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ついのすみか。 -02- // 2126年10月16日 PM12:35

 福島県の会津盆地の片隅で、葬儀会場では末席へと身を追いやられながらも、次女の朝間 朝顔(あさがお)を何とか見送ることだけならば出来た。


 あの、身も心も震え切るほどに寒かった冬の日が終わってから、既に五年もの月日が積み重なっている。


 二人の母親にとっては、あの日が悲しみが一昔と括ってしまうにはまだまだ足りない。


『次女』の母親であった者達に限ればその通りではない。断じて。


 だが、あの葬式に参加したも者達の多くにとっては、その五年と言う時間は「気が付けば」とか「いつの間にか」と言う感じで勝手に過ぎ去ったと感じているだろうことが疑い様はない。


 彼等にとって、この五年間は、積み重なりなどせず、ある作業(・・・・)に没頭していたら単純に過ぎ去ってしまっただけなのである。


 しかし、とは言え、それでも。活気を伴って『現在』を生きざる得ない者達には、『過去』を反芻しながら生きなければならない者達の都合など、些末な障害に過ぎない。そんな余裕などないのだ。


 会津盆地を中心とする地方社会は、周辺地方や大都市圏との熾烈な競争に常に曝されている。もし、競争に敗れれば、祖先から代々受け継いた社会の繁栄が根こそぎ奪われてしまう。


『現在』を生きる者達は、『過去』を反芻しながら生きる者達と違って、社会を維持すると言う重い責任を背負わされているのだ。


 であれば、「地を這う(あり)達を踏む心配をしながら渡れる荒野などありはしない」とばかりに、些事には気を取られることなく繁栄維持に向けて前進し続けなければならない。


 ーーー悲しみであっても、それが自分達の共感の外側にあるのならば知った事ではないとばかりに。


 いや違う。そこに悲しみがあると気付かない。気付かないふりをする。見て見ぬ振りをする。


 不寛容ではない。悲しみの存在に、気付きさえすれば寛容に接することも出来たかも知れない。しかし、興味がないので悲しみの存在には一切気付きもしない(或いは誤差の範囲内とか、些細な我が儘であると見なして過小評価する)。だから、そこに悲しみがあることに(大っぴらには)気付きもせずに情けも容赦もなくあくまでも作業として踏み潰して進んでしまうのだ。


 ーーー最初から、悲しみなど自分達の社会(身の回り)には存在しないとばかりに。


 興味がない=無関心。それこそがこの言葉が体現している、無慈悲の本質であるとしか評し様がない。こそこそが我々の極身近に存在する煉獄の有り様である、


 愛の反対は無関心と言う。つまり、興味=関心=愛がなければ、寛容などその一切が発揮される余地がないのだ。


『次女』の母親が過去の幸福と不幸を反芻する日々を送るっているに関わらず、ここ(・・)から遠く離れた会津盆地の社会では、たった五年間もの極短期間で、『次女』ではなく(・・・・・・・・)あの人達(・・・・)にとっては『故人』(・・・・)に関する公的記録(有権者の認知)ねじ曲げる(故意に誘導する)ことに成功しつつあった。


 それは、20世紀に生きた日本人にとっては。疑う余地のないほどに道徳性を疑いたくなる非道。しかし、21世紀に生きる日本人達は、躊躇することなく作業に取りかかり、最後まで手を緩めることなく、(つい)には成し遂げた。もちろん、(たぐ)いの(たゆ)まぬ努力を続けた結果としてだ。


 ーーー純然たる事実を押しのけて、創作した物語をそこへ落とし込む。


 時代や価値観が変わろうと、それ(・・)は決して容易な作業ではありえない。何故ならそれ(・・)は、既に過ぎた時代の流れを上書きするがごとき暴挙であるからだ。だが、暴挙ではあっても、注ぎ込むべき意思と資金と時間さえ惜しまなければ決して解決出来ない障害は伴わない。


 それ(・・)を、難事をやり遂げたと一事に関してのみならば、高く評価しても良いだろう。

 

 努力に善悪や貴賤がないのならば、それ(・・)もまた努力の結実と評すべきなのだろう。だいたい、20世紀に生きた日本人の価値観で、21世紀に生きる日本人の価値観を図るとも言いがたい。我々は中世欧州の価値観を現代の価値観でスッパリと切り捨てている。『した事』は必ず『され返される事』になる。


 ーーー因果応報。歴史と共に成立したこの応酬は、歴史が終わる瞬間まで連鎖するに違いない。(※1)


