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さいごのおわかれ。 // 2121年2月27日 PM12:30

 東京を中心とする大都市圏、大阪を中心とする第二の都市圏では、厳冬期であっても市街地が、公共交通が積雪に閉ざされる心配はない。


 日本国の北方と比べれば、首都圏と副首都圏は、むしろ、厳冬期と言うのが恥ずかしい程度の寒さでしかない。いや、何より、東京都の二三区内では積雪量が体感ではゼロとなる年さえある。


 しかし、だ。ここ(・・)ではそうはいかない。冬期が始まると同時に積雪が始まる。寒さも厳しい。文字通りの厳寒である。自動車道も歩道も交差点も横断歩道の白線も、積もった雪で覆われる。


 詰まった雪は、次の春が来るまで溶けて消えるほどはない。


 自動車道上に積もった雪は、朝になるまでに、ちょっとやそっとの苦労では絶対に剥がせない程ガチガチに凍結する。ブラックアイスバーンが至る所に出現する。


 そうなると、あちらこちらで、キチンとスノータイヤに履き替えた自動車ですら簡単にスリップ事故を起こす。公共交通機関の運行ダイヤが乱れるのも()むなしである。


 凍結路面と言うものは、生身の人間にとっても厄介な行動環境である。一度、酒に酔った状態で足を滑らせて豪快に転けてみると良い。柔道の受け身も大して役に立たない。いや、大怪我は避けられる。しかし、それでも酷い打ち身を負うことになるのだ。


 こんな逸話は大都市圏の住人にはピンとこない話しだろう。だが、夏期と冬期では、東北地方や北海道全域に住み着いた人間の生活は完全に別物となる。これだけは正真正銘の事実である。


 実際、雪国の積雪環境に慣れていない人間にとって、初体験はトラウマ的に酷いものとなる。実際、冬期の東北地方や北海道全域へ放り出されれば、最初の何日かは頻繁に足を滑らせ続ける。大半がハデな転倒を経験し、凍った路面にしこたま叩き付けられる。て、運が悪ければ、骨折などの深刻な怪我を負ってしまう。


 だいたい、東北地方や北海道全域にだって、足腰の不自由な老人や未熟な幼児、幼児を抱える父母がいるのだ。それらの人々の安全を確保する為にも、冬期除雪作業を絶やせない。


 更に、忘れてはならないのは、東北地方における厳冬期と言う厳しい自然環境は、身体の一部を義肢に置き換えた人間や、五体の全てを人工物へと置換した人間=全身擬体保持者にとっては、生身の人間以上に冒険性に満ちた、過酷に満ちていると言う事実だ。


 生身にとっては容易に補正可能な、とてもありふれた氷上のスリップであっても、身体の一部を義肢に置き換えた人間、サイバーにとっては致命的となり得る。人工物に置換された部位が、脚部でなかったとしてもそれは変わらない。


 仮に上半身の一部、腕の肘から先だけが義肢化されていたとしても、乱れた重心制御を回復させるのは困難だ。理由は、義肢部分の重量配分が、現在の技術ではどうやっても生身のそれと等しく出来ない。()重の微妙なアンバランスや、関節の動きの誤差(筋肉収縮 対 サーボ動力)の出力特性の微差のせいで頻繁に転倒してしまう。


 最新型の義肢であっても、生身とは異なり、反射神経で的確に義肢を振り回して、一瞬でバランスを取り直せなのだ。もちろん、第二小脳もバランス取りの努力はする。だが、その努力が実る確率は、例え義肢に慣れたサイバーであってもせいぜい50%以下である。


 特に、全身擬体保持者にとっては、凍結した積雪環境というものは、未だに自由な歩行が推奨出来ないほどに過酷な環境である。22世紀になっても、スタッドレス・タイヤの様な冬季用ソールが貼られ、追加でスパイクが打ち込まれた「氷上専用ブーツ」の着用が推奨されている。


 工業用や戦闘用の脚式車両であれば、多脚化、大きな可動部+多関節の脚部、接地部に硬質な爪を採用するなどど手段で、むしろ生身の人間よりも自在に氷上の行動が可能となっている。しかし、それらの機能を人型機械(+人間サイズ)に実装することは適わない。何より、自らの擬体に多関節や多脚と言う非人間的なスタイルの採用を受け容れる人間は極めて少数(マイノリティー)だ。


 ーーー誰だって、より、人間らしく、以前の(=何かを失う前の)自分らしくありたいと願うのだ(※)。


 だから、雪国であっても、除雪作業は身体の仕組みが多様化し始めた「人類」にとっては、極めて重要である。出来る限りやり遂げなければならない。


 そうでなければ、価値観の多様化が進み、その方が得であるからとして、冬季を移動する絶対的な必要性から、全身擬体の多脚化に踏み切るサイバーが生み出されてしまうかも知れない。


 価値観の多様化とは、今は良い。しかし、将来的に、必ず、進み過ぎた(・・・)末に人間亜種の多種が競争し合う社会が成立してしまう(表向きは共存と言う形式取るだろう。それは形骸である。敢えていおう。カスであると)。その行く末は、だいたいは社会的な分断では終わらず(には留められず)、断絶の末の共食いである。それは、いずれの身体の持ち主にとっても好ましくない未来だ。


 しかし、デストピア回避の為とは言え、それだけ根拠に、好きなだけ、徹底的に除雪を行うことはできない。


 除雪作業も無料(ただ)では出来ない。人員を雇うか民間組織へ委託する必要がある。でありながら、地方自治体としては獲得した予算の組どころ、付け所、使いどころは慎重に選ばなければならない。そうでないと、春の雪解けの季節の遙か手前に除雪費どころか、総予算そのものが枯渇してしまう。公共サービスそのものの持続が不可能となってしまう。


