ついのすみか。 -03- // 2126年10月16日 PM14:15
そこは山間部。
ただし、平野部と山岳部をつなぐ地域ではない。
平野部の端に位置する。
徐々に標高の低い山が地表から顔を出し始める緩衝部である。
農林水産省的には、中山間地域に分類されるかも知れない。
ただし、気象庁的には、まだまだ平野部の天気予報手段が採用されている。
ともかく、日光山系などの高地帯から直接に吹き下ろして来る寒風の影響ならば控えめな、とても過ごしやすい地域である。
もちろん、海から遠く離れた関東平野の最北部沿いの地域であることから、冬季の日の出時に発生する放射冷却の影響からは逃れられない。
そんな気候の穏やかなたくさん生えている小山の一つ。
その頂手前には、小さな小さな住宅地がある。
小山の窪みの内側、底に当たる斜面の途中。
谷と呼ぶにはやや幅のある尾根と尾根の間。
山影に潜む様に、猫の額ほどの、極めて細やかな平地が開いてる。
とは言え、麓から見上げて、目を凝らしても そこにある筈の住宅は影も形も見えない。
何故か。
それがそこが山麓からは死角に当たるからだ。
住宅地の左右が、やや高めの弧状に膨らむ尾根で包み込まれている。
遠近法が自然の摂理であるならば、麓からの視界では、そこは尾根に完全に隠れてしまう。
また、遠く離れようとしても、しばらくすると隣の小山、そちらは山道もない雑木林で覆われている、が出現して、もし、いるとすればだが、そこを覗こうとする者達の進入を阻む。
そんな地理的事情で、外からはそこに確かに存在する筈の人間の暮らしの痕跡を知る術はない。
どうしてもそこを山麓から拝みたいと言うのならば、立ちはだかる尾根の手前にどうにかして、重力レンズで覗き見るしか手段はない(※)。
実は、その山麓からはどうにも見えない小山の窪地は、その斜面の上から下まで、そのほとんどが金木犀の林で覆われている。
そこは、既に里山の範疇ではなく、そこから、更にもう一歩か二歩も大自然の奥へと踏み込んだ山奥である。人間社会が生み出す喧噪と言う不愉快から確実に隔てられていると断言出来る。
そんな誰も住む人など居そうもない山奥でありながら、足を踏み入れると、秋季だけに限られるが突然に金木犀の花の香りに包まれる。
何も知らない者であれば突然の環境変化に、超自然的な畏怖を感じずにはいられない。
山中に突然出現する異世界感。気味が悪く感じない訳がない。
そこ。一般的な社会とは確実に一線を画す世界の存在を知る者達の数は、その異世界感漂う山奥の世界を『そこ』とだけ呼称した。それ以外に、適当な固有名詞が見当たらなかったからだ。また、新しい言葉を作る事も憚られた。
そこの存在を知る者の数は決して多くはなかった。それでも、そこの存在を知る、住民達にとってみれば、単なる『第三者達』が抱いている印象や認識を束ねて要約すれば、立ち入りを憚る『禁足地』であった。
ーーー可能な限り、足を踏み入れたくない。
その思いだけは『第三者達』の全員が共有していた。
だが、その限られた全員は、心情的に、明らかに二派に分けることが出来た。
まずは、最初の一派、日本人達。彼等は、そこを『魔女の家』に近い何か。所謂、『触らぬ神に祟りなし』的な、見て見ぬ振りに徹していた。
残り=日本人達以外の顔ぶれは、国籍的に多数に渡る。だが、彼等の心情は同様だった。
彼等は、そこが頂にある小山の周辺に何時の頃から穏やかに移住を始め、不自然さを醸し出さないペースで移住者の数を増やしていた。
まるで、何かの預言を与えられ、特別な何がしかの降臨を待ち望み、事の行く末を見守るために移住してきている節があった。
彼等には意気込みと覚悟があった様だ。だから、彼等は長い年月を掛けて、そこれこそ『二人』がそこへやって来る遙か以前から、ゆっくりと、確実に、近隣に住む古来の住民達との摩擦の発生を可能な限り抑制し、上手に中規模なコミュニティーを作り上げていた。
そんな彼等のそこに対する認識は日本人達とは明らかに違っていた。
ある者は『迷い家』、ある者は『隠れ里』と言った。そして、それ以外の、彼等の中では圧倒的な大多数の者達は、そこを精神的な『聖域』に準ずる『何か』であると認識していた。