 その覚悟がないのならば、他人の価値観を気軽に批判してはならない。これが人間社会の大原則である。もちろん、これに気づかずに生まれて没していく者達が大半(マジョリティ)ではあろうが。


 気付こうが気付くまいが、そこにあるのは純然たる事実。社会の法則。人類の誰一人としてこの怨嗟の鎖(関わり合い)から逃げ切ることは出来ない。もちろん、この社会が抱える負の側面に対しても、また、存在や影響に気づかずぬままに生まれて没していく者達が大半(マジョリティ)ではあろうが。


 深淵とやらは、こちらからわざわざ(・・・・)好んで覗き込まなければ、決して覗き返されることもないのだ。


 21世紀に生きる日本人の価値観を共有する者達は、歴史的事実、人々の認知状態、そして将来的に共感すべき認識の有り様を書き換えた。


 朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)の次女として育った朝間 朝顔(あさがお)と言う人物を消し去った。代わりに、万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)の唯一子として生まれた万条(まんじょう) 朝顔(あさがお)と言う人物を新たに生み出し、或いは召喚した。


 確実に存在した筈の朝間 朝顔(あさがお)の人生は最初からなかったこととされ、非実在人格(想像の産物)である万条(まんじょう) 朝顔(あさがお)物語(・・)へと上書きされた。


 何故その様な非道が強行されたのか。その方が政治的にも、経済的にも、それ以外の都合的にも、2126年10月に彼の地で生きる者達、或いは彼の地の社会を支配する者達にとってもっとも最適解に近かったからである。


 それは、『次女』の母親であった者達の手によってではなく、『故人』の、特別に縁の深い遺族達の手によってである。しかも、粛々と、だ。


 ーーー全ては、朝間 朝顔(あさがお)にとっての、たった二人しかいない母親達には(あずか)り知らぬところで。


 つまり、朝間 朝顔(あさがお)と単なる『故人』として扱いう旧世代=二人の母親達の都合を無視する新世代=子孫達にとって、それは福音であり、それは一方的に都合の良い結果を誘導・誘因する為の布石だった。


 例えば、会津盆地を中心とする社会では、今や、この流れに反対する者達は、旧世代=朝顔(あさがお)にとっての二人の母親達しか残されていなかったからだ。


 当然の結果として、新世代=子孫達は支払った努力の報酬として、会津に建てられた朝間 朝顔(あさがお)の墓標を望む形で描き(・・)終えた。朝間 朝顔(あさがお)の存在を後世へと語るべき霊標の俗名欄には、彼女の本名である「朝間」の名字は彫り込まれることはなかった。


『故人』がそれを願いながらも。


 情けない事に。


『故人』の素朴な願いは蔑ろにされた。


 代わりにと言っては何だが。


 墓標には『故人』が生前に選んで名乗った本名ではなく、「万条(まんじょう)」 の家名を伴う形で、「万条(まんじょう) 朝顔(あさがお)」と彫り込まれていたのだ。


 また、遺伝子面での母親、ある意味、『故人』にとっては三人目の母親とも言える万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)の左横に、まるで、並び立つかの様に彫り込まれていた。


 これが一体どういう事なのかを詳しく説明すると、朝間 朝顔(あさがお)の遺骨は、(もり)家が用意してあった墓地ではなく、万条(まんじょう)家が菩提寺に有する巨大な墓所の一角に納められたのである。故人が明確な意思を示す公式文書を残していなかったが為に、主相続人が自らの意思で行動出来てしまったせいだ。


 それを決めたの主相続人は、二人の母親にとっては初孫に当たる、朝間 朝顔(あさがお)の長女であった。表向きには長女の希望と言う言い訳で押した横車だった。


 しかし、事情を少しでも知る者であれば、そこに本人の意思ではない何かが働いたとしか思えなかった。つまり、朝顔(あさがお)の長女や結婚相手の強い意志と言うより、嫁ぎ先の万条(まんじょう)家それ以外の者達の意思、都合、思惑、政略の結果である事は明白だった。


 朝間 朝顔(あさがお)にとっての戸籍上の(・・・・)両親である朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)の二人は、葬式が終わってから既に5年たった今現在でも、未だに次女の墓の扱いがそんな風になっているとは知らなかった。正確には、故人(の遺骨)の取り扱いについての詳細が、一切伝えられていなかったのだ。


