第一話 王国の破滅と町娘
⚪︎⚪︎⚪︎年。王国は破滅した。
ここ二、三年で立て続けに起こった天災。それによる物価の上昇、飢饉。宮廷内の汚職に不祥事。
王家の忠臣達は生活苦に耐えられなくなった国民とともに謀反を起こし、ついに王家は王宮から追われたという。
…というのは、一介の町娘である私には正直、どうでもいい話だった。
私達庶民の関心は、米の物価高と租税をどこに納めればいいのか、それだけだ。
王様が誰であろうと、腹は減る。
このまま税がなくなってくれればいいのにな。
「宋果」
「何?」
「昨日隣の空家を貸した人。もう居るみたいだから、それ持っていくついでに挨拶してきてくれないか」
そう言って母は薪を指差した。
「分かったよ」
返事をしてなお動かない私に母は言った。
「…黒砂糖」
「薪代ね」
「…」
私は目でさらに催促する。
「……林檎も追加でどうだい!」
なかばやけくそである。
「挨拶代ね。まいどー」
「…やらしい子だね」
ぼそっと呟く声がした。こんな風に育ったのは誰のせいだっつーの。
私は裏口から外に出た。
うちは商家だ。家の表が店頭になっているので裏口が玄関の役目を果たしていた。
裏通りにはぽつぽつと乞食が転がっている。凍えて丸まっているものもあれば、死体もあった。
王宮での謀反からはや半年、もはや年の瀬である。寒さは飢えにまさっていた。
隣はすぐだった。
空家といっても小さな掘立小屋のような建物である。
この寒い中、建物の前の切り株に男が座って薪と斧を見比べていた。
よく見るとなかなかの麗人である。
「挨拶に来たわよ」
男が振り向いた。
「そなたは…もしや家主の?」
「ええ。あなた一人暮らし?」
妙な喋り方の男だ。それに何だか上品そうな顔付きと貧相な服装が不釣り合いだった。
「一人?というか…」
と、後ろの小屋からもう一人、男が出てきた。背の高い武人のような男だ。
「おい娘!」
突然怒鳴られた。
「庶民ごときが気安く言葉を交わすな!」
戸惑った。
何だこいつ。
「蕭衍…」
「この方は、時の頂国皇帝であらせられるぞ」
「は?」
は?
「はあああああ??」
…なんて?
王国の破滅は正直どうでもいい話……だった。
しかしこの瞬間、それは私の平穏な日常を揺るがした大事件となったのだった。
さらにいえば、のちに私が巻き込まれる壮大な王国奪還劇の前日譚となったのである。