 それを避ける為に、車両の入れない程に細い生活道やガードレールで覆われた自動車道脇の歩道であれば、公共の除雪作業は諦めなければならない様な場所も生じる。


 良く言えばバランス。悪く言えば妥協である。しかし、バランスの妥協を十分に果たせなければ、近い将来に第二のマキャベリ(政治哲学者)を誕生させて、語る愚痴の数々が"名言"として後生へ伝えられてしまうだろう。


 そんな事情で、特に全身擬体保持者にとっての住民票登録の北限は、一般的には関東地方となっている(全身擬体保持者の住民登録の流出は多数ありながらも、入流は少数しかないと言う意味)。また、それらの地域であっても、基本的に冬期に雪が積らず、降っても路上に長く残らない平野部に集中している。


 東北地方や北海道などの地方自治体の首長も、その問題を解決したいと望んではいるが、予算の壁に阻まれて、やむを得ず、除雪の徹底が出来ない。全身擬体保持者に高所得者が多いことを承知しながら(つまり、住民税た社会保障費をたっぷり請求できる。超累進課税制度万歳!!)それらの人々の誘致政策を徹底できていない。


 それどころか、春(或いは初夏)まで生身の人間ですら利用出来ない、雪で封鎖された歩道が無数に誕生してしまう。


 また、ここ(・・)は天候が太平洋側のそれではなく、日本海側のそれと言われる、それだけに日本海側特有の、厳冬期のどんよりとした、鬱になりそうな暗い空を何日間も眺め続けることになる。


 しかし、ここ(・・)で、育てられて、教育を受けて、一般事務職への就業経験を経て、その後に地方政治家として大成した「朝間 朝顔(あさがお)」は、東京と比べれば数え切れない程に多くの不利があったにも関わらずここ(・・)を愛していた。


 東京へ出ようなどとは考えなかった。もしかしたら、何となく、成り行きだったのかも知れないが、何十年もの続いた現役時代を、ここ(・・)で地方社会を作り上げる人々の支えとして働いて来た。政経の両分野で「取り纏め役」として役立って来たのである。


「朝間 朝顔(あさがお)」も、彼女の支持者たちも、そんな優しい時間がこのまま永遠に続けば良いと考えていた。


 しかし、何事にも終わりと言うものはある。最後は必ず訪れる。その自然の法則にあらがう術を、人類の社会はまだ獲得出来ていたのだから。

 

 ここ(・・)とは、福島県会津市の東の端、猪苗代湖と会津市のに挟まれる様に南北に延びる尾根山の麓。


 ここ(・・)、この街の片隅(東境)には会津市営斎場がある。近隣地区では唯一の近代的な設備を兼ね備えた公共火葬場である。


  2089年2月下旬。


「朝間 朝顔(あさがお)」が亡くなった。


 朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)の次女として育てられ、会津盆地を護る地域を象徴する市議会議員(地元の名士)として生きた女性がその生涯を終えたのだ。


 死因は老衰。目立った病は患っていなかった。


 多くの人にその死を()しまれた。


 彼女の政治的な支持者へは、約一年に渡って入院していた天叢雲会病院で、最後は苦しむことなく、まるで眠っているかの様に、誰にも気付かれることなく、この世とあの世の境界を越えていった。


 ーーーつまり、とても穏やかに亡くなったと言うことである。


 話を戻す。


 会津市営斎場は街外れに位置し、それが為に施設全体は山肌を埋める木々で囲まれている。


 だから、意外にも、会津市の住人であっも、会津市営斎場が存在している事に気付いていない場合もありそうだ。


 そのせいか、市営斎場は生きる者たちの世界=こちら側にあるのではなく、行き終えた者たちの世界=あちら側にあると言う印象を醸し出していた。少なくとも、一度でもここで身内の葬儀を体験した者であれば、ほとんどの者がこの評価に共感出来た様だ、


 もしもだが。今日が初夏であればそんな殺伐としたレッテルを貼られずに済んだかも知れない。例えば、自然豊かでありばながら厳かな雰囲気を持つ斎場であると印象付け出来たかも知れない。


 しかし、本日は2089年2月27日。暦の上では間もなく春が訪れる季節とは言え、まだまだ天候は真冬そのものである。当然、会津市営斎場を取り囲んでいる深い林だが森は、頭から爪先まで、上から下までしっかりと雪を被っていた、


 とは言え、市街地から市営斎場へとつながる行き止まりの道と駐車場は、念入りに除雪が施されていた。お陰で、長靴やスノー・シューズを履かなくても屋外施設を歩き回れた。


 幸運にも、その日は未明に降雪が完全に止み、未明から早朝にかけて除雪作業を念入りに行えた。普段なら会津盆地と言う鍋を、まるで蓋をするかの様に覆っている雪雲の厚みも薄くなっていた。流石に、太陽の日差しは直接には地上まで届かなかった。だが、それでも屋外を歩いていて、「昼間なのに薄暗いな」と困る様なことはなかった。


 普段よりは大分マシな冬日だった。それでも、気温は正午になっても氷点下を抜け出すことはない。盆地の冬の気候はやはりすごぶる厳しい。


 そんな舐めてはかかれない東北の真冬の環境下、二人の女性が屋外駐車場の端に並び立っていた。


 遠目には、二人はまだ成人前の少女である様に見えた。


 だが、注意深く観察すると、その二人を少女であると即座に断言するには違和感がある。それは、二人が醸し出す雰囲気が、絶対敵に少女の無邪気なそれではないのだ。


 ーーーあまりに落ち着き過ぎている。


 二人が纏っている喪服も、あまりに板に付き過ぎている。また、「生徒」であるのならば、冠婚葬祭用の礼服として学校の指定制服を纏っているべきでもある。


 二人の中の"小さい方"は、頑張って背伸びしても身長150cmまでは届きそうにない程に小柄だ。肩まで掛かるストレートの黒髪が美しい。だが、全体的な雰囲気は、確かに「可愛い」と評価する人はいつかも知れない。しかし、集計結果の最大公約数を従えば「ちんちくりん(・・・・・)」と評価するのが妥当だろう。


