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ついのすみか。 -01- // 2126年10月16日 PM12:30

 栃木県の南端部、JR東日本・水戸線笠間駅と真岡鐵道・西田井駅、更に同鐵道・笠間駅を頂点とする三角形の内側。


 その周辺は、関東平野台地と東北高原台地の境目に属している。或いは、そう言った地理的特徴を兼ね備え、(あまつさ)えそれらの断絶をも醸し出している。


 地形的特徴の断絶とは、地の果てまでも続いていそうな平野地帯から、上っては下りるが永遠に続きそうな丘陵地帯へと、風景が完全に切り替わる(一転する)と言うことである。つまち、それぞれの異なる特徴同士の始点であり、また、終点でもあるのだ。


 実際、該当地域を貫く国道4号(バイパス線)を北に向けて(下り方面へ)運転していると、この辺りから、最初は車窓からは遙か遠くに見えていた筈のぽっこり盛り上がる多数の丘が、車線の左右に向けて徐々に近付き始める。


 やがて、国道4号(バイパス線)は一つ目の丘へと直進する進路を取り、一つ目の丘を登り始め、その後に一つ目の丘を降る。次は二つ目の丘。その次は三つ目の丘。登り降りと言う単純作業を幾度と(こな)すと、いつの間にか、国道4号の左右だけでなく、前後にまでが、山だらけになっている事に気付かされる。最後に周囲へ隈なく視線を送ると、低いが切れ目のない尾根と尾根に完全に囲まれている事に驚かされる。


 実のところ、この日本国の全国土において、山岳地形とはありきたりである。むしろ、「平野」と呼ばれる平たい地形こそ希である。関東平野台地以北の本州であっても、ほぼ全域が山岳地形となっていると考えて差し支えない。


 ーーー都市開発が容易な平野台地など、山岳地帯の切れ間に数えるほどしか存在してくれないのだ。


 実は、関東平野台地の様な広大な平地と言うものは、日本国では極めて希な地形である。東京首都圏に生まれて、そのままずっと暮らし続けると言う運命に恵まれた(地方暮らしを知らない)人々(都会人)にとっては意外かも知れない。


 ーーーてめえら。社会に出る前に一度くらいは地学をきっちりと学べ(地学の応用範囲は数学と等しく銀河系レベル。太陽系を遙かに超える)。


 やはり脱線してしまった。KRL・Seri203直流電車が複線ドリフトするに等しい激しい暴挙を始めてしまう前に、話の筋を本線へ戻そう。


 栃木県の南端部の、まだまだ全域の標高が低いが、掃いて捨てるほど多数に盛り上がっている多数の小山(丘陵)の中の一つ。その頂上から流れ出る一本の尾根の横、不規則な(黄金比的)放射線状に伸びる尾根と尾根の切れ目とも言える、いわゆる「隙間」に、ぽっかりと開かれたように、小さな小さな堆積地形が目立たない形状で存在する。


 おそらくは、遙か昔に、最低でも過去5千000年くらい前に、尾根から流れ落ちて来た土砂が溜まって完成した(・・・・)地形なのだろう。尾根付近にはこれ以上流れ落とせる様な土砂の余裕は残されていない。だから、豪雨のよる将来的な土砂災害による地滑りや土砂崩れなどは一切心配する必要がなさそうな、(ここが高地登山の現場であれば、)ビバーク向けのポイントと評価して差し支えないだろう。


 そのポイントが認知されたのは、結構以前のことである。公文書に残る最古の記述は栃木県が保存している議事録に見付けることが出来る。


 1980年代のバブル経済繁栄期に、そこに県運営の青年教育用の宿泊センターを建設しようと言う計画も持ち上がったのだ。


 測量が完了し、初年度の事業予算までの獲得までは話が進んでいた。


 だが、その直後にバブル経済崩壊期を迎え、計画は延期に延期を重ね、いつの間にはそこだけでなく、周辺のレジャー開発計画全体が「蒸発」してしまった。


 きっと、バブル経済崩壊の「華」。壮大な廃墟で有名な「清里化」の二の舞を恐れた結果だろう。


 その後は、周辺で岩石や土砂の採掘場などが開発された。しかし、21世紀中盤にはほとんどの企業が廃業していた。


 そして、現在に至る。


 現在=バブル期終焉から約150年後に当たる2126年10月。


 かつて開発されかけた、小さな小さな堆積地形のポイントは、周辺の森林地帯とは明らかに異なる植生が一目で見て取れりほどに様相を変えていた。


 その一帯だけ、目を見張るようなオレンジ色で覆われていたのだ。紅葉期には一月ほど早い。にも関わらず強烈なオレンジ色に染まっている。


 オレンジ色の正体は金木犀(きんもくせい)である。


 どう見ても人為的な作業の結果である。


 小山(丘陵)にある、小さな小さな堆積地形の全体が、尾根の隙間の窪の様に凹んでいる地が、金木犀(きんもくせい)一種のみに限定されて、全面的に植樹されている。植草相は、周辺のそれから完全に隔離され、その徹底した隔離状態がそれなりの期間に渡って保たれのだろう。


