつかいー。蝋燭買うの」

 「ふーん、じゃ一緒に行こっか」

 「うん!」


 手を繋いで歩き始める。

 うちには男しかいないから、こういう癒しがいると助かる。


 「李娜、うちの子になる?」

 「いいよー」


 危うい危うい。すぐ変な人に付いて行きそうで怖い。









 年末の市場は大勢の人で賑わっている。

 そこかしこに開かれた露店には、白菜や豚肉といった団欒飯用の具材、赤い飾物や蝋燭が並んでいる。


 「あ!雑貨屋さん!」

 「一人で走ってっちゃ駄目!」


 李娜が走り出す。それを追いかけて私も走る。

 と、李娜は直ぐに立ち止まった。


 「どうした?」


 李娜はこちらを見上げた。


 「けちんぼ雑貨屋だった…」

 「あああそこか…」


 市場には稀に、商品を法外に高く売り付ける悪徳業者がいる。それも売られているのは、中身がすかすかの蝋燭やら、造りの甘い工芸品やら、質の悪い品ばかり。

 大抵の市民はどこがそういう店かを知っているので、ほとんど近づかないのだが…。


 珍しい。今日はお客がいる。


 背の高い男二人組。あれ、なんか見覚えのある…。


 「げ」

 「そうか?」


 あれは。

 私達は二人の方にゆっくりと近づいた。


 「これと、これと、これ。あんたら触っただろう」

 「触っただけで買うとは言っていないぞ!」


 武邑と蕭衍だ。


 「商品に触るのは禁止だ。ほら、ここにあるだろう」


 店主が指差した屋台の隅には、薄い字で小さく『商品には手を触れないでください(触れた商品は購入してもらいます)』とある。


 武邑が蕭衍を宥めた。


 「蕭衍、我らがよく見ていなかったのが悪い。御仁、おいくらだろうか」

 「冷やかしはごめんだよ。他にも何か買っておくれよ」


 店主の男は卑屈に笑う。


 「分かった、じゃあこれもいただこう」

 「ち、ちょっと待った!」


 私は会話に割り込んだ。


 本当に危うい。完全にカモ思考だ。

 さすがに放っておけなかった。このままでは身ぐるみ剥がされてしまう。


 私は武邑の袖を引っ張る。


 「武邑、何してんの。行くよ」

 「しかしまだ」

 「お嬢ちゃん」


 店主が怒鳴った。


 「まだ金を払ってもらってないよ」

 「買わないから」


 そうやって睨むと店主は言った。


 「払えないなら、お宅まで付いて行ってでも支払ってもらうぜ」


 そう言って下卑(げび)た笑いを浮かべた。

 随分とタチの悪い業者に捕まったらしい。

 李娜が隣で不安そうに私の腰に抱きついている。


 「…いくら払えばいいの?」

 「そうだなあ、全部で…銀12だな」

 「無理よ!」


 いくら何でも法外な値段だ。


 私は、二人の身なりにちらりと遣った目線を見逃さなかった。

 こいつ、相手を見て払えるぎりぎりを責めてるんだわ。


 払えば損。払わなければ、家まで入られて何もかも持ってかれる。



 そこで私は、ある案を思い付いた。



 「じゃあこう言うのはどう?」

 「あ?」

 「私は商家の娘なの。銀12を払わない代わりに、私がいい店の場所を紹介してあげるわ」


 店主がぴくりと動いた。

 興味を持った。


 「いい場所って?」

 「本通りの西側の角」


 本通りはこの街の中でも最も人で賑わう中心地。しかも、西側の角は警備官の駐屯所から死角になっており、きな臭い商売をしてもばれにくい。


 「…担保はあるのか?」


 疑うのも無理ない。

 当然私はそれに対する答えも用意していた。

 私はにこやかに微笑んだ。


 「そうね。じゃあ銀12を担保にしてもいいわよ」


 初めに金を渡しておき、場所を貸したら返してもらう。こういう約束にしておけば、私達は口先だけで逃げられない。

 ちなみに銀12としたのは、こちらが払えるぎりぎりであり、相手も原価を賄えないぎりぎりであるからだ。


 いい場所に店を置けば、ぼったくりのカモはもっとやってくる。


 相手は乗ってくるしかない。


 私は店主の目をじっと見つめる。


 「分かった。それでいいだろう」

 「交渉成立ね」


 悪徳店主は逡巡の末、頷いた。








 「あんな言い方したら足下見られるに決まってるでしょ!」

 「すまない」


 蕭衍に銀12を払わせ、私達は露店を去った。

 武邑にあの店がぼったくりであることを伝えると、しょんぼりしていた。


 蕭衍は言った。


 「しかし宋果、あんな約束をしてどうするつもりだ。あれはぼったくりなのだろう?」


 あれでは好条件過ぎる、と言いたいようだ。

 しかしそんなことはない。


 「まあ明日には分かるわ」


 私と手を繋いでいた李娜は意味が分かったようで、可笑しそうに笑っていた。


 カモ二人は仲良く首を傾げた。









 次の日。


 「さあここよ」

 「え…」


 本通りの中心街。外からの客も多く賑わう繁華街。これ以上ない立地だ。


 しかし。


 店主の目に映っていたのは。



 「蝋燭屋…?」



 そう、ここらでは最も大手の、老舗の蝋燭屋だった。



 「お、俺を騙したな!こんなの…詐欺だ!」

 「ぼったくり店主が何言ってんの」


 私は呆れてため息を吐く。

 私が紹介したこの場所は、最強の競合のど真ん前だったのだ。

 これではこの悪質な店は勝負できまい。


 「とにかく約束は守ったよ。じゃあ精々がんばってねー」


 私はひらひらと手を振り、颯爽とその場を立ち去った。

 真っ当な商売をしないことには、あの店はすぐ潰れるな。


 「宋果…そなたはすごいな」


 悔しそうな顔の店主を横目に、武邑は隣で素直に感心する。


 「たまたま、いい事を思い付いたってだけだよ」




 「師匠と呼ばせてくれ!」

 「嫌!」



 『打算のない市井』?そんなものは幻想だ。

 現実は打算と駆け引きがモノを言う世界。

 そんな世界で私は、打算に打算で立ち向かう。



 目を輝かせてまとわりついてくる皇帝を私は必死に追い払って、大通りをあとにした。





















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