 二人の中の"大きい方"は、すらっと伸びた手足と肩の高さから見て身長170cmまで届きそうだ。だから、ちんちくりん(・・・・・)の方と比べると、圧倒的に大人びて見える。背中まで届きそうな微かにウェーブの掛かった髪を黒いリボンで束ねている。その髪は日本人では一般的な黒髪ではなく、金髪に近い亜麻色だ。


 それもそうだろう。二人の中の"大きい方"は、肌感や顔付きからして欧米系であることは明白だった。そして、顔付きは、誰もが躊躇なく「美しい」と認められるくらいには整っていた。


 きっと、幸運な遺伝子が作り上げた"期間限定の生きる芸術品"である。実に尊い。ちんちくりん(・・・・・)の方とは、実に対照的な印象を誰にでも与えるのだろう。


 二人は少女では決してない。成人女性である。実は、既に一世紀の3/4を超える年月を生きて来た、人生の酸いも甘いも噛み分けた熟女、あるいは老女だった。


 あまりに外観が若過ぎる。それには特殊な事情があった。


 前者は全身擬体保持者。平たく言えば全身サイボーグ。全身を人工物へ置換する治療を受けた女性である。名前を朝間ナヲミと言う。


 後者は、生命を維持するためにサイボーグとなった朝間ナヲミが失わざる得なかった生身を譲り受けた女性、(もり) 葉子(はこ)だ。その譲り受けた生身は長い再生治療(身体修復)を通じて、老化などの、普通の人間の中身であれば当前の様に実装している機能を完全に喪失してしまった。だから、不幸にも不老に近い。


 実際、修復完了から70年以上が経過しても(も生きた後でも)、内臓系の劣化、視力の低下、血管の皮下への浮き上がりなど、極めてありふれた老化現象は発現していない。


 これら二人は(れっき)とした婦々(連れ合い)である。10代の内に独立した戸籍を作った、長年連れ添った婦々(連れ合い)である。もう、独身であった期間より、婦々(連れ合い)として生きた期間の方がよっぽど長くなっている。


 どうにも、認識がこんがらがってしまいそうだが、本来は"小さい方"の中身が"大きい方"であり、"大きい方"の中身が"小さい方"なのである。


 実に複雑な事情があって、互いに身体の外観を交換しているのだ。そして、身体を交換した状態になってから、既に半世紀以上が経過している。だから、お互いが、既に今の状態の方が自然に感じるようになっていても、何の不思議もなさそうである。


 朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)は、東北地方の最南端に当たる会津盆地の片隅で、人生で最も多感な時期(第二次性徴期)=高校通学時代(大人と子供の境界)を送った(を越えた)。そればかりでなく、その後にここ(・・)で二人の娘を続けて育て上げた。だから、この地方に長く居座る冬将軍の脅威を、繰り返して来た経験を通して熟知していた。


 彼女たちは、会津盆地の冬期の寒さや路面の全面凍結(及び積雪による歩道の閉鎖)を歓迎はしなかった。だが、それでも、そんな体験もまた二人が人生を通じて共有して来た、大切な思い出(人生)の「背景(証拠)」の要素の一つであると知っていた。だから、そんな不都合を困った問題だと苦笑しながらも、東京人の様に毛嫌いしたり、奇妙なロマンを抱いたりすることはなかった。


 ーーー2月23日。約一週間前。


 地方政治家「朝間 朝顔(あさがお)」は亡くなった。


 本人、いや故人が生前に示していた意思に従って、胃瘻などの理不尽な延命処置は取られなかった。それでも「今しばらくは生き続けるだろう」と担当医も見立てていた。だから、遺族にとっては、「朝間 朝顔(あさがお)」の入院生活は、想定していたより大変に短期間で終わった。


 二人の母親たちにとっては、死因が老衰であるにしても、それを「仕方がない」の一言で済ますような気分にはなれなかった。


 ーーー故人の年齢に関係なく、愛娘を失ったことに変わりはない。


 しかも、曲がりなりにも、親より早く死んでしまったのだ。すんなりと諦められる道理はない。


 この日の葬儀は、故人の遺書に従って家族葬とされた。だから、派手さが全くないとてもこじんまりとした式だった。


 巨大な花輪もなく、壮大な花段もなかった。


 生涯を通じて市会議員の議席を保持し続けた政治家でありながらも、死に顔を一目見ようと支援者たちが押しかけることはなかった。どうやら、故人の背後にあった万条(まんじょう)家に足して、自重や遠慮をしているらしい。


 また、葬儀の後は「朝間 朝顔(あさがお)」が生前に背負っていた権力や利権や支持者が、何から何までひっくるめて万条(まんじょう)家へ引き継がれる事は明白だった。特に、ある種の(・・・・)人たちにとって、媚びを売る相手が既に故人ではないと理解するのは容易である。だから、ここは万条(まんじょう)家の意向に「敢えて逆らう必要はない」とすんなりと翻意しても何の不思議はなかった。


 にも関わらず、参列した家族の中に、驚いた事にカソード系キリスト教・日本地区の大司教の姿があった。お忍び(敢えて私服)で、事実上は仏教形式(だが、事実上は無宗教)の告別式へ敬意を示しながら参列したのだ。そして、火葬場のお見送り式にまで参加してくれたのだ。