彼等にも、『何か』がなんであるのかまでは明確ではなかった。だが、それでも、何かしらの神懸かり的な恐ろしさを感じ、そうでありながら、そこに魅了され、引き寄せられ続けていた。
日本人達と、多様な国籍に渡る彼等達は、等しく、「そこには気軽に立ち入るべきではない」を感じていた。
ただし、そう感じる理由は正反対だった。
前者のそれはそこに在る者達と可能な限り「関わり合いたくない」と感じていた。とても後ろ向き。ネガティブな理由があったのだ。
一方、後者の彼等達は、に在る二人と出来るならば「関係を構築したいが、やはり、恐れ多い」と感じていた。
前者とは真逆な、とてポジティブな心持ちで彼等は二人との距離を一定に保ち続けていたのだ。
つまり、大規模な脱税記録を見付けた税務署員でもなければ、そこに住まう『二人』の私的空間にまで、好き好んで土足で踏み入れ様とはしないと言うことである。
だから、そこは、一昨日も、昨日も、今日も、間違いなく平穏だった。そして、明日の平穏もほぼ確定済みであった。
もちろん、一昨日も、昨日も、今日も、大して新しい出来事はなかった。
きっと、明日も大して驚くことは起こらない。
尋ねて来る人もいないし、いなかったし、いないだろう。
何の出会いもない。しかし、それが良い。
そこには、過去の延長としてだけ存在する事が許される『未来』以外に発生を許さないと言う雰囲気があった。
そして、そこに住む『二人』にとっては、その有り様は、望み続けた末にやっと手に入れた夢の生活だった。
『二人』の間には退屈などは微塵も入り込む余地がない。むしろ、『二人』は、そこでの生活に、積極的に徒然を見出し、堪能してさえいた。
ーーーいとつれづれに人目も見えぬ所なれば。
何一つ不満など感じず、むしろこれ以上ないくらい満足していた。
『二人』はまさに、古典『源氏物語』に描かれている東屋のにおける描写に習った世界観に生きていた。
金木犀に囲まれたそここそが、『二人』が長いこと夢見ていた生活の現場。
その狭い平地に建つプレハブ住宅の玄関の所には、「私立会津高校小美玉校・学生寮118号室」との表札が掛けられている。
そのプレハブ住宅の前にあるささやかな庭には、東屋が置かれている。
その日の『二人』は、東屋の近くで、御揃いの、白のワンピースと言う装いで屋外作業に勤しんでた。
その動く度に、スカート、袖、襟元にあしらわれた繊細な麗糸、網目状の透かし模様が揺れる。
その麗糸は元・合衆国大統領が政界から完全に引退した後に、趣味が高じて立ち上げた工房の作品だった。
評判は上々だった。少なくとも、もっと前の大統領に縁があるファッション・ブランド"REFORMATION"よりは広く受け容れられていた。
ーーー少なくとも、創始者である元・合衆国大統領がアーリントン国立墓地へ葬られた後になっても、工房が消滅する兆しはない。
その工房の作り上げるデザインの特徴は、編み方こそ極めて繊細であったが、それも、大量生産を優先する機械編みを前提とした模様の連続で組まれていることだ。
決して、シルクを多用しない。綿と洗濯が容易な合成素材を中心に生地を編み上げていた。
おかげで、創始者が好んだ工房独自の質感には拘りながらも、価格がお手頃だった。
だから、ハンカチーフくらいならば、ちょっとだけムリをすれば少年が好いた少女へ贈るため購入出来る価格で販売されて出来た。
もちろん、富裕層向けの一点物の作品も取り扱っている。だが、そんなものは工房の主商品ではない。創始者が望んだのは、安価な大量生産品としての、麗糸趣味の普及。
ーーー麗糸趣味の民主化だ。
より多くの人々に、自分が好んだ麗糸趣味を伝えたい、広めたい、何より理解されたい。そう言う理想が後継者達にも色濃く受け継がれているのだ。
ーーー同工房の主要デザイナーや編み職人の多くは男性であった。
ここで登場する二着のワンピースは、世界中の麗糸好きが知る、何の変哲もないファスト・ファッション級の一製品に過ぎない。
何年か前のある日、『二人』にとっては行方知れずとなって久しい養父、或いは義父の名義で、大きな段ボール箱がDHL便で会津の旧邸へ送り付けられた。それら二着のワンピースは、その箱の中に詰められていた大量の可愛げな衣装の一部だった。