 その金木犀(きんもくせい)は、たった今、去年からつらつらと待ちに待ち、暑さ寒さに耐えに耐えた結果、とうとう、年にたった一度切りしか訪れない開花期、それも絶頂(ピーク)を迎えている。


 金木犀(きんもくせい)の小さな花々が咲き乱れ、素晴らしい香りを辺り一面にまき散らし、それが植草相どころか、周辺の幸福度指数を爆上げしてしまっている。


 金木犀(きんもくせい)のオレンジ色の小さな花々は薬用になる。しかし、それよりも人類にとって重要なことは、その枝に撓わに実る(・・)小さな花々は、素晴らしい香りを放つ事で人類の幸福度を上げてくれる。そうやって、我々の周辺の生活環境を陰に表に支え、彩りを与えてくれている。


 金木犀(きんもくせい)の花々は、とてもとても甘く甘く香り薫る。だが、それでいて花梨(かりん)の実の香りの様にしつこくはない。長い時間嗅ぎ続けて気分や健康を害する心配は絶対にないし、強い刺激によって嗅覚が一時的に麻痺してしまう恐れもない。


 金木犀(きんもくせい)の香りに対する評価は、「芳香」である。(まさ)に称えるに相応しい。


 もし、小さな小さな堆積地形が、周辺よりも少しでも盛り上がっていたなら、金木犀(きんもくせい)で覆われた丘の素晴らしさはかなりの遠方からでも見止められただろう。


 しかし、そうはならなかった。


 ーーー幸か不幸か。


 小山(丘陵)の小さな小さな堆積地形は、尾根の隙間に出来た、広義に捉えれば三角地、または窪地、或いは盆地であった。だから、そこを取り囲む尾根の縁まで近寄らなければ、その素晴らしい光景と芳香に、不意に、見舞われることは適わない。


 また、この尾根へアクセス可能な地上部、丘を取り囲むいわゆる「縁」に当たる平野部は、チベット系仏教のドゥク派が運営する宗教団体がほぼ全域を買い上げられている。その丘を取り囲む様に、寺院や仏塔を中心とする修行僧を受け容れる僧院群で埋めている。


 同時に、三人の日本人が「貴族」として官位を下賜(かし)されるなど、21世紀中盤より、日本国とドゥクパ王国の外交関係が大接近した。それ以後、同国内で有力なチベット系仏教のいくつか宗派、ドゥク派以外ではニンマ派などが、日本国への進出を成功された。


 日本国内での新たな信者の獲得については、残念ながら大した成功は収めていない。しかし、東アジア、東南アジア、南アジアからの仏教徒達が、栃木県の南端部、或いは栃木県と茨城県の県境を横断して建設された通称「チベット系仏教シティー」へ、修行、留学、観光など名目で集まって来ている。どういう訳か、ここ数年では準聖地扱いされ始めている。


 ーーーもっとも目新しい「天へ連なる者」の息吹を直接に感じる事が出来るとか、出来ないとか。


 何やら、そう言う、霊的な風評があるらしい。


 こんな事情で、事実上の人間の鎖が張り巡らされている。だから、どこにでも出没する、どこからでも湧いて出て来る、極々迷惑な部外者の立ち入りを完全に防げている。


 お陰で、オレンジ色の、現実と現実の隙間にある"楽土"には、無作法で不作法な傍若無人者が立ち入るような隙はあり得なかった。


 もしもだが、万が一にでも、そんな不貞な輩が僅かでも湧くようならば、即刻で仏罰が物理的に(リアルに)下されるに違いない。具体的には、雷の矢が天から発して地へと届く。そして、それはクンバカルナ征伐の如く、きれいさっぱりと、世にある全ての不浄を掻き消してくれるのだろう。


 その金木犀(きんもくせい)の覆われた窪地が存在する小山(丘陵)には、麓から広がる広葉樹の森の奥の奥へと伸びる、ちょっとした、細い舗装路が存在した。そして、その曲がりくねった上り坂の終点には小さな家屋が二つ建てられていた。


 一つの建物は、細い道を利用して、どうやって運び込んだのか解らない程に立派な、いや重厚なトレーラーハウス。もう一つの建物は、古い、とても旧式のユニット資材(短期仮設住宅)を流用したプレハブ建築仮設住宅。


 その"プレハブ建築"の玄関の、引き戸の脇には、「私立会津高校小美玉校・学生寮118号室」と言う、古ぼけた、年代物と思われる表札がたった一つだけ、しかし堂々と掲げられていた。

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