 この大司教は、かつて「朝間 朝顔(あさがお)」から「フェーデ(既に故人である)」と呼ばれた欧州に基盤を持つ枢機卿の推挙によって取り立てられた元・神学生だった。


 そのせいか、朝間ナヲミにとって「フェーデ」であればよく知り合っていた。だが、葬式へと参加してくれた大司教の方は"知らない顔"だった。また、おそらくは外務省から派遣されたらしい(何となく雰囲気で分かるのだ)、けっこう偉そうな役人(キャリア組)の姿も見えた。彼は、大司教と、ローマの騎士団から急遽派遣された全権大使に常に寄り添っていた。通訳か何かの役を買って出ているのだろう。


 朝間ナヲミも元々は公人であった。だが、外務省や公安と密な付き合いがあったのは大昔の事だ。だから、その頃に世話になった知り合いは全員が引退済みだった。だから、今日来ている者たちが知らない顔ばかりであるのは仕方のないことだった。


 おそらく、朝間ナヲミより、たった今も、遺体を焼かれている故人・朝間 朝顔(あさがお)の方が、彼等に対して詳しかったかも知れない。


 ーーー世代交代と言うものである。


 社会も政界も、常に変化してゆく。とても移ろいやすい世界なのである。


 新陳代謝なくして、社会も政界も長くは回らないのだ。


 だが、それでも、朝間ナヲミは長く忘れていた感覚を、その日に久しぶりに取り戻していた。


 ーーーきな臭さ。である。


 剣呑とした雰囲気が火葬場周辺を覆い尽くしている。


 だが、それは仕方のないことだ。「朝間 朝顔(あさがお)」は、本人が迷惑しか感じていなかったが、その生まれが原因で、何かとテロリズムの脅威が生涯を通じて付きまとっていたのだから。


 それは、「朝間 朝顔(あさがお)」が、人民共和国のエージェントが引き起こした大テロ事件で殺害された元・日本国総理大臣「万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)」唯一の直系であったせいだ。


 21世紀後半では、人民共和国は既に崩壊・分裂して久しい。だが、それでも一部の勢力は元・日本国総理大臣「万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)」と「朝間ナヲミ」に対して、半万年先の未来まで続く、決して消えない恨み抱いている。


 当時の人民共和国支配者と、現在の人民共和国残党は、もし、「万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)」と「朝間ナヲミ」さえ現れなければ、人民国家の大分裂、内戦、共食いは起こらなかったと本気で信じていた(そうでもしないと、悔しくて夜も眠れないのだろう)。


 だから、安全面(セキュリティー)を考慮して、特に「朝間 朝顔(あさがお)」が目立つセレモニーなどに参加する場合は、目立たないが厳しい警備を常に施していた。


 見える所では、一般人のコスプレをした公安警察のエージェントが、ところどころで目立たない様に警備をしていた。また、周辺の雪に覆われた山の斜面には、陸上自衛軍の特殊部隊が展開している事も何となく分かった。軍用義眼を外して久しい朝間ナヲミには、どこに隊員が配置されているかまでは判別出来なかった。だが、彼女の魂は、作戦継続状態にある誰かが間近にいるということだけは分かった。


 こう言う国際事情を承知していたせいか、「朝間 朝顔(あさがお)」は、結局、地方政治を脱して、実に華やかな国政ぼ舞台へ打って出たりはしなかった。会津地区の市議会議員としての立場にこだわり、その人生を最後まの瞬間まで貫いた。


 国政などの華やかな舞台での活躍は、全て、過去には菖蒲(あやめ)の後継者として、福島四区から選出された衆議院議員であった万条(まんじょう) 桜子がいた。今では、彼女の息子がその役割を引き継いでいる。


 だから、「朝間 朝顔(あさがお)」は、完全に政治的な裏方に徹して、ほとんどの時間を福島県内に身を置いていることが許された。


「朝間 朝顔(あさがお)」は昭和の感覚では晩婚だった。30代の前半で結婚して、結婚式から1年とちょっと後一児、一人娘を授かった。その娘は万条(まんじょう) 桜子の息子と既に結ばれ、今のところ双子(男女一人ずつ)を授かっている。


 これで万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)の血は、在るべきところ、万条(まんじょう)家へと戻ったことになる。もし、運命や宿命と言うものがあるなら、これがそういうものなのかも知れない。しかし、当の万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)がこれを知ったらならば、苦笑したに違いない。


 実は、万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)は養女であった。後に、妹達は、発行された戸籍を通じてその秘密を知った。ショックは大きかった。だが、幸運にも、事実を知った時、事実を強く嘆くほどに未熟な人間ではなかった。だから、妹達は知り得た事実を何一つ姉に告げなかった。


 しかし、ここに一つの政治的な問題が生じた。総理大臣として英雄的に死した、具体的には国際テロリズムに倒れた姉である万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)と、姉が育てた人の妹たち、更に今後に誕生する全ての万条(まんじょう)の人間は、何の血縁も持ち合わせないと言うことになる。


 だが、その問題が深刻化すると言う予想は杞憂に終わった。万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)の唯一の血縁である「朝間 朝顔(あさがお)」の長女「澄玲(すみれ)」と、万条(まんじょう)家の次期家長が結婚したのだ。つまり、結婚後に生まれた万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)の「孫」によって、万条(まんじょう)家は、喉から手が出る程に欲しかった、元・総理大臣の血統を自らに取り込む事に成功したのだ。


 そんな事情で、今日の葬儀の喪主は「朝間 朝顔(あさがお)」の長女、万条(まんじょう) 澄玲(すみれ)である。だから、朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)は、実に手持ち無沙汰だった。ただ参列していれば良かった。立っていたり、座っていたり、眺めている他にやるべきことは一切なかった。


 新生代の万条(まんじょう) 家にとって、「朝間 朝顔(あさがお)」の改ざんされた戸籍上の両親は、どちらかと言うと「よろしくない存在」だった。


 そんな事情もあって、朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)は、丁重に取り扱わなければならない(・・・・)"お客様(部外者)"に過ぎなかった。