元・大統領がデザインした編み物、麗糸が遇われた二着の白のワンピース。それらは、周辺に隙間なく植えられている金木犀の、一年に一度だけ咲き誇る花々のオレンジ色が溢れる海を背景にすると、『二人』はまるで一枚の名作絵画の登場人物であるかの様に美しく見えた。
そして、白のワンピースに包まれた『二人』の影が動く様子は、何やらとても楽しげにも見えた。
『二人』を身体を包んでいる服装こそは細部のデザインまで同じだった。だが、それでも『二人』の見分けは簡単だった。
ーーー『二人』のそれぞれの背丈は、誰であっても一目で分かるほどに異なっていたからだ。
背丈の長い方は、おそらく身長170cmくらいの、肥満にはほど遠いが、健康的でよく引き締まった肉付きをしている欧州人風の少女。人種的にはおそらくは北欧系。亜麻色の髪が、アジア系と比べれば薄めの色素が散らされた肌色と良くマッチしている。
「よっこらしょ」と伸縮はしご兼用脚立をの足場を、一つ一つ丁寧かつ確実に伸ばす作業をしている。
背丈の短い方は、おそらく身長150cmくらいの、やや痩せ型の少女。少しばかり力を入れて叩けば、簡単に折れてしまいそうな程に華奢な腕が目立つ黒髪の、一目で日本人と分かる風体だ。
伸縮はしご兼用脚立が十分に伸ばされたと見ると、やや痩せ型の少女は柿取りバスケットが先端に付けられたアルミ棒を片手に、何の声かけも、躊躇もなく、弾みを付けて、とても勢いよく登り始める。
伸縮はしご兼用脚立の頂の先には、敷地内で唯一の異物。金木犀ではなく、柿の木が一本だけ生え、散り掛けだが枝には半分くらいの葉々が未だに残っている。
背丈の長い方は、脚立のはしごを駆け上がる背丈の短い少女の動きを完全に把握している様だ。それどころか、今よりも更に少し先の未来の動きまでを正確に予想出来ているらしく、背丈の短い方が左右の脚を交互に動かす度に移動する重心に対応すべく、伸縮はしご兼用脚立を支える両腕で加える力の分配を変え続けている。
見かけはかなり赤くなってはいたが、それでもまだ果肉が固いままのの柿が、また一つ、また一つ、柿取りバスケットで枝から捥がれてく。上にいる背丈の短い方が、下で脚立を支える背丈の長い方へと柿を一つ一つ手渡しする。
背丈の長い方は、手渡しで受け取った柿を少し離れたところ置いてある籠に向けて放る。
放るのは器用なもので、すべての柿が正しく籠の中へ収まっていく。
完璧な調和が二人の間には、いや、完全な連動関係が見られた。それは、きっと、二人が長く連れ添い合った結果であるに違いない。
事実、『二人』は、一秒先に、お互いにどう動くのか、何をするのか、何を目しているのか。それら全てを完全に把握し合っていた。
推測ではなく、単純に知覚していたのだ。
ーーーまるで、『二人』で一人であるかの様に。
そうでなければ、一つの魂で二つの身体へと宿っているかの様に。
この説明は現実と比べて、半分正しく、半分間違っている。
『二人』が擁する二つの生体脳ユニットは、どういう訳か量子もつれ状態にあるらしく、五感の全てだけでなく、表層意識のかなりの部分を共有していた。
互いが互いを完全に知ることが出来た。もちろん、だからと言って完全に理解し合える訳でもない。しかし、それでも何を見ているのか、何を聞いているのか、どんな味覚を楽しんでいるのか、それが痛いのか、心地よいのか、などなどの感覚をシェアし合えていたのだ。
その状態を維持したままで、『二人』は半世紀以上の長きに渡り、『一つの人生』を育んでいた。だから、慣れていた。おかげで、お互いに運動をかなりの部分で、共有、或いは依存出来ていた。
二人の動きは、共同作業は、まるで、一羽の鳥が二枚の翼を上手に動かして飛び立つかの様に、切り離す事の出来きそうにないほどに鮮やかに行われていた。
二人の間には、神聖不可侵な、断ち切り不能な引力が居座っていた。そして、その引力は、あまりに強く互いを結び付け、引き剥がし様のない程に強く癒着し尽くしていた。
決して、生まれた時からそうだった訳ではない。そうでなければならなかった訳でもない。だが、二人はこうなる事を好み、望んで選択し、そうであり続ける様に願い、その上でその状態が維持される様にと努力さえ払い続けていた。その結果、二人は独立した人間同士でありながら、すさまじいまでに同一に近い価値観を共有する一つの"ユニット"へと至っていた。