 ーーーそれは一周忌に続けて行われた「納骨式」への参加を、一切打診されなかったことでも明らかである。


 驚いた事に、故人の両親へは秘密裏に実行されたのだ。


 四十九日の法要以後、二人の母親の戸籍の源である(もり)家と、孫(朝顔(あさがお)の娘)が嫁いだ万条(まんじょう)家の新世代との交流は、今となって完全に途絶えてしまった。


 万条(まんじょう)家の新世代は、自分達が作り上げた「鬼の居ぬ間」的な状況を利用して、朝間 朝顔(あさがお)の二人の母親へは何の相談をすることもなく、故人となった朝間 朝顔(あさがお)に対する色々(いろいろ)な(あれ)(これ)やを好き勝手にやり尽くしたのだ。


 具体的には、それは、故人の人生を、死を境に、私物化し、その価値を最大化する。何故か。それを最大の何かと引き換えに売りつける為である。


 これらの行為を政治や戦争の世界で行う場合、ある者は、それを現実的或いは理知的と評す。また、一般社会で行う場合が、それを非道徳的と評す。


 だが、今回のケースに限れば、世間の大方は前者である場合が多い。


 何故か。故人の人生を、私物化し、その価値を最大化しなければ、朝間 朝顔(あさがお)の人生が、経済的に無価値となるからだ(もちろん、故人にとってではなく、一部の遺族にとってである)。


 一般社会的な作法に拘ってしまうと、歴史的に高く評価されるかも知れない。道徳的に高く評価されるかも知れない。しかし、実入りがゼロになってしまっては困るのである(もちろん、故人にとってではなく、一部の遺族にとってである)。


 そして、22世紀の日本国では、経済的な利益の獲得を、社会的な道徳に沿う清貧よりも、尊いと感じる国民がかなりの割合を占めつつあった。身も蓋もない事は承知した上で、やっぱり利益を最大限に享受したいと願わずにはいられなくなっていたのだ。


 いや、元々そう言う日本人は多かったのかも知れない。21世紀も22世紀もそう変わらないのかも知れない。一つの仮説によれば、21世紀には道徳を無視したいと感じても、それを敢えて実行する事が(はばか)られた。しかし、22世紀になると、現実世界での利益をより追求する事の正しさも認めよう、と言う多用な価値観への配慮や尊重すべきと言う風評が支配的になっていた。


 ーーー屁理屈さえ通せれば、資本主義的欲求に身を任せても構わなくなりつつあるのだ。


 それは、世界最初のオークション会社「サザビーズ」が、22世紀になっても、グローバルなビジネスから過去最高利潤を上げ続けている事でも、裏付けられつつある。


 ーーー2千,568年前(※2)に涅槃体験を終えた釈迦(ゴータマ・シッダッタ)ゆかりの宝飾品でさえ、オークションへの出品が検討させるのだから。


 故人となれば、もう人権も消失したとばかりに、一部の遺族の嫌悪感や違和感もまとめて、一網打尽的に完全否定されてしまう。朝間 朝顔(あさがお)であっても、例外ではあり得ない。ただ、それだけの事である。


 だから、(もり)家と万条(まんじょう)家の新世代も、そう悪気があってやっているつもりはないのだ(二人の母親が「出しゃばって来ないと楽でいいな」くらいに不埒な考えはもっているだろうが)。彼等には彼等なりの常識があり、未知とは言え、きっと教示さえも持ち合わせているのだ。


 社会の常識が変わったと考えれば、二人の母親が一連の流れに対して、過去の価値観に拘って、徹底的に抵抗する態度を見せたとしても・・・味方をしてくれる日本人はそう多くはないだろう。


 何より、味方する(・・)しない(・・・)を選ぶ事が出来る一般的な日本人には、故人の人生を、死を境に、私物化し、その価値を最大化する事で得られるメリットから漏れ出る、経済的なお(こぼ)れに授かれると言う目算もある。


 他人事であれば、或いは他人事と思えれば、例え(わず)かであっても、お(こぼ)れに授かれなさそうな(・・・・・)方よりも、授かれそうな(・・・)方を支持するのは当然である。


 ーーーWe are the Borg. Resistance is futile.