 ーーーあまり歓迎されていない。


 そう言う空気と言うものは、空間的な距離を無視して、量子力学的に即時で相手に伝わってしまうものだ。


 目前で展開して行く葬儀の進行において、主導権が自分たちには一切ない。朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)にとって、それは新鮮な体験であり、初めて味わう不愉快な経験でもあった。


 朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)の次女の遺体が納められている(ひつぎ)を火葬炉へ送り入れる"納めの式"は、二人の母親たち(・・・・・・・)にとっては、突然に始まり、唐突に終わった。


 二人の母親たちがその流れに関与する猶予は微塵もなかった。まるで、"お客様(部外者)"の様に扱われた。自分達の立場が微妙なものであることは重々承知してはいるが、それでも、次女を送る式を、ただ眺めていることしか出来ないという押しつけられた強い"配慮"に、すさまじい違和感と言う激しい苛立ちを感じずにはいられなかった。


 だが、二人の母親たちは、すさまじい違和感と言う激しい苛立ちをどれほど懸命に訴えたとしても、訴え先である新しい世代の方は、まったく理解したり、共感したりするとはがないと解っていた。


 ーーー世代の違いは、持ち合わせる憐憫の情の断絶を生み出していたのだ。


 若者が年寄りを敬ったり、配慮したり、尊重を繰り返したりする時代は終わっていた。少なくとも、二人の母親たちの常識が通じる社会は遙か過去の風俗へと堕ちていた。だから、新しい世代が一方的に悪いという話しでもない。彼等は彼等なりに、彼等の常識や道徳に従って行動しているだけなのだから。


 次女を育てた自分たち二人にではなく、喪主である万条(まんじょう) 澄玲(すみれ)から許可をもらった担当係員が参列者全員の注目を集めさせる。慣れた振る舞いで、敢えて抑え過ぎな口調で、「朝間 朝顔(あさがお)」との最後のお別れへの覚悟を即す。


 担当係員は、態とらしく(二人の母親たちにはそう見えてしまう)一呼吸置いた後で、火葬炉へとつながっているベアリング式のローラーの上に置かれていた棺を、実にそつなく火葬炉へと滑らかに押して入れた。


 この場では、外観だけならば、孫よりも若く見える二人の母親たちは完全に当事者ではなかった。


 ーーーただのゲストに過ぎなかった。


「朝間 朝顔(あさがお)」の遺体が入った桐の棺桶が火葬室(炉)へ内と押し運ばれた。そして、火葬室(炉)が堅く閉じられた。


 その後、遺体が規定通りに焼け上がるまで、主な遺族たちは揃って待機室へと移動した。しばらくの間、実年齢では若い遺族同士で故人を忍ぶ会話を楽しむつもりだった。


 朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)は、本人同士以外では、どうにも共感不可能な苛つきに曝されていた。そこはかとない不満が確かにあるのだ。だが、それを敢えて明確な言葉にしてしまうと社会的に問題化してしまう。


 だから、苦労して、その不満を、おぼろげ」「うっすら」「かすかに」のレベルへ抑え込んでいた。


 ーーーそうしないと、その不満や苛つきの正体が「疎外感」であると気付いてしまう。


 だからだろう。朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)の二人は、残りの参列者たちと共に待機室へと移動せずに、市営斎場の建屋の外へと出て待つことにした。


 そんな事情で二人の母親たちは、火葬場の駐車場から、今遺体を焼かれている「朝間 朝顔(あさがお)」本人が、県から予算を獲得して建て代えた火葬室(炉)から空に向かって高く伸びる煙突を眺めることにした。