ここ一年は、思考行程の融合が一段と進み、互いの人格が溶け合うほどではないにしろ、分かれて過ごしているよりも、一緒に過ごしている方が自然である様に思えるほどだった。
こうなって来ると、もう他人=価値観を共有していない者との交流など望む事はない。二人の興味は、すでに二人以外の世界へは向けられては居なかった。だから、二人は世界の最後の日まで、このままで過ごしたいを願っていた。
ーーー二人に分かれているのは嫌だ。完全に一つになってしまいたい。
若い頃には適わなかった夢がついに叶ったのだ。だったら、運命が、つまり死が二人を分かつまで、その決定的な一瞬まで夢心地でのまま過ごしたって良いじゃないか。
「ねえ、ナヲちゃっん。やっぱり、柿の木を切らずにいて良かったね」
「そうだね。ハコちゃん」
「これから全部皮を向いて干さないとね」
「干し柿の味って、ナツメヤシとそっくりだよね」
「そうね。甘くてすごい美味しいでしょ?」
「食感も好きだな」
「私も好き」
言い合わなくてもわかり合っている。にも関わらず、言い合いを楽しむ。決して一人では味わえない幸福こそこれである。
無駄とか無駄ではないとかは考慮する必要がない。ただ、気が向くままに心地よい方向へ目指せば良い。目指し続けた結果が、今の生活である。
ここが二人が乗車する鉄道列車にとっての終着点であるのか。それともまだまだ途中駅であるのか。それはまだ分からない。しかし、乗客達にとっては、そんな問題への気付きすら、些細で無視が相当なイベントへの招待状だった。
ーーー今が楽しければ良い。
もう、この先、一度たりとも鉄道列車の乗り換えをするつもりはない。
子育て時代には決して選べなかった、極めて刹那的な生き方。たった二人ぶっちになったこれからの人生でならば、何か大きな成果を刻まなければならない若者には許されないかも知れない、そんな贅沢が許されるのだ。
『若者』を通り抜け、完全に人生の背後へと送り終えた者であれば、そんな好き勝手や無責任を貫き通すことが「許される」。二人が、そうであると決めたのだ。他の誰にも、会津に留まる親族であっても、二人の心中へ干渉する権利は与えられていない。与えるつもりもない。
柿取りバスケットが届くところになっていた柿は、ほとんど取り終えた。頑張っても収穫出来ない、バスケットが届かないとこえろになっている柿は、今後は野生の生き物の取り分として諦めた。きっと夕方には大小の鳥が集まって来るに違いない。そして、12月中旬までには柿の実は完全に啄み尽くされて、1月初旬には枝には実と枝を結ぶ蔕くらいしか残ってはいないだろう。
伸縮はしご兼用脚立から狭い平地へと降りた背丈の短い方、朝間ナヲミは擬体の頭部を動かして、僅かに実が残される柿の木を見上げた。
背景の空はとても青く、まだ残っている柿の葉と柿の実が際立って美しく見える。
ーーー来年もまた、この作業が出来ます様に。
そう願わずにいられない。来年も、その次の年も、そのまた次の年も。何度でも繰り返したい。
気が付くと、朝間ナヲミの小さな擬体を背丈の長い方、森 葉子が後ろから両腕で抱きしめていた。
「大丈夫。その願いは叶うよ」
まるで、見て来た未来を語るかの様に、森 葉子は揺るぎない確信を与える様に、自分の伴侶が漏らした素朴な願いを、全身全霊で全肯定した上で、更にそれを叶えてみせると宣言した。
朝間ナヲミはその強い想いに対して、ただ一言だけ返した。それは、返答と言うにはかなり方向が違った言葉だった。だが、それでも、真意だけはキチンと森 葉子へ伝わった。
「渋柿に、こんな使い道があったなんて、ここに来るまで知らなかったよ」
それを聞いて、森 葉子は、朝間ナヲミを抱く腕に込める力をほんの少しだけ強めてた。
ーーーそれは、きっと同意の印だったに違いない。
二人の秋はそうやって、つれづれと更けて行く。やがて迎えなければならない冬に向けて否応なく進んで行くのだ。
なお、翌日は、摘み取った全ての柿の皮を向いて、吊るし柿にして風に当てて干す作業を行う予定。
※= オレスト・フヴォリソン先生ごめんなさい。
次回は3月23日に公開予約を入れてあります。