(我々は新人類(Borg)だ。抵抗は無意味だ)


 そこに人間性は皆無だし、求めることも出来ない。損得勘定があるだけである。


 資本主義社会であっても、社会主義社会であっても、共産主義者の社会であっても、葬式の前後では、むしろ人間性をかなぐり捨てて、実利を取りに行く者の方が勝利者となれるし、される。少なくとも、嫁と言う生き物は自らの夫にそれを求めるものである。


 二人の母親は、その辺りの動きはある程度は予測していたが、抵抗そのものが無駄であると理解していた。また、新世代には新世代の生き方があるので、自分達の道理に則って、邪魔立てするつもりはなかった。


 これらの人間、と言うか、人々にとっては、故人が死ぬ前はあくまでも準備期間。死んでからが本番となる。少なくとも、(もり)家と万条(まんじょう)家の新世代にとっては、そうである様だった。対照的に二人の母親はそちら側に属さなかった。二人の母親にとっては、故人が死ぬ前が全てであり、死んでからは何もかもが終わりで、手遅れであった。


 その身の浅ましさを隠すこと事なく、野獣の様な、或いは人道に反する所業の数々。その様は二人の母親の常識を圧倒し、精神を押しつぶす事に成功した。


 もちろん、二人の母親の方には法的に戦うと言う道は残されている。そして、地元の名士である万条(まんじょう)家を敵に回して戦ったとしても、少なくとも良い勝負にはなると見込まれた。


 しかし、そんな骨肉の争いの勃発を故人が知って喜ぶとは思えなかった(死後には知り様もないが)。そして、故人の遺伝的な母親、三人目の母親だって、子孫達が繰り広げるそんな阿鼻叫喚から目を()らしたいに違いなかった。


 だから、価値観的なマイノリティーへと堕とされた二人の母親は、すべてから手を引いた。身を退いた。(もり)家と万条(まんじょう)家の新世代が信じる、新しい正しさに則って進める「葬送」を見守らない事にした。


 ーーー悟りの境地。


 絶望が救いを導き出す事もあると言う一面が、悟りであったとしても何の不思議もない。


 ただし、悟りの副産物(side effects)として、二人の母親は、俗事全般に対する興味を相当に失っていた。


 具体的には、共に、食う、寝る、語り合う。残りの人生は、本当の最後の瞬間が訪れるまで、二人でそれらを追求し続けたいと願ってた。


 朝間 朝顔(あさがお)は老衰で亡くなった。


 二人の母親は経験を通じて知っていた。


 ーーー人間は死んだ人物とは絶対に関わり合えない。


 もし、関わり合いたいなら、興味の対象である人物が生きている間に関わり尽くす(・・・)ことが必須である。逆に考えれば、人間が亡くなれば、完全に関わり合いを失う手段が失われてしまう。だからこそ、生きている間こそが「花」なのだ。


 誰かに、やりたい、やってあげたい、したい、してあげたい事があるならば、相手が生きている間にやり尽くし、終える努力をすべきだ。それを、相手が生きている間にするべき事を出来なかった様な半端な輩へ堕ちるべきではない筈なのだ。


 ーーー馬鹿でなければ、こんな事は他人に言われるまでもない常識の範疇だ。


 しかし、だ。どういう訳か。だいだい、大多数の人間は、相手が大切だとか口では言いながら、故人が生者である(うち)は、故人に対して大して気を使いもしない。その末に、とうとう命が危ないと担当医からの忌憚のない所見を聞かされても「まさか」などと言って、決して急がず、対応を後回しにして、目前の些事に振り回され、病室を訪れて別れの挨拶をしようともしない。或いは、思い付かない。


 しかし、そんな輩は故人が死者となった途端に多弁になる。「あの人は良い人だった」や「もっと優しくしてあげれば良かった」などと訴え始める。そして、自身は死者に対してとても「気に掛けていた」とのたうち回り、生者だった頃に本当に「気に掛けていた」者に文句を言い始めたりする。


 不貞不貞(ふてぶて)しくも「どうしてもっと優しくしてあげなかったんだ」とか適当な思い付きで非難したり・・・。


 二人の母親は、故人に対して「どうしてもっと優しくしてあげなかったんだ」と非難される方に該当していた。そして、彼女たち二人(と長女の向日葵(ひまわり))以外の新世代の親族は、非難を始める勇気を持ち合わせなかった。何故なら、故人に対して十二分に介護していた事は、誰の目にも明らかだったからだ。


 だが、それでも、責めずとも、彼女たち二人を除け者扱いする事は厭わなかった。


 主観ではなく、客観で考えれば分かるだろう。死者になってからでは、如何に多量に気に掛けたとしても無駄である。どうやっても故人へはどんな想いも通じない、伝わらないのだ。


 しかし、新世代の主観で考えれば最適解はこうだ。


 故人が死者になってからが、如何に多量に気に掛けるかの勝負が始まる。


 しかし、二人の母親はこう考える。


 故人が死者になってからでは、如何に多量に気に掛けたとしても無駄である。どうやっても故人へはどんな想いも通じない、伝わらない。ただし、それでも、遺族達へは伝わる。まあ、そう言うことなのだ。