「煙突から煙でも見えるかと思ったけれど・・・」


「あの()は、排煙の処理も完璧な、高性能品を買い入れる予算を勝ち取った事の証明よ。実に会津のためによく働いてくれたわ」


「そうだね。でも、少しだけ物足りない。天に昇る煙でも見えれば、ちょっとは・・・」


「気が紛れた?」


 朝間ナヲミが煙突の先端部から目を反らして、(もり) 葉子(はこ)の横顔を眺める。(もり) 葉子(はこ)は、依然として煙突から生じる大気の揺らぎを見つめたままだ。


向日葵(ひまわり)は式には来なかったね」


 (もり) 葉子(はこ)は少し複雑に口元を曲げる。


「それでも、2月20日に病室を訪れたそうよ」


 それを知らなかった朝間ナヲミは少し驚く。


「二人の会話は成立したんだろうか?」


「看護婦の話だと、その時の朝顔(あさがお)の意識は不思議としっかりとしていたって」


「じゃあ、二人は最後に姉妹水入らずの時を過ごせたんだね」


 朝間ナヲミが視線を煙突へと戻す。


「本当は仲の良い姉妹だったのよ。実際、最後の最後まで、向日葵(ひまわり)にとっては朝顔(あさがお)だけが特別な家族だった」


「良かった」


「でもね」


「ん?」


 (もり) 葉子(はこ)が朝間ナヲミの掌を手袋越しに握る。


「でもね。朝顔(あさがお)がいなくなってしまって、向日葵(ひまわり)はこれからどうなってしまのかしら・・・」


朝顔(あさがお)の子供のとの交流はないの?」


「一応は。でも最低限・・・と言う感じね」


朝間ナヲミは握られた掌を強く握り返す。


「私たちには向日葵(ひまわり)にしてあげられることはないのかな?」


少しの沈黙の後、(もり) 葉子(はこ)は辛そうにつぶやいた。


「それは離れて見守ってあげること・・・かな」


 朝間ナヲミは、(もり) 葉子(はこ)にではなく、もう既にいなくなってしまった次女に向かって訴えた。


「どうして、こんなことになってしまったんだろうね」


 (もり) 葉子(はこ)にもそれは解っていた。自分に聞いて欲しい訳でないことは百も承知していた。しかし、それでも、敢えて応ずにはいられなかった。


「ナヲちゃんと同じで、何でも出来る()だった。それが災いしたのよ」


 朝間ナヲミは、辛そうな表情で応えた。


「そうだね」


「まるで、自分がナヲちゃんのコピーである・・・みたいな想いに捕らわれた。そんなの所詮は錯覚なんだけれど、本人にとってはそうと認めるのも辛いんでしょうね」


 朝間ナヲミは、一層深い(しわ)眉間(みけん)(きざ)んで応えた。


「どうすれば良かったんだろう。私と同じ航空宇宙産業方面への進路を止めるべきだったんだろうか?」


あの時の(・・・・)あの()にとって、何が何でもナヲちゃんと全部同じが良かったんだから止めようはなかった」


「あの頃の、ううん。その後もずっと、朝顔(あさがお)向日葵(ひまわり)にこのすごいコンプレックスを感じていた」


「でも、成人してからの向日葵(ひまわり)は、逆に朝顔(あさがお)に対してとても強いコンプレックスを感じていた。そのことに気付いてやれなかったとは悪い親だ」


「それは私も同罪」


 二人の母親たちは共に深くため息を付いた。


「もう、向日葵(ひまわり)は私たちの元には帰って来てはくれなのかな?」


「それは分からない。しかし、そうであったとしても、それはそれで仕方がないことだと想う」


 朝間ナヲミは両目を細めて、過ぎ去った過去を眺めようと努力する。


向日葵(ひまわり)が生まれた時、これで私たちの人生の幸福は完成したと考えてた」


「それは私も同じ」


 見えない過去を眺める努力が実らないことに落胆した朝間ナヲミは、足下に目を落とす。


向日葵(ひまわり)は私と違って賢過ぎた。だから、私には見えない未来が見えていたんだろうな」


 (もり) 葉子(はこ)が、凍結路面にも対応したパンプスを履いた足で、義足用のスノー・シューズを履いた朝間ナヲミの足を(つつ)く。


「かも知れない。でも、それはナヲちゃんの落ち度でじゃあないかな」


「ありがとう。慰められるよ」


 朝間ナヲミが視線を持ち上げる。


「完璧な親なんでいない。そんな奴、人類史上、きっと一度も現れてない」


「じゃあ、この悩みは親となった者が必ず背負う原罪チックな何かなのかな」


「多分そうね。そして、私たちも親たちに背負わせた非道でもあると想う」


 被害者であり、加害者でもある。いずれにもなりえる。立場が入れ替わる事もある。


 それは朝間ナヲミたちと同様に、長女である向日葵(ひまわり)は、きっと本人はまったく気付いていないだろうが、今は被害者であっても将来的に自分自身が加害者にとなる事が運命付けられていると言う悲しも深い(ごう)の存在を示していた。


 被害と加害は永遠の入れ替わり、回り続ける。まるで輪廻の様に避け難く。この碌でもない遊星歯車は決して回転を止めない。もし、止められる時が来るとすれば、それは誰もが親にならないという人生の選択をした時だけだ。そして、それは人類と言う種が生命エコシステムとか言う、SDGsとか言う何やらから外れた時にだけ起こる悲しい希望だ。


 ーーー子供と言う人類共通の開発目標を失った後の社会。それは存続させるべき理由など持ち合わせているのだろうか?


 朝間ナヲミは、厚くなり始めて来た雪雲を仰いでボソリと呟いた。


「なんてこった・・・」


 (もり) 葉子(はこ)は、今度ばかりは何も聞こえなかった振りを貫いた。だいたい、応えようにも応える術がない。いったい、何をいったら最愛の朝間ナヲミが癒やされるのか、まったく見当も付かない。


 朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)は寄り添い合うように、そのまま寒空の下突っ立っていた。


 どれだけ時間が経過したのか分からない。やがて、外観だけ見れば朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)の親と誤解されても不思議のない外観の「孫」が二人の祖母を喚び返しに現れた。


 もしも、朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)の外観が年相応であったならば、新しい世代たちとも今よりは幾分かは良い関係が築けただろうか? 二人は、そんな邪念に一瞬捕らわれてしまった。


 朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)の二人が、最も新しい世代と外観的に見分けが付かない。それだけに、両世代の価値観の「差」が、生理的な違和感として際立ってしまう。もし、二人の外観が年相応であったならば、価値観の「差」があっても、新しい世代は、「お年寄りなのだから価値観が違うのは当然だ」と極自然に納得出来ただろう。しかし、二人は外見が自分達に近いので「価値観が違う筈がない」という奇妙な先入観=偏見に捕らわれ、その末に苛ついてしまう。


 これはどちらが悪いわけではない。しかし、厳密に語れば、自然の摂理に反する二人の外観の有り様に原因を求められる。だから、どうあっても新しい世代を責めるのは道理に反する。


 精神的なショックのあまり、二人は完全に凍り付いてしまっていた。


「あ」


 二人が気が付くと、「孫」は誰かからか借りたらしい二枚目のコートまで織って、とてもとても寒そうにして辛抱強く二人の反応を待っている。膝から下がガタガタに震えている。


 東北の冬の寒さに耐えている姿を見せられると、二人の母親であり、二人の祖母でもある彼女たちは、心から孫に対して「申し訳ない」と感じずにいられない。


 どうやら、そろそろ収骨直前の整列のタイミングであるらしい。


 二人は、外観だけは自分たちより年上に見える孫に導かれて、会津市営斎場の屋内へと戻った。


 これから、お骨拾いが始まる。


 母親たちは、自分たちが全身全霊をかけて育てて来た()の一人を見送り、それを納得するという、人生最大の試練にこれから見舞われることとなる。


 朝顔(あさがお)は確かに、母親たちと遺伝的な接点を持ち合わせてはいない。実際に、万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)と会津の旧家出身の婿養子の間に生まれた「命」である。しかし、それを(はぐく)んだのは、今ここのいる二人の母親たちだった。


