第二話 遭遇
「はあああああ??」
明宋果、御年16歳。
元皇帝(他称)と遭遇したらしい。
「本来ならば庶民は皇帝に面会すら許されぬ。不敬であるぞ」
いや何でうちの隣家に皇帝がいるの?
普通に大混乱である。
大混乱の末に私が放った言葉は。
「あの、証拠」
「は?」
「証拠見せて下さい」
だった。
本物(?)の皇帝と出会って最初の言葉が『証拠ください』ではどうにも間抜けであるが、文句は受け付けない。
もう少しましな反応をしろと言われたって、無理がある。
男は逡巡した。が、皇帝(他称)が懐からひょいと何かを取り出した。
「これで如何だろうか」
手渡されたのは、明らかに凝った意匠の小刀。
そこには鳳凰と八雲の紋が入っていた。
「王家の紋章…」
言葉を失った。
政治に一切関わりのない少女さえ知っている家紋。
紛れもない、王家の象徴だった。
聞くまでもなく本物。商家の娘としてそれくらいの審美眼はある。
「この者が済まなかった。こやつは少し心配性なのだ」
本物らしき皇帝が謝る。護衛的な男を見ると、そっぽを向いていた。
態度が悪い。
私はむっとし、護衛に向けて言った。
「あのあんたさ、不敬って、この人もう王様じゃないんでしょ。じゃあ別に敬う筋合いもないし、皇帝じゃなくて『元皇帝』じゃん」
さっきの私以上に面食らう二人。
こんな喧嘩腰で喋られたことはないのだろうか。
護衛の顔がみるみる真っ赤になっていく。
「無礼だぞ!!」
「まあまあ蕭衍」
皇帝が護衛を宥めている。どっちが世話係だか。
「そなたの言う通りだ」
護衛に向けて舌を出していた私は皇帝を見た。
「私はもはや皇帝ではない。ここに来たのも、市井で穏やかな日常を送るためなのだ」
「穏やかな日常?」
「そう、穏やかな日常だ」
皇帝はしみじみと言った。
自分も自分の王国も、破滅に追いやられた割に飄々としている。本人はこの不運な境遇さえもあまり気にしていないようだ。
「私は今まで王として、気を張った生活を送ってきた」
皇帝は続ける。
「これからは、打算も何もない市井で、庶民らしく穏やかに暮らしたいのだ」
『打算のない市井』ね。
実際市井は打算の宝庫であるが、まあこれからの生活に希望があるのは良いことである。
「そうですか。それはごゆっくり」
そう言って帰ろうとすると、背後から聞き捨てならぬ会話が聞こえてきた。
「さて、ここには何もないが、家具などはどうしようか」
「そうですね。まずはこの辺りで一番腕の良い職人を探しましょうか」
「ちょいちょいちょい」
二人は振り向いた。
しまった。思わずツッコミ体質が出てしまった。
「え…もしかして特注ですか」
「良い職人を知っているのか?」
「家具を特注なんて、商家の嫁入りでもしないわよ!」
金銭感覚狂ってんのか。狂ってるんだな。
と、いつの間にか外に出ていた護衛が薪を持って小屋に入ってきた。そしてそれをそのまま…火鉢に焚べた。
私は目を疑う。
「炭がなかったのでこれで辛抱ください」
「これで暖まるな」
「ちょいちょいちょい!!」
火鉢に薪を入れるやつがあるか!
でっかい薪が火鉢に突き刺さっている。
言葉を失った。
壊滅的生活能力。
庶民らしい穏やかな生活を、というが、これでは無理だ。絶対に。
私は思わず叫んだ。
「薪を火鉢に焚べるな!炭は自分で作るんですよ!」
二人はきょとんとしている。
すると、皇帝が目を輝かせ始めた。
「すごい!そなたは詳しいのだな!」
私の手を両手で掴む。
「げ」
嫌な予感がする。
「もし良かったら、私達に庶民の暮らしをご指南願えないか?」
「はい?」
皇帝が護衛に同意を求めると、護衛はあからさまに厭な顔をした。
「こんな小娘が指南ですと…?」
「え、嫌です」
面倒くさい。
「そこを何とか!」
皇帝は手を離さない。
「ちょ、離してよ。やらないってば」
皇帝は上目遣いで懇願してくる。
う…顔が良い…断りにくい…。
「あ」
そこで私はある案を思い付いた。
「じゃあ、こういうのはどう?」
「?」
「一日一回私に小遣いをくれるなら、付き合ってあげてもいいよ」
「小遣い、とは?」
私は顎に指を当てて考え込む。
「お金でもいいし、美味しいおやつでもいいかも?」
「よし、乗ろう」
「我が君!」
「良いではないか、菓子くらい」
皇帝は快活に笑った。
交渉成立だ。兄弟達に横取りされないおやつの入手経路を確保できた。
「交渉成立ね」
私は片手を差し出した。
「私は武邑。宜しく頼む」
「宋果よ」
私達はしっかりと握手をする。
こうして私と元皇帝の『穏やか市井生活』は始まった。
「ところで蕭衍、茶はないのか?」
「最高級茶葉を買って参りましょう」
先行きは不安だが。