 二人の母親と新世代の親族は価値眼が真逆である。


 新世代の親族にとって、


 ーーー故人よりも生者の方が大切。


 文面だけ見れば、至極まっとうな言葉である。


 ただし、新世代の親族は、これを極めて下賤な意味で理解、実践する。


 ーーー故人よりも生者(遺族)なのである。


 故人の立場で考えれば、生きている間に世話を焼いてくれる二人の母親の接し方こそが、新世代の親族の振る舞いよりも好ましいだろう。当たり前だ。死んだ後はこの世のことは、故人であっても何も関知出来ない。死んだら驚いたんて事は多分ない。だから、良心や恩を関知出来る状態=生きている間にこそ優しく接してして欲しい。


 しかし、真逆な価値観はある。具体的にはこうだ。


 遺族の立場で考えれば、故人にいくら優しくしても、死んでしまえばそれ以上何の見返りも期待出来ない。しかし、これからずっとこの世界で生き続けるだろう遺族であれば、葬式から始まるアピール・タイムで、自分が如何に故人を愛していたかとか何とかを訴えた事を覚えていてくれる筈だ。それによって、評価が上がり、相続分の分け前が増えたり、相続物の選択を有利に進められるかも知れない。


 二人の母親の見立てによれば、新世代の親族にとっては、朝間 朝顔(あさがお)の死は「始まり」であって「終わり」ではない。より実入りの大きな「始まり」とするが為に必死になっている様だった。


 若者にはそれで良いのかも知れない。若者には「若さ故の過ち」を認めない権利がある(単に過ちに気付かないだけなのだが)。しかし、老人にとって、若者の様な振る舞いは余りにも赤裸々が過ぎて、とても同調など出来る筈もない


 だから、完全に身を退()く事にした。ネコはネコの様に考え、カラスはカラスの様に考え、魚は魚の様に考える。そう言う見地になってみれば、何事も「詮無きこと」と見切りが付けられる。


 世の中には、関わり合うべきではない社会や世間と言うものは確実に存在する。


 二人の母親は、次女の死を通じて、この世界の世知辛さを余るところなく味わった。


 かつて、どこかの国の偉い政治家は、暗殺される直前に「話せば分かる」と、暗殺者に対して話し合いを申し出たそうである。しかし、暗殺者達は「話し合い」を拒絶し、早々に彼等が「聖なる行為」と信じる作業を終えてしまった。


 この一件を通じて学べる知恵は一つ。


 ーーー不平等。或いは主導権の一方的な喪失。


「話し合い」は全てを解決出来るのかも知れない。しかし、「話し合い」をするかしないかは、少なくともこちら側にはない。それを決めるのは絶対的にあちら側に委ねられるのである。


 つまり、こちら側が一方的に「話し合い」を熱望しても、全くの無駄である(唯一の例外は、拒否した場合に被る耐えられない程の報復をチラ付かせた場合である。皮肉なことに武力的に圧倒的に有利な側にしか、有効な「話し合い」を行えない)。


 まず第一に、「話し合い」をするかしないかは、「話し合い」を望まれた側=あちら側が全ての主導権を握っている。「話し合い」を望んだ方は、一方的に「話し合い」を始めようと懇願するしかなくなる。


 何故なら、「話し合い」の重要性と言うものは、気付いた方の立場が一方的に弱くなると言う致命的な問題を内包してるからだ。マクロな視点を持つ者は、ミクロな視点を持つ者よりも確実に選択の幅が狭くなり、選択の過程が複雑化してしまう。


 これでは絶対に勝てる勝負もなかなか勝てなくなってしまう。


 ーーーまるで、理想的な父親が愚かな愛娘の我が儘を前にして、ろくな顛末にはならないと見通せていながら、必ず押し切られてしまうかの様に。


 実際、こちら側の立場は、完全に"まな板の上の鯉"の状態である。


 ーーーまるで、現実主義者が理想主義者をと対峙すると、短期的な勝負では絶対に守勢に回ってしまうかの様に。


 だから、人類は「話し合い」よりも「殴り合い」を好む。当然だ。その方が一見、有効性が高いように見える。


 だいたい。争いの解決や主張の調整を「話し合い」と言う理性に、全面的に訴え続けると言う信念は、間違いなく非常で非情な不平等を「話し合い」を望んだ側へもたらす(唯一の例外は、「話し合い」を望んだ側が、もし「話し合い」を拒否した場合に許容を超える報復をチラ付かせた場合だけである。以下略)。