 朝間ナヲミは、初めて朝顔(あさがお)を自宅へ連れて帰った時のことを今でも鮮明に覚えている。


 (もり) 葉子(はこ)も、なんの前触れもなく、朝間ナヲミが朝顔(あさがお)を抱いて帰宅した時のことを今でも鮮明に覚えている。


 そして、知っている。この思い出を分かち合える人間は、互いに互いしかいないと言うことを。


 同じ時代を共に若く生きた人間は全て、この世を去り、あちら側へと旅立ってしまった。


 だから、懐かしい始まりの日のことは、孫たちや万条(まんじょう)家の家族たちも知らない。どうやって朝顔(あさがお)が会津の自宅へ連れてこられたのか。それは、二人の母親にとってはとても重要な出来事だ。だけれども、もしかしたら、新しい世代は、遙か昔に起こった始まりの物語などには何の興味もないのかも知れない。


 何故か。朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)以外は、あの時に起こった、大量の死者が出たテロ事件の余波を直接に被った当事者ではないからだ。


 ーーー事情を完全に把握していた万条(まんじょう)家のアイとマヤは、既に鬼籍入りして久しい。


 残念である。口惜しい。もしかしたら、アイとマヤも草葉の陰も泣いているかも知れない。二人の跡を継いだ桜子の有り様は、あまりにも先代である二人とは違った。


 そして、朝顔(あさがお)の葬儀の場で、当事者は、少なくともその場を仕切って、社会的・法的な責任を負って実行するのは、朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)では決してないのだ。


 だったら、本当に当事者でないのならば、もう少しばかりこの胸を締め付ける痛みが軽くなっても良いのではないか。


 朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)は、そんな不満に心中で悶えながら、二人で器用に、次女が残してくれた骨の欠片を骨壺までの橋渡しを行った。


 そして、故人の火葬許可証は朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)へではなく、孫の手へと返却された。


 そして、故人の埋葬許可証と骨壺を桐箱へ納め、カバーがかぶせられる。


 そして、故人の遺骨は朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)の腕へ戻って来ることはなく、孫の腕に抱えられた。


 そうやって、朝間 朝顔(あさがお)の葬儀は終了した。(つつが)なく完了した。


 朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)の二人は無表情だった。そのまま、二人の孫に導かれて、やや古びたマイクロ・バスへと乗せられた。これから、予約してある料亭の座敷で、つい先ほど骨壺へ収めた故人を偲ぶ食事会を行うのだと言う。


 ーーーおそらく、朝間ナヲミが必要とする、全身擬体保持者用の食品は用意されていないだろう。


 子供を失うと言う辛い初経験をしたばかりの二人の母親たちは、精神的な活力を一時的に失ってしまい、年齢的には自分たちより若い家族に言われるままに頷き、されるがままに手を引かれて、望まれる通りに振る舞い続けた。


 何故か。


 二人の母親たちには、もう、本当に、それしか、出来る事が残されていないと、次女の死と言う体験を通じて分からせられて(・・・・・・・)からだ。


 老いては子に従え。それは知性が退化した(老化して呆けた)者は、そうでない者に従順であれと言うことでない。これは、古い世代は、新しい世代の言い分に従えないと、決定的な不幸に見舞われると言うことである。


 押し寄せた波が、どれほど激しく打ち付けたとしても、最後には必ず返って行くほどに確実にだ。


 時代が進むと常識すらも一新(・・)される。この「一新」を正確な表現へと言い換えれば、「書き換えられる」である。常識と言うものは、想像以上に移ろい易い。昔の若者が作り、今の若者はそれを壊して新たに作る。それの繰り返しだ。


 つまり、二人の母親たちが常識的だと感じる振る舞いには広がりがない。行き止まりだ。一方、孫たちがそろって共有している常識的振る舞いは、今後もしばらくは広く支持される。現代的(今風でナウイ)なのだ。


 だから、二人の母親たちの振る舞いは、孫たちにとって、非常識とは言わないまでも耐えがたい程に古典的(カビ臭い)と受け止められるのだ。


 ーーー大正時代になって、「まだちょんまげしてるんですか?」みたいな違和感みたいな感じで。


 2030年代と2120年代では、生きている人(時代の主人)たちが、世代の新旧が完全に入れ替わっているのだから、共有されている価値観が完全に別物へと入れ替わっていても何の不思議はない。実態、朝間ナヲミと(もり) 葉子(はこ)と同時代を生きた友人たちは、行方が判明している者に限れば、全員が鬼籍と入ってしまって久しい。


 つまり、二人の母親たちたちと価値観を共有出来る人間は、地上にはほとんど残されていないと言うことになる。


 だから、新しい時代の主役となる孫たちが、新世代の人類が独自に作り上げた価値観に適う振る舞いは、意図せずして前時代的な価値観のまま生きている二人の母親たちの心を突き刺す。ことあるごとに、二人の祖母の心を、知らずの中に「無神経」と言う刃で一方的に、無自覚に突き刺さずにはいられないのだ。


 おそらく、孫たちも、夜叉孫たちも、さらに続く子孫たちも、遠い未来になるのだろうが、新しい世代から、二人の母親たち同様に心を傷付けられる運命にある。今はまだ、幸福にも、その約束された不愉快に襲われる予定調和が待っていることを知らないだけなのだ。