 赤子の頃から育て上げた次女を永遠に失うと言う辛い経験を通じて、二人の母親は、自分達の価値観と現代社会との間にあるズレの大きさ=世間と言うものの理不尽さを体験し、学び尽くした。その「学び」は、諦め(諦観)ではなく、悟り(開悟)をもたらした。自らの幸福だけを純粋に追い続ける事の大切さを再確信させた。


 ーーー自らの生き方くらいしか、彼女たち二人には自由になるものがなかったのだ。


 子からつながる子孫であっても、同じどころか、近い価値観の共有すら覚束ない。子孫達に自分達と同じ価値観の共有を強いることは出来ない。かと言って、自分達の価値観を子孫達に合わせることも出来ない。


 ならば生きる道を(たが)うしかない。子孫は子孫の望む人生を歩んでいけば良い。同様に、自分達は自分達が長い間培ってきたままの人生を歩み続ければ良い。


 結果として、二人の母親達は、「話し合い」と言う制するのが困難な勝負を捨てた。自分達の幸福の追求以外の全てを些事として切り捨て、その実現の障害となるならば躊躇なく切り捨てねば(或いは切り捨てられねば)ならないと言う覚悟を持って、末永くその意思を実践・追求すべきと確信した。


 Fhánaはこう歌った。うろ覚えだが・・・。こんな感じ。


 ーーーそうさ絶対汚せないわたし(たち)だけのストーリー。


 ーーーなんて妄想? ばかりじゃない?


 ーーーきっと安らぐ場所が見つかる。


 ーーー今その鍵を手にして


 ーーー誓いを交わし


 ーーー物語の扉を開けよう


 もしかしたら、二人の母親達は折角手にした鍵を使って、物語の扉を閉じたのかも知れない。開けるのではなく。


 しかし、その判断、或いは決断が間違いであるとはどうにも断じがたい。


 ーーー溢れるほどに宝石のような言葉


 ーーーちりばめていたはずの世界


 つまりは、自分達の生きる世界。価値観を穢されたくないならば、そうするしかなかったのかも知れない。


 やや強引で、生き物としての道を踏み外し気味な信念を、たった四本しかない自分達の腕で強く抱きしめさせた。


 そうやって、二人の母親が共有し合う信念は、決して揺らぐ余地のない強固な価値観となり果てた。


 ーーー世間とのつながりを全て失う事も厭わず。


 自分達の人生の終点がいつになるのかは解らないが、それでも後悔することなく我らが道を行きたい。そう言う、極めて人間らしい欲求に、極めて素直に従うと言う生き方の選択を行い、貫く所存であったのだ。


 朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)婦々(ふうふ)は、朝間 朝顔(あさがお)の四十九日の法要へ参加(・・)した直後に、慣れ親しんだ会津地方を後にして久しかった。


 長女である向日葵(ひまわり)と次女だった(・・・)朝顔(あさがお)を育て上げた「実家」を遂に畳んだのだ。そして、会津地方とは違って冬期になる度に長期間にわたって路面の全面凍結し続けることのない、より温暖な地へと移住を敢行した。


 その方が、特に全身擬体保持者である朝間ナヲミの、クオリティオブライフ(擬体の安全)を高める上(を図る上)で好ましかった。


 それに、長く生き過ぎた事実がもたらす弊害であるが、故郷には、既に共に青春を過ごした友人が誰一人として残されてはいなかった。皆、鬼籍入り済みである。二人には、既に、送るべき友人が人界にはまったく見当たらなくなっていたのだ。


 ーーー高校時代の同窓会を開こうにも、毎日、朝から晩まで共に居る相方以外を招き様がなかったのだ。


 そう言った覚悟の上で、二人は、慣れ親しんだ会津を捨てて、土地勘もない栃木県南部の、金木犀(きんもくせい)が途切れなく生い茂り、その芳香で包まれた、人里から少し離れた小山(丘陵)の上へと移り住んだ。


 高校生の頃に住んでいた生徒寮、古い、とても旧式のユニット資材(短期仮設住宅)を流用したプレハブ建築仮設住宅を組み立て直して、まったく新しい人生を歩み始めていた。

※1=  連鎖が断ち切られてなお子孫が社会を存続させていると言うならば、そこにいるのはホモサピエンスではなく新たな人類種であると断言出来る。


※2=  諸説あり。2025年を起点に計算。

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