 二人の母親たちは、それを思い知り、「はっ!!」とした。おそらく、自分たちも同じ不愉快を両親や同じ年代の者たちに与えたに違いないと言う可能性に気付いてしまった。


 だから、納得してしまう。因果応報である。この「負の連鎖」は世代を超えて受け継がれて来たし、これからもずっと受け継がれて行くのだ。


 ーーーあまり長く生き過ぎてはいけない。


 そうでないと、知らなくて良いことを知り、経験せずに済ましたいことを経験させられる。しかも、たった一度ではなく、次から次へとだ。


 ーーー朝顔(あさがお)は、きっと最も良いタイミングで逝ったのだ。


 次女の命は空へと還された。二人の母親たちは、最愛の娘たちの一人が、自分たちと同じ不愉快に見舞われずに済んだことに安堵した。


 マイクロ・バスの二つ並びの席に座らされた二人の元・母親たちは、バスの進行方向を見つめたままボソリとつぶやき合った。


朝顔(あさがお)は、手の掛かる()だったね」


 手の掛かる子ほど可愛いと言う意味だ。


「もうこれで、次女の為にやってあげられることは、墓石の前で手を合わせることくらいしかなくなったね」


 これからは、二人は互いのことだけを心配して生きて行けばいいんだ。と言う人生方針の確認だ。 


 二人の母親たちは、自分たちの命が次女の後を追って旅立つ日のことを想像したのだ。そして、これまで考えた事もない様なことを考え始める。その必要性を確信する。


 ーーーその日(・・・)はまだしばらく先だろう。


 ーーーあちら側へ逝くには、時間的猶予は、まだ残されている。


 ーーーだから、私たちがこちら側を去るまでのしばらくの間は、次女の相手は既にあちら側にいる古い盟友である廿里博士(ちーちゃん)や産み母である万条(まんじょう) 菖蒲(あやめ)に任せよう。


 ーーーあの娘を護って死んだ「お父さん(八十治さん)」とも初対面出来るのか。


 ーーーそれなら、きっと、次女も自分たちと再会(・・)するまで、大して退屈もせずに待てる筈。


 ーーーああ、議員になる前にからずっと一緒に仕事をしていた秘書ちゃんもあちら側にいたか。


 ーーーこちら側から去られたのは寂しいけれど。あちら側へ移るのも本人的にはそう悪い話ではないのかも・・・・。


 二人の母親たちは認めてしまった。


 もう既に、互いを理解してくれる人間は、互いだけしが残されていないと言う冷たい現実を。


 世界に最後のチンパンジーの番いを、ボノボの群れへ放り込んだかの様な疎外感。もしかしたら、絶滅寸前のホモ・ネアンデルターレンシスも、やたらに繁栄しているホモ・サピエンスに囲まれ、こんな疎外感に苛まれていたのだろうか。


 ホモ・サピエンスであっても、旧世代と新世代はまったく違う人類種であるかと誤解する程に「違う」のだから、


 客観的に見て、二人の母親たちは十分に長く生きた。もしかしたら長く生き過ぎたのかも知れない(例えば、朝間ナヲミは、擬体保持者の中では「術後生存期間」の世界記録を更新中でもある)。だから、もう、二人共、これ以上、見て見たい新しい世界などは思い付かなくなっていた。


 そんな二人は、ふと、人生で初めて、"完全に失われる光"と言う表現に相当する悲劇が存在することに気付かされた。


 続いて、人間の人生には必ず「終わり」と言うものが用意されていて、それが誰にでも平等に与えられる究極の「救い」であるのだと初めて知らしめられた。いや、分からせられた(・・・・・・・)


 二人の母親たちは、互いの顔を横目で見ながらぎごちなく微笑んだ。そして、まだ会った事はないが、どこかにいるかも知れない「神」とやらのに。「必ずある終わり」と言う慈悲を与えてくれる「全能者」とやらに、心底からの謝意を示した。そして、出来るなら「救いの瞬間」を「二人で一緒に(婦人同伴で)迎えられますように」とも祈願してしまった。


 いずれかがこちら側に一人(ぼっち)で残されるなんてイタズラはご勘弁願いたい。


 この願いを聞き届けて、徹底的に実行してくれるならば、実行担当が神であっても悪魔であっても頓着しない。


 必要なのは結果だ、手段や実行者でははいのだ、


 見返りとして、祈願成就()であれば帰依しても良い。魂を売っても良い。それでも不足だと言うならば、共にであることを条件に地獄へと落とされても構わない。


 これらは偽りなど一切ない二人の本音であった。


 こうやって、元・無神論者二人の2089年2月27日は終わった。


 ーーー外気温がではなく、心の方がとてもとても寒い日だった。


 30年後に発見されることになる(もり) 葉子(はこ)の日記帳には、その日の苛立ちが、その様に、黒インクの手書きで記されていた。


 その手記の発見者は孫の一人であった。果たして、長い人生を生きた後の孫は、二人の祖母が分からせられた(・・・・・・・)のと等しく、老いたる者を襲う因果応報、それがもたらす無情さを既に分からせられた(・・・・・・・)後だったのではないだろうか?


 それならば、自らが祖母たちへ与えた疎外感の罪深さを思い知っただろうか?


 残念なことに、その如何を示す第一次資料はその後も発見されることはなかった。


 まあ、その悩みや葛藤を考える上で最も需要なキーは「主観」こそである。決して「客観」などではなく。


 すべては感受性の高い低いと、開かれた視界の有無次第である。


 親子であっても、同じ血筋にあっても、資質までもが均等とは限らない。


 その差は個性。個人が自ら育むべきものの違いであるのだから。


※= 少女漫画に良くある、「本当の自分」とか「自分らしく(・・・)」とか「わたしらしく(・・・)」みたいな第二次性徴期を引き摺るキャラクターの葛藤とは違うレベルの「らしく(・・・)」である。おそらく、四脚や五脚になれば氷上でも転倒を恐れずに移動(・・)出来る。しかし、それは人間の歩行では絶対にない。つまり、転んで死んでも良いから、人間らしい(・・・)二本脚の自分でありたいと願わずにいられないのだ。




次回は2月23日に公開予約を入れてあります。

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